始 化け物 ②

 巨大な龍の形をした炎は、高さにして数メートルはあった。もはや消火活動も意味をなさない中、少年少女は熱さに耐え顔を上げる。

 そのうちの一人、大人びた顔付きの少年は、炎が出現したあたりの空間をじっとにらけた。視線の先、人のいない終電ぎわの池袋駅やまのてせんホームに。


「……化け物め」


 ぎようがそこに居た。

 二本の触覚を頭から生やし、顔は黒く塗り潰されていて見えない。二足歩行で、一見普通の人間と大差ない姿をしているが、体長は三メートルを超え、身体からだからは無数の突起が露出している。

 明らかに自然界には存在しない生物だ。先程の炎を撃ったのもこのぎようの生き物で、少年少女の討つべき敵でもあった。

 そのぎようから決して視線を切らず、大人びた少年は無線イヤホンに静かに声をかける。


「こちらは問題ない。……各員、状況を知らせろ」

『おう隊長。こっちは無事だ』

『私も無事だよー。あっついけど当たってない』


 数人の声が返ってきて、少年はホッと息を吐く。声の調子から考えてももなさそうだ。

 通信の向こうから、少しふざけた声が聞こえる。


『いやぁしかし相変わらずすごいねー、は』

『やっぱりあれか。雰囲気的にの感じがしたんだがな』

魔導師型ウイザードはこんなにパワーないよ。厄介な能力持ってなくて、単純な力押しの攻撃で済ませようとするのがだからさ』

『おー、じゃあ今日はしっかり楽しめそうだなぁ』


 その声にやめろ、と少年は軽く制す。


「終電後とはいえターミナル駅だ。いくら人が少ないとはいえ、早めに片付けたい」

『冗談だっての。堅いなぁアズマは』


 わらうような軽薄な声に、アズマと呼ばれた少年はふ、とあきれたように目尻を下げる。

 終電後のやまのてせんホームに人はほとんどいなかった。人間はちらほら見かけるが、ホームの周囲には人ひとり近づかない。その内側にいるのは、駅の職員でも警察でもないのに点在する少年少女。


やつが現れてから既に三十分。これ以上の被害を出すわけにはいかない」


 鋭い瞳でそう言った少年の背後で炎が上がった。先程の化け物が発した炎だ。池袋駅で停車していたいびつな形の車両が燃え上がり、ホーム上のスプリンクラーが発動──らされる水滴と熱でうだるような空気の中、かれはただ冷徹にその化け物をにらむ。

 今まさにホームを燃やし、それ以前に何人もの乗客を死に追いやった、その化け物の名は。


「《勇者》……」


【シャアアアアアアアアア!!】

 むしはねを擦り合わせた時に出るような、寒気がする不気味な音だった。そんな音を口──と思われる場所から発する「それ」を、少年はにらむ。にらんだまま無線イヤホン型通信機に向かって声を発する。


「時間がない。──最低でも五分以内に仕留めるぞ」


 それぞれ返事が戻り、彼の作戦指揮のもとに少年少女は作戦を開始した。

【ガギィイイァ! アアア──ゴギグアア──】


うるさいな。人間の言葉をしやべれよ」


 誰に言うでもなく、アズマはいまいましく吐き捨てる。

 ぎようが動きを見せた。二本の触覚がピンと張り、ぎようの後方に複数の何かが出現する気配。

 全員が警戒する。その「何か」は渦を巻くように出現──水だ。直径が数メートルもある水の球体が複数、空間に出現していた。

 その球体は形作られてすぐ、全員が予想した通り前方に射出された。全員がそれぞれに可能な回避を取り、水球はホームに衝突して反対側の線路を吹き飛ばす。

 相当な威力がある水球らしい。さらっただけでもひとたまりもない。


「警察が来るまで三分といったところか──それまでに片を付ける」


 まるで泣き叫ぶようにほうこうする化け物。また新たなエネルギーを放出しようとしている。


「《勇者》は基本的に皆異常チートだが、唯一弱点がある。そこをたたけば終わりだ」

『分かってる。あいつらの心臓部、でしょ』


 砲撃音。はつらつとした少女の無線から。

 ほぼ同時に化け物の側頭部が吹き飛んだ。その隙にと、アズマは腰に提げていた刀をすらりと抜く。通信の向こうで少年の笑い声が聞こえた。


『ハハ、相変わらずお前のそれは見応えあるなぁ』

うるさい。お前も大して変わらないだろう」


 美しい──そして醜い刀だった。銀色のやいばのところどころに血のようなものが張り巡らされ、まるで生きているかのようだ。血はただの返り血のたぐいではなく、まるで血管が張り巡らされているようにも見える。純然たる生き物ではなく、──しかし確実に人工物ではないそれ。

 一瞬目をつぶり、アズマはつぶやく。


「『卵』は左胸前部、ちょうど人間の心臓に当たる部分」

『おっけー。アズマが近いね。たの──ってもう行ってるか』


 少年は誰よりも早く単身で突っ込んだ。瞳に映るのは明らかな異常を持つ化け物。

 耳に届くのは、その心臓の

 うるさいくらいに響く。今の彼にはどんな騒音よりも、小さな心臓の鼓動が耳に響いていた。弱った心臓を無理やり動かしているような、はかなおぞましい音。

 刀を振り抜いた。少し遠い化け物の肉体に、的確にザン、とやいばを突き立てる──左胸前部。

【ギャア──アアアア!】

 突き立てられた方は目を見開き、何かをかきむしるような動きをしている。


「さっさと死んでおけ。──誰かを殺すその前に」


【ダ、レ──ギ、ガ、ナニガ──】

 最後に何かを言おうとする化け物の肉体から、構わず彼は刀を抜いた。およそ通常のものとも思えない刀の先端に、小さな球形の何かが刺されていた。まるで生き物のようにうごめいている。

 ザッ、と球形の心臓を踏み潰し、少年はその動きを止めた。

 それと同時にぎようも動きを止めて、ゆっくりとった。顔をまとう闇が晴れて一瞬あどけない顔がのぞき、同時に消えてゆく。

 凡庸な、どこにでもいる高校生の顔だった。そんな「彼」に、少年は視線すらやらない。

 憎らしく。それでいて無関心に──まるで最初から、そこに何もなかったかのように。


 人間と《勇者》が分かり合うことなどありえない。

《勇者》とはの民を滅ぼすものだからだ。