一 勇者 ③

 当のアズマはカグヤを完全に無視してサクラに声をかける。


「サクラ。ここで何してるんだ?」

「私は異動の件を伝えに。君こそ珍しいね。けんに来るなんて」

「俺も異動の件を伝えに来たんだ」


 そして彼は口角を上げる。明らかにこちらを見下すような、あくらつにも見える表情で。


「すまないが、あの異動の件はなかったことにしてくれ」


 表情に反して冷たいともとれるこわだった。


「うちの隊は今の人員で充分だ。今更研究所なんかから人が来たって何かの役に立つとは思えない。邪魔なだけだ」

「ちょっと……」


 不愉快な言い方に思わずしきばむカグヤ。

 そんなカグヤにアズマは強く視線を注ぐ。そして一瞬──アズマはそうぼうけんに強くゆがめた気がした。まるでそう、花壇に巣を張るを見つけた時のような。

 じろりとしたしつけな視線に、カグヤも流石さすがいらつ。


「あの、ちょっとすみませんけど──」

?」


 アズマの唐突な、たたけるような質問に、カグヤは虚を突かれる。


って……」

お前はここにいるんだ」

「はぁ?」


 初対面でお前呼ばわりである。カグヤの額に青筋が浮くのも無理はない。


って、けんに来てるのはそっちじゃないですか! しかも初対面でお前って──」

「ま、まあまあ中尉、抑えて」


 まるで子供をなだめるようなサクラの声。


「けれどアズマ。中尉の言う通りだよ。これから来てもらおうって人に対して君さ……」

「大丈夫です行きませんから」とねるカグヤを横目に、アズマはほんの少し黙る。


「アズマ、君のけん嫌いは知ってるけど、ここまで言うなんてどうしたのさ? 君らしくない」

「……すまない」


 軽くつぶやいただけのアズマに、サクラはあからさまにため息をく。


「なんかごめんね、中尉。根は悪いやつじゃないんだよ」

「……いくら根が良くても、葉や花が腐っていたらそれは根腐れしているのと変わりません」


 立ち上がってアズマとたいする。一回り背の高い彼に、カグヤは臆さずにらけた。


「初対面で『お前』とか『ここにいる』とか。失礼だと思わないんですか?」

「……」


 目が合った。カグヤの高貴なとうと、アズマ大尉の燃える灰色の瞳が。

 数秒、互いににらう。アズマの瞳に何か複雑な感情が浮かびかけた時。


「ちょっ! ちょっと待ってくださいっ」


 マリがガタリと勢いよく立ち上がった。


「あ、貴方あなた達の隊が人員補強なんて……しかもけんからって、どういうことですか!? だって貴方あなた達は《勇者》の──」

「待ってマリちゃん」


 マリが何を言おうとしたかは分からない。が、カグヤにもそれなりの主張があった。


「なんだか勝手にお話が進んでいるようですけど。私、なんっにも聞いてないんですよ。なんなら異動するって初めて知ったくらいで……」


 勝手な異動など受け入れるわけにはいかない。だって彼女にはやるべきことがある。


「それにこちらこそ、異動についてはお断りです。私にはけんでやることがあるんですから」

「やること? なんだそれは」


 厳しい瞳で応えるアズマ。


「それは命令より重要なことなのか」

「……ええ。とても」


 カグヤには時間がない。あと数年もしないうちに《勇者》を見ることも出来なくなる。

 こんな不本意な異動に煩わされている場合ではないのだ。


「なるほど。だが、けんの方の研究長は了承したと聞いたがな?」


 少し上からのアズマの発言に、カグヤは眉をひそめる。


「了承って……それいつの話ですか?」

「いつって辞令が下った時だ。『中尉ならいけます』と俺は聞いていたが」


 カグヤはマリと顔を見合わせる。もちろんそんな話は聞いていない。

 研究長は《勇者》が元人間である論証を立て、有効な武器を研究している天才だが、自分の興味のあること以外に関心がない。二週間もずっと忘れていたのか。部下の異動を。

 気まずい顔でそっぽを向くカグヤ。


「それは──その、研究長がご迷惑をおかけしました……割とその、自分本位な人ですので……」


 カグヤの上司である第二けんの研究長は有名だ。悪い意味で。


「で、でも、結論から言えば私も反対です」


 一転、カグヤは向き直って抗議する。


「なかったことも何も、最初から聞いてないんですから。そちらの隊長もお嫌なんでしょうし今回の話は、」

「ちょっっっと待ってください!」


 マリが遮った。


「ちょっと先輩こっち来てください!」とカグヤはほぼ強引に隅に連れていかれ、食い気味にささやかれる。


「先輩、前に研究長と話したの覚えてないんですか? 戦闘兵科の特別編成小隊のこと!」

「ええ? 戦闘兵科の?」

「先輩も気になるって言ってたじゃないですか──ほらの!」

「ろく、ねんまえ……?」


 それを聞いて少し考え、カグヤはようやく思い出した。

 カグヤにとって、いやせんめつぐんにとって六年前といえば一つしかない。

 六年前──千葉に現れた一人の《勇者》によって県が一瞬で壊滅した事件だ。出現したその《勇者》は直後に大爆発を起こし、その爆風と衝撃で千葉県北部とその周辺の住民はほぼ全滅。

 見えもしない大人達には「いんせきらつ」として扱われた悲劇である。


「まさか六年前の崩壊の……!?」

「そうですよ! あの大崩壊の時に生き残った少年少女、それを集めたのが特別編成小隊、通称『カローン』です……!」


 しかしその大崩壊の中で例外的に、爆発の影響範囲内にいたにもかかわらず無傷で生き残った者達がいた。

 かれを保護という名目で監視下に置き、部隊として育て上げたのが「《勇者》せんめつぐん戦闘兵科特別編成小隊」。通称カローン。カローンとは古代ギリシャ語で「美」を意味する言葉で、《勇者》被害の生き残りであるかれに皮肉をもってそう名付けられている。

《勇者》被害からかれだけが生き残ったのか──その原因はだ特定されていない。分からないからこそ不安と恐怖をあおり、かれは現在『重要監視対象』の扱いを受けていた。

 重要監視対象とは、組織内での実質的な最終通告でもある。何かあれば即刻処分も有り得るという、とても穏やかとは言えない扱いのことだ。


「……そんなかれが、どうして人員の補充なんて……」

「分かりませんよぉ! でも異例中の異例であることは確かです。しかもよりによってけんからなんて──」

「おい」と、アズマの影。


「何を話してるか知らないが、お前が何を思ったとしても、上からの命令だ。すぐに来てもらうぞ」

「……ええ。それに関しては私は構いません」


 カグヤはマリをかばうようにアズマの目の前に立ちはだかった。


「けれどけんからなんですか? けんは《勇者》を救済対象として研究する場所。貴方あなたがたとは思想があいれないはずです」

「それは知らない」


 上が決めたことだ。と、アズマはどうでもよさそうだ。


「それに俺だって──《勇者》を毎日バラして研究するイカレた連中とは関わりたくない」


 カグヤの眉がピクリと震えた。今の言い方はあからさまな悪意がある。


「そもそも貴女あなた達も軍人だろう。興味本位や好奇心でそんなことをしている暇があったら、武器を取って戦うべきだ。《勇者》なんてただ倒してしまえばいいと、そう思わないか」

「……そんなの、確証のない綱渡りです」


 しかし譲れないこともある。


「もし貴方あなたがたに倒せない《勇者》が出たら? 六年前のような、とても対処できない《勇者》がいたらどうするんですか。そもそも貴方あなた達だって数年後には見えなくなっているんですから。その前に、倒す以外の根本的な解決方法を考えるべきです」


 今度はアズマが黙る番だった。そのリスクは彼も予想しているだろう。


「それに、……かれは元々人間だったのは確かです。化け物として死ぬなんて、そんなのかなしいじゃないですか」


 相手は同じ人間なのだから。


「興味本位や好奇心だけでやってるわけじゃありません。信念は貴方あなたがたと変わりませんよ」

「……《勇者》は、人殺しの化け物だ。それ以上でもそれ以下でもない」

「意見の相違ですね。《勇者》が元人間であったというのは事実なんです。だから──」


 ちょっとちょっと、とサクラが仲裁する。困り顔だった。


「これから仲間になるって時にけんしてんじゃないよ。アズマは言い過ぎだし、シノハラ中尉も言葉抑えて」