1 ②

 こんにちは? 昨夜はどうも?

 そんなしゆんじゆんをしているうちに、こちらの存在に気づくりもなかった彼女は、俺とは反対側に立ち去ってしまった。

 俺は、彼女がいた広葉樹の前まで移動した。

 たくましい幹には、エゾリスの巣穴にでもなりそうなほらがあった。


うでっ込んでいたように見えたのってもしかして……?)


 ほらをのぞき込むと、中にはまっているようだ。

 俺はおそるおそる手をっ込んでみる。

 とはちがう質感のなにかにれた!

 はしつかみ、取り出す。

 それは──うすい文庫本サイズのノートだった。

 表紙も裏表紙もなにも書いていない。

 本当に、なにげなく開いた。

 あとからの言い訳をさせてもらえるなら。人のノートをぬすするしゆはなかった。

 ただ、俺の病室に消灯後に参上したなぞすぎる少女のことが気になって仕方なかったのだ。それでも、たとえばいわゆるおとの日記の類いだとわかれば、根がエチケット尊重主義にできている俺はノートをそくほらもどしただろう。

 ただ開いたページに、


いしこうくんとの出会いの巻(作戦編)』


 俺の名前があったもんだから、閉じられなくなるよ。


  ※ ※



『わたしと同じ病気の男の子が ゆきほろに入院していることがわかった今

 その第一次せつしよくはどういうコンセプトでいどむのか

 その作戦の全容をここに記しちゃお』


 作戦の全容?


『まず初めに決めなきゃいけないのは

 彼との記念すべきファーストコンタクト わたしはどんな感じで出会えばいいんだろ

 忘れられないインパクトがあるほうがいいかな(ないよりいいよね)


 としごろの男の子って確か……なぞ多き女の子に弱いんだっけ

 ってことはわたしはミステリアスガールになろう!(名案)


 ミステリアスってことは やっぱ定番はゆうれいっぽい感じかな

 最初の言葉も大事だよね ふつうにあいさつしてもおもしろくないし

 ゆうれいっぽい言葉なら「うらめしや」がいいかも!!』


 …………。


『ミステリアスガールはきっと口数がすくないよね

 最初だから長居もしない感じで

 あんまりお話ししないんだからめの決めゼリフかんじんだよね

 アデュー! アデューって何語? ←フランス語みたい!

 最後にフランス語を言って、去って行く子

 わっ、これ絶対ミステリアスだよ~~』


 …………。


『でも別バージョン考えたいかも

 たぶんわたし アデューの発音 上手にできない気するし


「キミがわたしといつしよほろびてくれる人だから」


 わー このセリフ良くない!? 頭使ったよ~

 これ思いつくのに 二時間かかりました!

 でもでも いいのかんで良かった~~』




いしこうくんとの出会いの巻(かんりよう報告&反省編)


 第一次せつしよく終えました

 無事 めの決めゼリフ バッチリ言えました! エラいぞわたし!

 決めゼリフいっぱい練習して良かったな~

 反省点としては 彼の手をにぎったあと ドキドキしてちょっと言葉が出てこなくなっちゃったことかな

 でもすぐ言葉出てこなかったけど むやみに間をたっぷり取るのも たぶんミステリアスガール的には正解だよね

 わたし 男の子と手をつないだのって初めてだった 心臓の音 聞かれちゃわなかったかな

 あれやばい だいたんすぎたかも

 こうくんに えっちな子だと思われたらどうしよ

 としごろの男の子って確か えっちだと思った女の子と二人きりになれたら スキンシップし放題だって思いがちなんだよね ←次に会いに行くまでにかくしなきゃ』



 ……俺の中で、昨夜出会ったミステリアスな美少女のおもかげが、ごうかいほうかいしていく音がひびいていた。

 あの、やけに顔の整った、やけに胸の成長がいちじるしい彼女は、あくまでミステリアスガールを演じようとした、「としごろの男の子って確か」から始まるかたまった考えを複数お持ちの、おそらく病室に秘密の私物を置いておく場所がないから、ノートを中庭の広葉樹のほらかくすことを思いついて実行しちゃうような──ポンコツむすめだった。ポンコツ美少女だった!

 そして、もちろん。

 そんなポンコツむすめから昨夜手をつながれたときにはドキドキし、まんまとミステリアスガールのイメージを植え付けられた俺も、まごうかたなきポンコツだった。

 開いたページの一番下。丸っこい文字が、キラキラと目に飛び込んでくる。



『この生きる希望ノートの大きすぎる夢


「死ぬ前に一度でいいからこいがしたい かれとキスとかしてみたい」


 それがかなうかもしれない

 わたしと同じ病気の彼こそ、わたしの運命の人だ』



 俺はノートをそっと閉じ、ほらもどし、をまぶし、中庭を後にし。

 さとった。

 こいこいしてる女の子の、こいの対象に自分が選ばれたことを。