一─二 ②
「
ミライ少佐の声に責める響きはなかった。ただ、確認しているというだけだ。
「第二
「ああ……」
「それに、正直私はこういうのは好きじゃない。売ってるみたいになるもの。嫌なら私からあいつに言っておくよ? どうする?」
ミライ少佐の
「そもそも前線基地だしね。研究者である
「そうですけど──」
カグヤは助手席で腕を組み
その通りだ。カグヤは《勇者》を人間に戻す研究をしていて、そのタイムリミットもある中、今こんな関係ない部署に行ってる暇はない。しかも隊長はあんな
けれどこれはある意味チャンスではないか、とカグヤは思い直したのだ。
「少佐。私にとってもこの異動は利があるお話なんです」
そうして彼女は、視線を
「《勇者》はまだ分からないことが多い。けれど、《勇者》と直接対面する機会は本当に少ない。それに『カローン』は他とは違う部隊と聞きました。だから、近いところで
「なるほ──ん? 今実験って言いかけた?」
「言ったかもしれないし言ってないかもしれません」
言ったけれど。
「とにかく、嫌だというわけじゃないんですよ。あの隊長はきら──意見が合わなさそうですが、私も一度くらいは《勇者》に会ってみたいし」
ミライ少佐はその言葉を聞くと、きょとんと首を
「……えっと、
「? その通りですよ?」
幼い頃に親を《勇者》に殺されたのは本当だ。けれど
きょとんとするカグヤに対し、ミライ少佐は
「妙な子もいたものね。《勇者》に対して恨みはないの?」
「恨み──は、あまり……ありませんけど」
ふっと脳裏に浮かんだのは、あの時の光景。
絶望と悲痛の声と、──彼の背中。醜い化け物になってしまった彼の。
振り払うように、カグヤは頭を振る。
「でも、《勇者》を殺すだけという今の方法ではいずれ限界が来ます。だってもし処理能力を超える存在が出てきたら破綻してしまうし。その前に別の方法を探るのも、《勇者》対策にはなるかと思いますよ」
「……なるほどね」
ミライ少佐は
「
「はい? どういうことですか?」
「こりゃあ面白くなりそうだ、ってこと!」
吹き飛ばすように、少佐はハンドルをパシッと両手で
「──じゃ、時間も押してるし、そろそろ行こうか」
「は、はい」
苦笑するカグヤの
「……って、えっなんでそんな
カグヤの悲鳴が道路に響き渡った。
・・・
千葉県某所。戦闘兵科の隊舎の多くは、《勇者》により更地になった場所に建てられている。戦闘兵科特別編成小隊──「カローン」の隊舎は、かつて
燃え焦げ、溶かされ、沈められ壊されて、草木も生えなくなった街。強力な《勇者》の暴走で数万人が死んだ六年前の事件以降、復興の目途も立っていない。
その一角に車は
車から降りるよう指示され、だが降りたのはカグヤだけだ。ミライは車にとどまっている。
片腕をハンドルにかけたままの彼女は、運転席の窓から腕を出して隊舎の方を指差す。
「その建物の、一番手前の扉。じゃ、今後は通信で。よろしくね」
「あ──はい。
車がけたたましく去っていくエンジン音に背を向け、カグヤは目の前の隊舎を見上げる。
カローンの隊舎は機動力と住環境を重視した三階建ての、レンガ風の近代建築の建物だ。
元はマンションだったらしい建物で、入口は一つ、上質なガラスドア。十代の少年少女にしては破格の扱いである。
千葉県北部はもはや人の住めない荒地に成り果てているが、ここはまだ随分とマシなようだ。人が生きていけるだけの水と空気、問題ない程度の通信環境、人が十数人生活するだけの電力の余裕があるのだから。
やけに重い扉の取手を押し開いて、カグヤは思う。隊舎の外観は美しいが、十数人が生活するにしては、随分と周囲の設備が殺風景過ぎた。
「……どんな人達なんだろう。『カローン』って」
カローン。《勇者》殺しの精鋭部隊で、六年前の崩壊の生き残り。
隊の全員が、《勇者》を殺すことに特化した戦士だ。
そして、『武器』を正しく扱う権利を持つ唯一の存在。
「いや、二人は会ったか。あのサクラって子と、あの無茶苦茶なやつ……」
昨日会った偉そうな隊長を思い出してイラッとした。
「ったく、人を馬鹿にするにもほどがある」
三階に唯一存在する大きな部屋の扉。インターホンまでは無かった。出迎えがない以上、こちらから出向くしかない。
連絡入れた方がよかったかな、とカグヤは少しだけ思った。
サクラと名乗った少女の番号だけは聞いている。
「まぁ……いいか。伝わってるでしょうし」
構わず二回ノックをする。少し間が空いて、向かって来る足音が聞こえた。
カグヤは思わず姿勢を正した。最も緊張する瞬間。
ガチャリと扉が開かれる──そこに立っていたのは、アズマでもサクラでもなかった。
腰まである
「……ひょっとして、シノハラ・カグヤ技術中尉?」
「え、ええ。本日より配属されました、シノハラ・カグヤです。よろしくお願いしま──」
「あーそっか。今日だっけ?」
「忘れてたわ。ごめんごめん」
「忘れてたって……」
とても軍人とは思えない、態度の悪いギャルみたいな
カグヤは少し眉を
「えーと、本当にここって『カローン』主基地で合ってますよね? 正式な辞令もあるし、今日から異動になったってことも伝わってるはずですけど」
「私は聞いてないっての。アズマと一緒に来てよめんどくさいなあ」
「はぁ……?」
アズマに続けて嫌な
「あのっ、私は──」
「──シノハラ・カグヤ中尉か」
静かな声が背中を襲い、遮られる。
振り返れば昨日も見た顔。アズマ・ユーリ大尉だった。
アイスシルバーの髪に、暗闇を凝縮したような
アズマは突っ立っているカグヤに視線を向けて、心底面倒そうに目を細めた。
「
「……お褒めの言葉、恐縮です。大尉」
「褒めてない。第二
アズマ大尉は目を細める。
「
カグヤは目を見張った。
たった一晩で調べたのか。カグヤは感心した。
「いいか。《勇者》は確かに元人間だ。だが、『元』だ。元に戻そうなんていう考え方は俺は受け入れられない」
どこか苦々しい顔で。
「《勇者》と人間が分かり合うことなどありえない。生者と死者が分かり合うことがないようにな」
「……だから『
「それに、そちらのやり方に干渉する気もありませんし。思想を強制する気もないので、そんなに構えないでください」
無駄なことに時間を取られるのはカグヤが最も嫌うところだ。
「程良い距離を保ちましょうね。大尉」
「まあ……それならいいが」
アズマは何かのやり場に困ったのか、視線を意味もなく左右に揺らめかせる。その様子から、何かの意図を
「あ、すみません大尉。ひょっとして私に何かしらの嫌味を言うつもりだったんですかね? 私昔から空気読めないって言われがちでして」
「分かってて言ってるだろう貴様……」
アズマ大尉がぎろりとこちらを