1 ①


『全身性めんえきそうしよう


 その初めて耳にする病名を聞いたのは、入院四日目のことだった。

 学校の健康しんだんの結果で要検査と通知がきたときも、特に深刻にはとらえていなかった。

 再検査があるから、学校を半日休めてうれしいな。そんな気軽さでおとずれた病院では、なぜか入院の手続きが進められ、事態をまるでわかっていなかったが。

 入院初日からの検査につぐ検査で、ありふれた病気じゃないのかも、と察し始めたころだった。

 りようドラマのたのもしい医師役を演じる若手俳優みたいな担当医が力強い声で、いつしよがんろうねと、言っていて。

 ああ特にがんらなくても治る病気じゃないんだ、と思った。

 俺のとなりでは、先日美じよコンテスト北海道大会でしん員賞&観客賞の完全優勝を果たした母ちゃんの若々しい顔がハリを失っていて、


(……あ)


 俺の身体からだは自分が思うよりヤバいのかも、と感じた。

 なにせ母ちゃんの顔からハリが失われたところなんて、これまで一度しか見たことがない。その一回は、父ちゃんが交通事故で死んだときだ。

 俺は医師との面談のちゆうで、トイレに行きたいと言った。

 びようとうにある手狭な一室を出た。

 トイレには向かわなかった。出てきたばかりのとびらに耳を寄せた。

 りよう法はまだ確立されていないんですが、進行をおくらせる薬物りようほうがありまして。

 たのもしい医師役の声から力強さが消えていた。

 そして、聞いた。


「三年生存率」という言葉と、軽減税率が適用された消費税より低い%を。



ねむれねえ……)


 余命を感じてむかえる初めての夜だった。

 三年生存率のあと、男性のそうしようかんじやの生存期間中央値は一年だと、立ち聞きしてしまっていた。


(……寿じゆみようを平均したら一年。つまり、余命一年ってことだよな……)


 動画でも見て、落ちできたら良かったんだけど。

 楽しげな動画をる気にはなれなかった。悲しげな動画は探す気もなかった。

 内装にだれのデザインセンスも発揮されたけいせきのないれいな個室だった。

 その窓はそうせいがわ沿いの大通公園に面していて。景色は、さっぽろテレビとうが目と鼻の先にすわっていた。

 テレビとうのライトアップイルミネーションはだれかのデザインセンスが発揮されまくっていて。その点灯パターンにより、病室内は文化的じゃないパーティー会場のにぎにぎしさで染められていた。

 カーテンを閉めれば、済む話なのだが……。

 自分の人生に、希望という光を見失った日に、暗い部屋でねむりたくはなかったのかもしれない。ろう側のスライドドアも開けっぱだった。

 イルミネーションが消灯していなかったから、まだれい前だったはずだ。

 気配を感じたつもりはなかったが、がえりを打った俺の視線の先──部屋のすみに少女がたたずんでいた。


(────!?)


 俺は上半身をがばりと起こし、その姿勢のまままくらもとに後ずさる。

 夜のとばりが降りに降りた病室。

 少女はそのときテレビとうの初雪のように白いLEDライトに照らされ、登場の仕方がもう完全にゆうれいだった。

 ただあわい光の中ですら、それとわかる美少女然としたようぼうゆうれい度を増したが、一目でそれとわかる胸部の豊かなふくらみは、俺の独断とへんけんによってゆうれい度を下げていた。

 吸い込まれるようなれいひとみの少女は無表情のまま、


「うらめしや」


 る桜みたいな、はかなげな声だった。

 俺はどっちに転んでも由々しき事態に直面していると、しゆんかん的に確信した。

 パターン1『ゆうれいが「うらめしや」と告げてきた』


 身の毛のよだつ事案だ。

 きゆうてきすみやかに塩をきたい。適切な念仏を唱えたい。

 パターン2『生身の女が「うらめしや」と告げてきた』


 なんなら、こっちのほうが身の毛がよだつ事案かも。

 なにせ夜中にの病室にもぐり込んで、初対面の第一声が「うらめしや」だ。エキセントリックなおじようさんすぎる。

 かたをおかわりして見守る中。

 少女は、その足でしっかり歩いて、こちらに近づいてきた。ゆうれい度ダウン。こりゃパターン2だな。

 一応、ナースコールの位置をチラ見する。

 俺では対処しきれない事態に発展したら、押させてもらおう。

 そう思ってたのに。

 ナースコールを押せなかった。

 とんの上に投げ出していた俺の両手を、彼女につかまれたからだ!


「…………」

「…………」


 無言て。

 俺から何か言うターンじゃないよね?


「……あったかいでしょ」

「え」

「わたし、まだちゃんと生きてるから」


 俺の人生史を代表するほどさいを放つ初登場をした彼女は手をはなすやいなや、ろうのほうに向かっていく。その背中が、じゃあねと告げていた。

 学校生活において、まれに初対面女子との会話が始まると、自分がズレた返しをやらかす前に先方から会話を切り上げてくれるのを、どこか会話開始直後から望みがちな俺なのだが。

 さすがになぞすぎる!

 たまらず声をかけていた。


「いろいろどういうことだ? だれなんだ? なんで出会ってすぐ手つないでくんだよ」


 やわらかくて、気持ちいいとか思っちまったじゃないか。

 こんな理解のはんちゆうえている子の手でも、美少女ならときめいちゃうのか俺は! 不覚だよ! どうなってんだオスのメカニズム!

 あと一歩でろうというところで、彼女はかえった。


「わたしはだれとも気安くれあったりしないよ」

「じゃあ、なんで?」


 れいむかえたんだろう。この世が終わったかと思うほど、視界がいつしゆんでまっくらけになった。テレビとうの消灯時間のようだ。

 窓からイルミネーションの光が差し込まない、真夜中のまりの病室で。

 現実感のないかげになった彼女は──


「キミがわたしといつしよほろびてくれる人だから」


 開きっぱのスライドドアの彼方かなたに消えて行った。


  ※ ※


 あれは、俺が見たあらの死神だったんじゃないか。

 翌朝、陽光がでたらめに差し込む部屋で目覚めたときは、そんな風に思えたりもしたが。

 思えば、あの子は俺とペアルックだった。

 つまりこのゆきほろ病院の病衣をまとっていたのだ。

 もしかして、また消灯後に会えたりするんだろうか。


 昼下がり。ぶらついていた三階ろう

 なにげなく窓の外を見下ろした。

 そこはゆきほろ病院の中庭ということらしいのだが。

 中庭のくせにいこいの場感のとぼしいというか、木々が生命力を発揮しすぎてる森林浴特化型空間だった。

 俺はその中庭に初めて向かうことにした。

 また会うことがあれば消灯後かと思っていたミステリアスな美少女が、見下ろした中庭の木々のすきから見えた気がしたからだ。



いしこうくんとの出会いの巻(作戦編)』


 ミニスケールの樹海みたいな中庭で、その小さなノートを開いた俺は、「?」マークで頭がいっぱいになった。

 あざやかな色ペンの丸っこい字で書かれた自分の名を、不思議な気持ちでながめていた。

 なんだこれは?

 ほんの数分前。中庭に足をれた俺は、三階ろうから、その姿を見かけた気がする場所へとおおよその見当で、進んでいった。

 やわらかいようの道から外れた木々の向こうに、あの少女の姿を見つけた。

 テレビとうのイルミネーションに照らされた姿しか見たことのない彼女だったが。

 幼い印象を残しながらも、各パーツがことごとく美しく整っている顔や、メロン二玉ドロボーみたいな胸部はちがいない。あの子だろう。


(なにやってんだろ?)


 大きな木の前に立った彼女は、俺の角度からは幹に手をばし、うでっ込んでるように見えた。

 ひとまず、なんて声をかけようか。