こちら、終末停滞委員会。 1

第1話『こちら、終末停滞委員会』 ①


(こいつ、意外と固くて面倒くさいのだわ)


 私――こいひかりは、ジェットエンジンのGをいなしながら『女神』を睨む。


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【No,3922『霊魂アキュムレータ™』】

○性質――死霊操法(ネクロマンシー)・反現実機械工学

○詳細――『境界領域商会』が制作・販売している商品。女神が言葉巧みに魂を奪い、門扉の内側でそれを保全する。魂(魂魄流動体)は肉体から分離すると5分前後で劣化するため、門扉の中で『望む世界で活動を続けさせる』事によって鮮度を保つ。

1950年の英国で初めて確認される。今までに284台が確認されている。

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 霊魂アキュムレータ™――もとい女神が私を見て、酷く優しい笑顔を浮かべた。


「分かってるんですよ。あなたも幸せになりたいんでしょう?」


 それは母親のように心の底からの慈愛に満ちた笑みだ。


「こっちにおいで! あなたも皆と一緒に、素敵な世界に行きましょう!」

「お生憎様!」


 私は叫んで、ギターのヘッドを上空に向けた。


「私は私! 完璧で最強な美少女! 素敵な世界ですって? はん! この現実よりも美しい場所なんてありゃしないわ! だって、私が存在する世界なんだもの!」


 肉の塊が何十メートルもある槍のように伸びて、宙を駆ける私を追いかける。なんて眠い速度! 私は軽く避けながら――女神の真上まで躍り出た。


隊長リーデル! そいつには、物理耐性が――」


 私の可愛い褐色の副官、メフリーザ・ジェーンベコワが叫ぶ。もちろん承知!


「ニャオ! メフ! 皆を守って!」

「へ? たいちょ――」


 薄いベージュ髪をツーサイドアップにまとめた少女、しばニャオ。小さな彼女はあっけに取られていたけれど、私の爛々と輝く視線に気がついたのか、焦って拳銃を取り出した。


隊長リーデル! 馬鹿ッ!」


 メフが叫ぶ。私は内心でごめんねと舌を出しながら、女神に向かって急降下を始めた。


「――おいで。私の元へ」


 女神が笑う。私も笑った。


「うるせえええええ!! 死ねえええええええええええ!!」


 ギターを握って、力の限り叩きつける。轟音と共に大地が揺れた。恐ろしい程のショックウェーブが神殿の内装を破裂させた。それでも女神の体は微かに欠けただけだった。


「人の力で、神に害を成す事はできません」


 ギターを思いっきり握って、振り下ろし続ける。


「私は人間を超越した最強の美少女・こいひかり! 神様ごときが、頭が高いのだわ!」


 壊れろ。


「……っ、これはっ」


 壊れろ。壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ。


「ぐっ……あっ、や、やめ……っ! 何? これは。これは。何!?」

「らぁあああああああああああああああああああああああああッッ!」


 壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ!


「――ぶっ壊れろ。星屑みたいに」


 ぎゃん! とギターが一際高く鳴いた。そのあまりのエネルギー量に、一瞬だけ重力が歪む。

 まるで超新星のような爆発が、辺りを一瞬、真っ白に染めた。


「……ぎゃんっ」


 いてて。着地に失敗しちゃったのだわ。最後まで華麗に決めるつもりだったのに。


「――とはいえこれにて、一件落着!」


 私は背後にある、上半身が粉微塵になった女神像を見つめた。我ながらよくぶっ壊したなあ。


「えーと。皆は? 平気?」


 神殿はとっくに全壊していた。皆、無事だと良いのだけれど。


「……………………」


 え、全然返事ない。


「ぎゃっ。もしかして私、やっちゃった!?」

「この馬鹿ぁ!」


 突如頭を背後から叩かれた。ぺしっとね。


「メフ! 良かった、生きてたのね!」

「この馬鹿隊長。あんぽんたん隊長。考えなし隊長。脳筋隊長。ばかばかばかばか」


 メフの背後にはニャオが半泣きで立っていて、ぷるぷると震えながら彼女の拳銃――『シャムシール』を握りしめていた。彼女が皆を守ってくれたのだろう。


「隊長。今回の作戦はあくまで捕獲作戦であり、反現実実体の無用な損壊は――」

「仕方がないのだわ。今回は民間人も居たわけだし」

「その民間人を巻き込む威力で突っ込んだ理由をお伺いしてもよいでしょうか?」

「勝負の世界は、いつだって全力!」


 メフは何かを言いたげにパクパクと口を動かして、すぐにこれ以上の議論は無駄だと思ったのか大きな(本当に大きな!)ため息を吐いて、肩を下ろした。


(メフは優秀な副官だけれど少し慎重過ぎね。今回の作戦は難度の低い物だったし、隊員達にも余裕があったのだから、連携の実戦練習ぐらいで考えるべきなのに。それに捕獲作戦なんて、ラボの連中を喜ばせても仕方がないのにね)


 本当にヤバい連中と戦う時、この程度の衝撃じゃ済まないんだもの。今回は新人さんが多かったし、良い刺激になったと思うんだけど。いや、そりゃあ少しはやりすぎたけどさ。


「あー、めちゃめちゃ気持ち良かったのだわー!」


 能天気に笑う私を、もっかいメフがチョップした。半泣きのニャオもそれを見て少しだけ笑ってくれて、ちょっぴりだけ一安心です。


「それじゃメフ。事後処理よろしく! 私、あっちでお紅茶でも飲んでようかしら」

「……………………了解しました」


 この手の処理に、私はできるだけ口を出すべきではないだろう。私は戦闘。メフがそれ以外。そういう役割分担で、私達のチームはギリギリ運用出来ているんだもの。


(それにしても、あの子)


 私は『彼』を見つめた。黒の魔王に気に入られ、命がけで友人を救おうとした少年を。


「あ、あんたら一体何者なんだよ!?」


 少年が叫ぶ。とっても混乱しているようだ。私達からしたら、彼こそ一体ナニモンなんだろ? って感じなのだけれど。うちの組織の民間人への対処法は、基本的に1つだ。


「ニャオ」


 メフがニャオを呼ぶと、彼女は待ってましたとばかりに注射器を構える。


「あいあい!」


 ニャオは少年の首筋に――即効性の麻酔をぶちこんだ。




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