2章 ①
「どういうことですかッ!」
「元に戻ったって言ったのにっ! ちゃんと消えたはずなのにぃっ!」
我が妹が、股間を押さえて、涙ながらに詰め寄っている相手はもちろん。
元凶たる
なんでこの人が学校にいるのか、とか。あれからどうなったのか、とか。
状況を詳しく説明したいが、それどころじゃなさすぎる。
ひとまず重大事項だけ伝えるならば、
「またしても、ちんちんが生えてきた、と」
姉さんがつぶやいた一言がすべてだろう。
「……うっ……うっ……ぅぅ……」
今朝だけで、
いつも厳しい態度を取られているとはいえ、心が痛んでしょうがない。
「フムゥ……フムムゥ…………」
さすがの姉さんも同感なのか、『予想外の結果』にウキウキするようなことはなかった。
やがて口を開いて一言。
「ははぁ~……ど~やら、完全には戻らなかったようだなぁ」
「『ようだな』って! そんな! 無責任な!」
「すまんすまん。いや、ほんとに悪いと思ってるぞ」
「言葉も態度も表情も! なにもかもが軽いです! 私っ、あやうく人生が終わるところだったんですよ!」
入学式中に、いきなり生えてきたんだものな。
ギューン! と、最初からゲージMAXフルパワー状態で。
男でも難儀する状況なのに、初心者の女の子がいきなり対処できるはずもない。
わたしが壇上から真っ先に気付かなかったら、どうなっていたことか。
今頃、ネットリテラシーの低い生徒にスマホで撮影されて、恥ずかしい画像が拡散されてしまっていたかもしれない。
もっとも……
わたしとしては、家族をそもそもそんな目に遭わせたくはないのだ。
「だからすまんて。なるべく早く元に戻してやるから」
「すぐには戻せないってことですか!?」
さっき後回しにした、これまでの経緯をだ。
女になった
時は、入学式前までさかのぼる……。
さあ、過去回想を始めよう。
その際、車内にて、こんな会話をしたのだ。
「なぁなぁ
「いまの名前をそのまま使いたいな。気に入ってるんだ」
「同じ学校に、中学時代の知り合いとかおるの?」
「数人だけ」
「んー、ならまぁ、いけるか。まさか同一人物だとは思わんだろう。───よし、こうしよう。新たなおまえは
「男の『
「急に思い立って海外留学したことにでもするか」
「そんな雑な理由で……納得するかな?」
「
「せっかくなので、旅先で死んだことにしたいです」
なんでそういうコト言うの?
バックミラー越しに
くそう……弱みが
「そもそも……女としての名前をどうするか、なんてことよりも……もっと重大な問題があると思いますけど?」
「まぁ……そうだよなぁ」
女になっちゃったのに、どうやって学校に行くのか?
女の子・
いまさらすぎる問題提起に、姉さんは悠々とハンドルをさばきながら、
「ふふふバカめ。そんな
逆に不安になってきたな。
毎度のことだが、あまりにも説明が少なすぎる。
「つーかあそこの理事長、ワタシの同級生だし、二十年前から絶対服従だし」
「
罵倒された姉さんはどこ吹く風で、
「あいつには朝早くから電話して、迷惑をかけてしまったなー。おまえたちも感謝しておけよ」
「……申し訳なく思うポイントはそこじゃないと思います」
「あっ、そうだ。今日からワタシも、おまえたちの学校に通うからな。保健の先生として」
さらっと言われたので、わたしも
「
「大丈夫なのか? 姉さん人見知りなのに」
我が家の長女様は、超がたくさん付くほどの内弁慶で、宅配便にも出てくれない。
『なんか怖いからイヤッ!』という理由でだ。
とうてい学校勤務がつとまるとは思えなかった。
わたしたちが疑問と心配を投げかけると、
「もちろん大丈夫ではなーい、が、やむをえまい。天才マッドサイエンティストたるもの、なるべく実験体のそばで観察せねばならんからな」
実験体とは、もちろん女にされた
「安心しろ、ちゃんとした保健医はもちろん別にいる。あくまでワタシは、肩書きと活動場所を確保しただけだ」
旧校舎の第二保健室。
そこが、天才マッドサイエンティスト・
いわば悪の研究所・出張版だ。
「ふっふっふっ……さっそく後で機材を運び込まねば……
「任せておけ」
「
わたしたちの会話が一区切りしたところで、
「学校で仕事をするのなら、いい機会ですから、昼夜逆転生活を直したらどうです?」
「ムムゥ……じゃあ今日からは、ちゃんと家に帰って寝る……」
「夜九時には就寝するように。食生活も改善しましょう。ジャンクフードばかりでは、
「うぅ…………助けて
そうやって。
女になった
わたしが悩んでいた大問題は、それ以上の理不尽の前に、あえなく流れていったのである。