2 ②

「ベスポジみたいなつうやつでも、天使のかれになれるんなら。オレだってクラスのあの子と!」


 国際ロマンスがいにあった女性きようは言う。


れんあいなんてもうコリゴリと思っていたけど。好きな人とILOVEYOUを言い合える人生をあきらめちゃダメよね」


 あの時代、あの小学校にいた人々は、れんあいにいつもより少し勇気を出せるようになった。積極的にこいと向き合った。好きな人といつしよになれれば幸せになれると信じた。

 そして、問題の小学六年の秋になる。

 天使が、どくぜつくようになっていったのだ。

 今までのやさしい天使だったら、教室でめている男子達のちゆうさいに入り、「事情を聞かせて。うんうん、ケンカはやめようね?」と、平和をもたらしたが。

 どくぜつくようになった天使は、教室でめている男子達のちゆうさいに入り、「事情を聞かせて。くちくさっ。くちげんはやめて、取っ組み合いのほうが早いんじゃない?」と言ったり。

 なん訓練で教室からグラウンドに移動した際、「みなさんが静かになるまで3分かかりました」と言った男性教師に対して。


「なんの指示も出さず、ボケっとってるだけの教師がしゃべり出すのに3分待ちぼうけました」と返したり。

 天使のどくぜつは、ろうにやく問わず男ぜんぱんに向けられた。

 当たり前のように、俺にもどくぜつは発揮された。

 かれである俺は彼女といる時間が多い。どくぜつかれる機会も多い。俺は聖人じゃない。どくぜつを言い返すようになった。

 俺とのどくぜつ合戦が、天使のどくぜつを日に日に進化させていく。それははたで聞いていた男子達をふるがらせ、一部のMっ気のある男子をもだえさせた。

 どくぜつはつしようと共にわがままにもなっていった天使。天使と呼ばれるようになり。

 ベスポジと呼ばれていた少年は、天使製造機の異名をちようだいする。

 天使を天使に変えたのは、かれのせいだとうわさされたのだ。

 天使化の原因として、俺のうわ説が最有力視されていた。

 そのガセネタは、俺がれいなお姉さんと親しげに街を歩いていたのを見たというもくげき証言としようの写真が、寄せられたためだった。

 写っていたのは──俺の母ちゃん(美じよ)だった。

 だから彼女が、俺のうわを疑って天使化したなんてありえない話だった。彼女は俺の母ちゃんと顔見知りだったから。

 天使のまま月日は流れる。そして、彼女は二学期の終業式に。


『大事な話があります』と放課後の公園に呼び出したかれに一方的に別れを告げ、だれにもなにも言わず、冬休みに転校していった。

 大事な話があります。

 女の子がこれを言ったあとには、予期せぬことが待っている。別れが待っている。

 小学生にして、れんあいの一大トラウマワードをかかえてしまった俺だった。

 天使製造機は、天使をこの世界から一人消し去ったとして。その小学校を卒業したメンバーがほぼほぼ進学する中学校という極小コミュニティーでも、けいぞくして「大悪人」あつかいを受けることになった。

 だが、俺はそのことにあまり傷つかなかった。

 彼女がどうして別れたがったのか。おろかな俺はなにもわからないまま、彼女ともう会えなくなってしまったことが、ただただショックで。

 他のことに傷つく場所が心に残ってなかったのだ。

 ラブラブなころの思い出も、どくぜつおうしゆうも、全てなつかしくなっていく。

 こんな悲しい別れはもう経験したくない。

 経験しない方法は、一つだけかんだ。

 もうだれともかれ彼女にならないことだ。

 特に天使と呼ばれるような子とのれんあいなんてもっての他だ。

 俺と関わったことで、天使のような子が周りから天使と呼ばれるところなんて、もう見たくない。


  ※ ※


 長期にわたる入院生活のため、これまで異性との出会いがなかった少女がいる。

 たとえこいこいしてるとしても、そのこいおうえんしてやりたい。

 ただ、そのこいこいしてるこいの相手にチョイスしたのが俺なら、話は別だ。

 そのこいから目を覚まさせなきゃいけない!

 ほのかは近々、俺に会いに来てくれるのだろう。

 そのとき、彼女からしっかり苦手な男だと思ってもらえるように、おう。

 というわけで。

 女性が苦手と感じる男とはどんなやつか?

 俺は天使のような彼女をなんの自覚もなく、いまだに原因もわからないまま、天使にしてしまったれんあい前科者である。

 女心を、俺ごときがわかると思わないほうがいいだろう。

 答えの出せない問題に向き合い、そろそろ夕食どき。

 母ちゃんがいに来てくれた。

 入院していても、家族はいつしよに晩ご飯を食べるもの。

 そう思っている母ちゃんが、病院の夕食時間に合わせて、仕事を切り上げてくれていることには気づいていた。

 こんだてには「すき焼き」とあったはずなのに、「牛のうすあじ肉を横付けしたどう」が出てくる病院食だったが。

 ベッドサイドテーブルに広げられた母ちゃんのほうの食事(美じよのディナー)は、ケールののうりよくの大きな葉が三枚とエゾ鹿肉のロースト。共にドレッシングなしだ。

 俺のよりもはるかに味気なさそうなそれをしそうにがっていた。

 だから俺は母ちゃんの食事をうらやむこともなく、自分の病院食をありがたく食すことができた。

 ありがとね、母ちゃん。ところで、苦手な男ってどんなやつだい?


「そうねー。まだ出会ってまもないのに、『れい』だの『わいい』だのすぐ言ってくる男は、みようだね。アタシのうわべしか見てないんだなっていうか」


 意外な意見だった。

 美じよの母ちゃんは、世間から「れい」だの「美人」だの賛辞をカツアゲするのが生きがいの人だと思っていた。


「出会ってまもないときこそ、男からは内面をめてほしいよね。で、永いこといつしよの時間を過ごしてもなお、いつまでも『れい』って言ってほしいもんよ」


 サンプル数は1より2が好ましい。

 夕食の食器を下げにきてくれたやさぐれ系看護師のかりさんにも、いてみた。

 出会ってまもないのに、「れい」とか「わいい」とか言う男はどう思いますか?


「なんかチャラいね。たいがいキショいわ」


 よし!


 苦手な男だと思ってもらえる秘策はできた。

 あとは、先方との第二次せつしよくを待つのみ。

 消灯まで残り一時間。

 個室のとびらをノックする、小さな音が聞こえた。

 病衣をまとい、死に至る病をわずらっているはずなのに。胸部のふくらみが立体的過ぎるためか、はかなげな印象のとぼしい美少女ことほのかだった。


「フフッ」


 俺と目が合った彼女は微笑ほほえみかけてきた。

 第一声で安易に「こんばんは」と言わないそのスタンスは、本来ならその整った容姿と相まって、ミステリアスガールの名をしいままにできたろうに。

 幸か不幸かというか、まあ不幸だろうが、俺は中庭のノートを見てしまったせいで。

 彼女の正体は、こいこいするおっちょこちょいだと知れている。


「フフッ」


 まだ笑ってらっしゃる。

 おそらくこの第二次せつしよくのオープニングをかざるその微笑ほほえみも、練習のたまものなのだろう。バッチリ決まっていた。はくしゆをしてあげたい。


「……入っていい?」


 ここでお引き取りくださいと言ったら、このミステリアスガールがどう切り返してくるのか、見たくもあったが。


「どうぞ」俺は招き入れた。せっかく用意した秘策を実行したい。

 彼女は、俺のベッドサイドまできた。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」