1章 ③

 それから。


 ゆう姉さんは、部屋の奥からよくわからない謎の機材を運んできたり、机上のPCを操作したり、てきぱきと動き始めた。


 幼く愛らしい容貌ではあるものの、仕事姿からは、デキる女性のオーラがゆらめいている。


「よし。かえで、こっちに来い。元の姿に戻してやる」


「…………………………」


 かえでは、警戒した様子で近づいていく。


 ゆう姉さんはそんな妹を見て、目をぱちくりさせる。


「ンン? なぁ、いまさら気づいたんだが……かえで、おまえ──」


「……な、なんですか?」


「女から男になったはずなのに、ぜんぜん姿が変わってなくない?」


「…………………………………………」


「実験が失敗していた……性転換が起こっていない……のか? いや……『元の姿に戻せ』とわめいていたしなぁ。だとすると……」


 ムムム、と、考え込んでいた姉さんは、ぽんと手をたたいて、


「元から中性的な見てくれだったから、男になっても変わらんってコト?」


「違います!」


「じゃあなんだよ」


「…………………………」


 言いづらそう……。


「ほほう、そんなに言いよどむような状況……なんだか面白そうじゃないか!」


「……明らかに妹の不幸を喜んでいますよね?」


「想定外の結果というのは、ワタシにとって宝箱のようなものだからな。──で? かえで、おまえの身体からだになにが起こっている? 聞かせてもらわなきゃ、元に戻してはやれないぞ?」


「……か、下半身に……」


「どのあたりだ? もっと具体的に、でかい声で言ってくれ」


「……ぅぅ」


 言えるわけもない。


 すまんかえで、デリケートすぎて助け舟は出せん。


 口元をふにゃふにゃ波打たせていたかえでだったが、やがてヤケクソ気味に股間を指さした。


「ここ!」


「えっ?」



「ちんちんが生えちゃったのっ!」



「……そんなえっちな単語を大声で言うなよ」


「くぅ……っ!」


 今日だけでかえでの歯が砕け散りそうだな。


 クールな末妹からの意外な発言に、頰を染めつつ、からかっていたゆう姉さんだったが。


 すぐに調子を取り戻すや、かえでの下半身に視線を向ける。


「なる、ほど、な──」


 でもって心底うれしそうに、表情を輝かせる。


「ふはっ、一部分だけの性転換とは、興味深い結果じゃあないか! やはり実験体におまえを選んで大正解だったようだ!」


「姉さんを喜ばせるためになったわけじゃありません──一刻も早く戻してください!」


「わかっているとも。だが、検査だけはさせてもらうぞ。ワタシの研究欲を満たすため──」


 かえでにジロリとにらまれて、


「──もとい、わいい妹を元に戻してやるためにな!」


 そういうことになった。


 わたしは部屋を出て、かえでの検査を廊下で待つことに。



「ふっふっふっふっ…………では、さっそくを見せてもらおうか!」



 ゆう姉さんの超うれしそうな声が、廊下にまで聞こえてくる。


「おいおい、なにを恥ずかしがっているんだかえで……家族相手に」


「………………」


「ン? ワタシか? いまさらこの程度のコトで動揺するわけないだろう──ふっ、大人の女性だからなっ! だいたい男のチンチンなんぞ見慣れている。あきがガキの頃、研究のためにさんざんイジくってやったものだ」


 むちゃくちゃ聞き捨てならない話をしているな。


 どうやら後でたださねばならんことができたようだ。


 聞き取れないかえでの声と、よく聞こえるゆう姉さんの声が、交互に聞こえてくる。


 それがしばし続き、やがて。


「よし……ようやく覚悟を決めたようだな。……だからなんなんだその警告は……まるでワタシがこれから慌てふためくかのように……意味がわからん。大丈夫だと言っているだろう。いいから早く出せ──────エッ?」



 一瞬の静寂の後、







「みぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」



 案の定、ゆう姉さんの絶叫が響き渡る。


 中でなにがあったのかなんて、察するまでもなかった。

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