1章 ①

 絶叫の後、部屋に再び静寂が戻る。


「…………………………………………………………」


「…………………………………………………………」


 わたしは、壁に背を貼り付かせるようにして硬直中。


 かえでは、でいすいしたように顔を真っ赤に染めたまま、スカートの前を押さえ、前かがみになり、わたしを涙目でにらみつけている。


「……ふーっ……ふーっ……」


 まるで猫だ。怒りで逆立ったシッポが見えるかのようだった。


 状況を考えれば無理もないが……そういうわたしだって、めちゃくちゃ混乱していた。


「バ、バカな……ありえない……こっ、こんなコトが……」


 人生最大級に狼狽うろたえて、脳裏に刻み付けられた衝撃映像を思い返す。


 妹にアレが生えていて、スカートの前が高らかに盛り上がっていて。


 それだけなら、ここまで狼狽うろたえることはなかっただろう。


「クッ……ぐ……ぐ……ぐぬぬぬぅ~~~っ!」


 だろうともわかる。


 混乱の最中でも、視力<外字>を誇るわたしの両眼は、しっかりと計測していたのだ。


 ──十八センチ、十九センチ……い、いや……。



「ぜ、全長……に、二十センチ以上……?」



 顔面にまくらを投げつけられた。


「うっ……ぅぅ……ぅぅぅ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!」


「くそっ……泣きたいのはこっちだ!」


 痛む鼻を押さえ叫ぶ。


『絶対に負けることはあるまい』と高をくくっていたもので。


 ああぁ~~~っ! よりにもよって妹に負けるとは……!


 こんなことある!?


「ハァ……ハァ……」


 高潔な誇りが粉々に砕け散るような感覚があった。


 こればかりは、同じ体験をした者にしかわからない感覚だろう。


 悔しいを通り越して、やるせない虚無感が、わたしの胸に風穴をうがっていた。


「うっ……うっ……うぅ…………」


 お互いの情けない泣き声だけが、しばし続き……。


 長い長い沈黙の後で、


「つまり……おまえも……か」


「……そう……いうこと、です」


 途切れ途切れに言葉を交わす。


 依然として混乱は消えちゃいない。


 それでもお互い、落ち着いたふりができる程度には、精神が回復してきたようだ。

 かえでは言う。


「今朝、起きたら…………、なっていて」


 わたしは羞恥の極みにいるのだろうかえでの顔を、なるべく見ないよう視線をらす。


「……っ……私……」


 わたしの頰に、弱々しい声が触れる。


「…………………………どうしよう」


 それはきっと、わたしを頼る言葉ではなかったと思う。


 窮地で漏れた自問自答のように聞こえたから。


 だが、あえてこう解釈する。


 助けを求める妹の声だと。


 それなら──


「ハーッハッハッハ!」


 笑って応えてやろうじゃないか。


「心配するなッ! この程度の窮地で狼狽うろたえる必要などない──おまえには、わたしがいるんだからな!」


「………………」


 かえでは黙したまま顔を上げる。うるむ瞳が、わたしのと真っすぐ向き合う。


「………………言ったはずです。そういうところが、嫌いだって」


「ほーう、悪態をつく元気はあるんじゃないか」


「なんの根拠もない自信で偉そうにしている愚かものに、怒りが湧いてきただけです」


「根拠がない? 珍しく頭が回っていないな?」


「はあ? この絶望的な状況から、なにができると……」


 ちちち、と、わたしは人差し指を振る。


「わたしたちには、こういうときに──いいや、どんなときであろうとも、頼れる味方がいるじゃないか」


 はっとしたかえでに、私は見得を切って声を張り上げた。


「我々の方針を告げるッ! ──いますぐ姉さんに相談するぞ!」


「…………………………………………………………………………」


 かえではたっぷりと沈黙した後、


「その……私たちの状況………………あの人の仕業では?」


 本質を突くツッコミをこぼした。




 わたしたちの住む街は、埼玉県の南部にある。


 かえでの並木道が有名で、毎年秋になると、素晴らしい紅葉を見ることができる。


 紅葉と夕焼けの街。


 わたしたちの名前も、そんな絶景から取られているのかもしれない。


 そう、ひらがなで『きょうだい』。


 男とも女とも言いがたい、いまのわたしの状態をかんがみて、『姉妹』と『兄妹』で迷ったから──というだけではなく。


 すみあきすみかえで


 我々双子には、年の離れた姉がひとりいるのだ。


 その名を、すみゆうという。


 時が止まったように小柄で幼い、まるで妖精のように愛らしい容貌。


 不敵な笑顔に鋭い眼光。白衣が似合う理知的な雰囲気。


 そして──


「おっ、あきぃ~、ぷっ……クク……ハハハハハハ! ずいぶんわいい姿になったじゃないか?」


 いまのわたしを一目見て、会うなりコレを言える女性だ。


 状況を説明しよう。


 現在地は『すみ遺伝子研究所』内にあるゆう姉さんの研究室。


 この場にいるのは、わたし・かえで・姉さんの三人。


 かえでの部屋でのやり取りのすぐ後、わたしたちは頼れる姉さんに『異常事態』を相談するため、ここにやってきた。


 いや……相談というよりは、追及というべきかもしれないが。


「……やっぱり」


 保健室めいた白い部屋で、わたしたちと姉は対面している。


ゆう姉さんが元凶だったんですね」


 かえでが、まるでミステリ小説みたいな台詞せりふを口にした。


 するとゆう姉さんは、


「フハハハハハ! ハーッハッハッハ! なぁ~にをいまさら! おまえたちの身に、常識では理解できないコトが起こったならばッ!」


 心から楽しそうに爆笑し、ばさりと白衣をひるがえして、



「このワタシ、超天才マッドサイエンティスト、すみゆうの仕業に決まっているだろう!」


 幾千の解説を重ねるよりも、よほどわかりやすい自己紹介だったろう。


 わたしにとって『大好きな自慢の姉』。


 すみゆうとは、このような人物だ。


 頼れるお姉ちゃんって、感じだろう?


 一緒に話しているだけでうれしくなってくる人なんだ。


「アハハハハハ! さすがはゆう姉さんだ! いやぁ~、今回ばかりは、さすがのわたしも驚いたぞ!」


「そうだろう、そうだろう! 首尾よくびっくりさせられたならワタシもうれしい! サプライズプレゼントのがあったというものだ。感謝するがいいぞ、フハハハハハ!」


「アハハハハハ!」


「フハハハハハ!」




「「ハーッハッハッハ!」」



 日本屈指の仲良し姉弟(もう姉妹というべきだろうか?)であるわたしたちは、並んで高笑いをとどろかせるのであった。


 そこでかえでが冷たく一言。



 黙った。


 どうしてこう、こやつの声には、場を凍結させる力があるのだろう。


ゆう姉さん。私の質問に答えてください」


「……なぁ、あきよ。なんでかえでは怒っているの? 怖いんだが?」


 こっちに振らないで。


 ほら、かえでのこめかみに血管がビキビキと浮き上がっている。


「余計な会話をしないように。端的に聞きます──私たちになにをしたんですか?」

刊行シリーズ

私の初恋は恥ずかしすぎて誰にも言えない(3)の書影
私の初恋は恥ずかしすぎて誰にも言えない(2)の書影
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