エピソード1 ホウキと魔女の残念な子に魔王 ⑤

「……ヴィオシア、アンタは受験をどう思ってんだ?」

「え? そりゃまあ、せっかく何かの縁で一緒にお勉強をしているなの。このキャラウェイ・Cs予備校のみんなで一緒に仲良く合格できたらいなーって思ってるわ」

「いいや、それじゃダメだ」


 ぴしゃりとみようそうごろは断言した。小声だがその口調は強い。


「予備校は義務教育とは事情が違うし。例えば基本のテキストは高い金払ってみんな同じものを一通り購入するけど、横に置く参考書はバラバラ。金がねえとかたくさん本を積んでも読み切れねえとか個々人の都合は考慮されねえし。やらねえヤツが負ける、それが受験だぜ」

「でも、たくさん持っている人だけ優遇されるなんて、なんかそんなのきようだと思うわ……」

「そういうヴィオシアも家庭教師に頼っただろ? つまり去年はいなかったオレを。これはアンタだけの特別な切り札だぜ。少なくとも、オレは他のヤツの勉強を見てる覚えはねえぞ」


 う、とヴィオシアが気まずそうに口ごもった。

 だからそれが『悪い』と考えてしまうのがすでに間違っているのだ。ここは早い内に正さないと自分の意識に足をすくわれる。模試の点数に一喜一憂するよりも危険なポイントだ。


「受験の世界じゃ横並びの一直線でみんな一緒に合格はねえ、最下位グループのマラソン大会じゃねえんだ。周りのヤツらと違う事をこっそりやって頭一個飛び抜けた人だけが勝てるし」


 まだ納得いっていない、といった少女の顔だった。

 美徳だと思う。でもそれだけでは勝てない世界にいる事は知っておいた方がい。


「この予備校で一番でも足りねえ、街には予備校なんて星の数ほどある。もちろん予備校を使わねえ浪人生だって多いし。現実にはほとんど不可能とは言われちゃいるけど、現役一発合格を狙う受験生だって。ヴィオシア、アンタはその全員と戦って一番を取るくらいの気持ちを作って、保て。魔女を目指してやってくる九九・九九九九%以上が当たり前に脱落する世界。召喚禁域魔法学校マレフィキウムに合格するっていうのはつまりそういう事じゃね?」


 そしてそのための勉強だ。フォーミュラブルームで大空を飛ぶ訓練をやる以前に、大型工作器具が並ぶウィッチズポット実習室での内部の整備は欠かせない。ある程度とはいえ、ホウキの内部構造を勉強する必要もあるから予備校としては一石二鳥だ。

 受講生達がおのおのの班で自由に動き始めると、ざわざわとしたけんそうの色が濃くなる。

 と、広い実習室にびっくり声が響いた。

 ていうかうちのポンコツが別の班のやる事にいついている。


「えーッ!? どっドロテアちゃん、フォーミュラブルームがしゃべってるなの!!」

「きゃあっ? あの、うん。う、うちのフォーミュラブルーム=リュケイオンは。ええと、み、みんなもそうだと思うけど」

『私が人の言葉を使用。だからテメェ何だって言うんだ疑問、小娘』


 ややぶつ切りだが渋い男の声があった。不機嫌なのか、これで素なのか。

 両目をまん丸にしたヴィオシアは、それから自分のフォーミュラブルームの柄をこつこつとたたく。当然ながら返事も反応もない。


「うううー、めふぃすとふぇれすーなの……」


 なんか涙目で頰ずりしているが、やっぱり格安いわくつきのホウキが応える様子はない。道具にすがる魔女はろくな目に遭わないというのに。

 フォーミュラブルームは異世界の地球にある『魔法の中心地』の名前を冠する事が多い。

 より正確には、一時期魔法を失った人々は特殊な光や振動を世界のあちこちにたたむ事で大地を挟んで反対側にある別の地形を読み取った。非破壊検査的なものか。こっちの世界と異世界の地球の距離は単純なメートル法では測れないし、反対側とは何なのかなどの疑問もあるが、曖昧な部分を逆手に取って密着しているものと、膨大な知識をかすった訳だ。

 だから魔法知識のベースは地形、異世界の地球にある『魔法の中心地』となる。箱庭を見て作った人の心理を調べるカウンセリングをもっと広大にした感じかもしれない。なので個々のフォーミュラブルームは魔法の知識だけでなく人々の『おもい』や土地そのものが持つ『空気』なども引きずり出す。とはいえ決して不気味な何かではなく、魔女側としては膨大かつ難解な収録物を気軽に検索して取り扱うガイド役として重宝できる……という考え方が一般的だ。


「いいなあー、なの。ドロテアちゃん」

「あの、ヴィオシアちゃんの方がすごい事してると思うよ? というか全くコミュニケーション取ってくれないフォーミュラブルームって、きゃあ、逆にどう付き合っていくの?」


 ぶーぶー唇をとがらせながら、ヴィオシアは作業台とセットになった可動式アームのデカいクリップでホウキの先端部分を強く固定したフォーミュラブルームをちょんと指先でつつく。

 そして一言。



 ばらら!! と。途端にホウキの太い柄の部分がいった。

 まるでそういう本のページか巻物。より正確には三枚羽のスクリューのように、渦を描く円に近い格好で、だ。ページの一枚一枚にあるのは異世界の地球の一エリアを示した地図。さらにびっしりと呪文やシジル、アルファベットを正方形かつ規則的に配置したタブレットなどが各所に付け足されている。魔女が自分の目的を見据えて書き込む巨大かつ複雑な道標。利用するのは地形ではなく地図なので色々書き込んで使いやすくカスタムできるのがポイントだ。

 そして、魔女が天空を飛ぶとは『地図上の限界を超える』行為だ。

 地図に書かれた地形や国境を飛び越えて自在かつ瞬時に移動する技術。そういう奇跡。

 国を支配する王様の頭の上を軽々と通過する不遜となる。

 ……ちなみにイギリス全体の地図でも、イングランド方面の地図でも、ロンドン市内の地図でも、ブライスロードにある建物の一室の見取り図でも、扱いは一緒だ。参考にする地図のスケールでは魔法の強弱や高低などはつかない。それぞれの地図でできる事は違うし、世界地図を一つ用意すればあらゆる魔法を振りかざせる訳でもないのだ。近所の原っぱへ宝探しに出かけるのに、詳細を省いた世界地図を持ってきても何の役にも立たないと考えれば良い。


(……『しようする巻物』、か)


 みようそうごろはそっと思う。さて、どこまで異世界の地球から知識やイメージが流入したのやら。必ずしも本来の意味で展開されるとは限らないのが壁越し伝言ゲームの怖さでもあるが。


「憧憬、太古、邪悪」


 金髪褐色のギャル系予備校講師シャンツェはそう続けた。

 教卓の前から離れ、各班の作業台をゆっくりと見て回りながら、


「魔女のホウキは三つの相がチョー生み出す見えざる渦、回転する力によってガチ世界へ傷をつけて前に進むヤバい推進力を得るんです。だから魔女のホウキは基本的に、常に前へ動き続けるわあ。その場でピタリと止まったり垂直に上げ下げするのはマジでムリだから気をつけてくださいねえ」

「(……×引っかけ問題注意。今のは違うんじゃね? 難しいってだけで、必ずしもできねえ訳じゃあねえ×。ここは試験のトラップにも使われるから気をつけろヴィオシア)」

「ふえー?」


 それ以前にポンコツには集中力が足りていなかった。

 確かに魔女のホウキは紙飛行機のように前に進み続けて安定させるものが圧倒的に多いが、中にはヘリコプターのようにその場でホバリングしたり、地面効果翼機みたいに水面すれすれを得意とする魔女もいる。レアリティが高いというよりは曲芸や珍獣に近い扱いだが。


「ふんふんっ♪ メフィストフェレスは格好良いわ、でも大きなドラゴンとかグリフォンとかも乗り回せたら気持ち良さそうなのー」

「それはムリよお」


 答えが返ってくると思っていなかったのだろう。結構本気で飛び上がっているヴィオシアに、あちこちの班を見て回っていたギャル系講師のシャンツェはぱちりと片目をつぶると、


「今いるクリーチャーはガチ天然じゃなくて大抵マレフィキウムで創ったかその野生化ですけどお、つまり意地でもチョー人になつかず逃げた連中だし。飼い慣らすとかまずムリでーす☆」


 と、


「あれえ。えっと、こ、これがこうなって、あれ? きゃあ」


 なんか今にも泣き出しそうな湿っぽい声がみようそうごろの耳に届いた。

 メガネのゾンビ少女、ドロテア・ロックプールだ。ヴィオシアと違い、彼女のホウキは柄の先の方に船のりんがついている。フォーミュラブルーム=リュケイオンの柄はスクリューのように開いているが、そこから先、自前の地図へのに進めていない。


「えー、アリストテレスの哲学では世界中の物質をチョー四つの元素とその他もろもろで説明しようってパネェ試みがあってえ。これが現在の魔女術や錬金術などとガチ結合した事から」