こちら、終末停滞委員会。2

第1話『転校生、登場!』 ①

 俺──ことよろずことを殺したのは、一のキツツキだった。


 場所はネパール東北部ソル・クンプ郡の、シェルパ(放牧地)に近いとある森。

 時間は夜。かすみがかった月が僅かに照らす、ひどく静かな暗闇の中だった。


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【No.2326『大工のきつつきさん』】──Stage3:『成長Crescita


○性質──異なる法パラレル・ロー


○詳細──アジアヒメキツツキ(キツツキ目キツツキ科)に類似した反現実性の生物。解剖学的には一切の異常を持たないが、高さ3m以上の樹木をくちばしつついた際に異常性を発揮する。くちばしが樹木をつつく度に半径50mに居る対象に強い衝撃を与える。骨格や筋肉を異常にげ、小屋のように成形する。全身挫滅し致死量の衝撃を受けたはずの対象は、肉体が腐り果てるまで延命される。『大工のきつつきさん』は対象に居住する。

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 というわけで俺は一のキツツキの力でされて、死ぬほど痛くて苦しい思いをしながら、自分が腐って死ぬのを待っているわけ。

 そのキツツキは中々居心地が良さそうに、俺のろつこつで出来た壁に寄り添いながら、卵を温めているようだ。周囲の地面に敷き詰められ神経系を動物が通ると、ひどい痛みがして、俺の口で作られた煙突からこの世のものとは思えない叫びが響く。うまく考えられた警報だ。


(これが、ライトノベルの主人公になりたかった男の末路かよ?)


 俺の人生はこうして終わって──卵からは、ひなかえる。



「ぷはっ」


 ででーん! 『任務失敗』の文字が眼前に現れて、俺は息を吹き返す。


「ぎゃあ! 俺の身体からだがぁ! 家に! 家に!」

「どうどう、落ち着いて下さい。ことよろずくん」


 神経拡張ケーブルを脊髄から抜いてくれたのは、メフだった。


「メフ! ああ、良かった! お、俺! 俺の身体からだが! ある! 人間だぁ!」

ことよろずくんが見ていたのは、あおの学園が開発した新型シミュレーターです。拡張現実の解像度は99.999%なので、現実と勘違いしてしまったみたいですね」


 隣ではメフの兄──テル先輩が撮影しながらため息をいていた。


流石さすがに99.999%はやりすぎだな。開発部の連中は『新時代の技術だ!』と大はしゃぎしていたが。これは、精神をやりかねん。演習に使える物ではないな」


 俺は全身を襲う恐怖と痛みにガクガクと震えていた。


「い、いやだいやだいやだいやだ俺は家じゃない家じゃない家じゃない。あががががががが」

「兄さん。やりかねんというか、もうやっています」


 メフの言葉に、テル先輩は、つまらなさそうにつぶやいた。


「仕方がない。記憶処理剤を」


 メフは、トリガーの付いた注射器を俺の首に当てた。




「はっ。俺は今まで何を?」


 俺は気がつけば、真っ白な室内に居た。ここはテル先輩の研究室だろう。


「落ち着いて聞いてください。ことよろずくんは新型のシミュレーターを試して精神を病んでしまったので、ここ3時間の記憶を消去された所です」

「……それって事前に許可取ったの?」

「いいえ。それよりこれ後遺症予防のお薬です。毎晩、眠る前に飲んで下さい」


 錠剤の入った袋を7日分渡された。


「また、随分気軽に非人道的過ぎる事してませんか!?」

「一応、先に俺様がシミュレーターを試したんだがなあ」

「兄さんは自己同一性の崩壊に対する耐性が高いですからね」


 メフが普通のことのように言う。いや、まず同意も取っていないのに人の記憶を消すな。


「要調整だな。とりあえず、これでことよろずの任務は完了だ」

「この三時間で一体何が……──任務完了?」


 困惑する俺に、テル先輩は一枚のセキュリティ・カードを投げて寄越した。


「これで貴様も『一枚羽』だよ。──入学おめでとう。ようこそ、あおの学園へ」


 金属製のカードには、不器用な笑みの俺の顔写真と、純白の羽が刻まれていた。



 樹木騎士団は、あおの学園内における学園警察である。

 多くの危険な反現実を扱うあおの学園だからこそ、取扱いや研究には厳しい規律が必要だ。樹木騎士団は人々の平和を規律によってまもる、気高い使命を持っているのだ。


(それなのに、全く!)


 樹木騎士団の騎士見習い──ファム・ティ・ランは憤然としていた。ちようめん過ぎる程によくかれたストレートの黒髪と、キツそうなり目。ぱっちりとした、長いまつ毛。

 1年F組の騒がしい教室で、きっちりと教科書と筆記用具を机の上で準備しながら、背筋を伸ばしてりんとしている姿は高潔さと滑稽さを感じさせた。


(人倫協会に何度注意勧告を受けるつもりなの、この学園は!)


 あおの学園には問題が多い。人命や生命倫理の軽視に、他学園では違法とされている技術の発展・研究。報告書のかいざんや秘匿も多く、結果主義的で幾つもの悪行がまかとおっている。


(もっと終末の管理は厳重化すべきなのに!)


 問題が起こる度に、樹木騎士団が呼び出される。その結果、ランはもう48時間もまともに睡眠を取っていない。まあ、揉み消し屋ブランクメーカーに比べるとだ随分とマシな待遇なので、大っぴらに文句は言えないが……。


「朝のHRを始めるぞ。席につけー」


 1年F組の教師──なかひでがいつもの気だるげな視線を向けながら教室に入る。


「ふわぁー……朝も早よから元気だね、若者たち。おじさんにはまぶしすぎてつらいぜ」


 白髪交じりのボサついた長髪の教師のコートは、今日も随分と煙草たばこ臭い。


「はい本日の報告ね。皆さんそれなりに盛り上がって下さい。えー、今日はこのクラスに転入生がやってきました。テンション上げてけー?」


 突然の報告に、教室内はにわかに盛り上がった。


(転入? この時期に?)


 季節は6月。1年生である彼らの多くは、4月に中等部から入学してきたばかりだ。転入の時期ではない。真っ白のドアが、ガラガラと開く。

 入ってきたのは、傷だらけの少年だった。


「──ことよろずことです。今日からお世話になります」


 それは少し前に第12地区の新聞をにぎわせた、ちょっとした有名人。


(あ、あれは終末の──)


 あおの学園への人型終末の入学。物議をかもしていた。


「──並びに、この子の従者やってます。Lunaです。ご主人ちゃん共々よろー」


 バチバチにピアスを開けたジャージメイド服のダウナーお姉さんが、へらっと笑う。


(随分キャラの濃いのが入ってきたなあ)


 教室の生徒たちは、心を1つにするのだった。



 あおの学園のカリキュラムは、地上の学校とは随分違う。


(俺のよく知る、国語とか数学とか歴史・物理・化学なんて授業は無い)



『研究科』にはそういう授業もあるらしい。でも俺が入学した『地上科』はそうじゃない。


(代わりにあるのは、『反現実基礎』『戦闘基礎』『銃痕』『教養』『終末事例』など。地上での実働部隊として必要な知識の授業だ。報告書の書き方なども教えてくれるらしい)


 学校と言うより、専門学校に近いかも?


(久しぶりの学校! 俺の夢! めるように、全力で頑張らなければ!)


 手が震えていた。俺はそれを隠しながら、文房具を取り出す。


「はい、それでは1時限目。『銃痕』の座学を始めるぞー」


 田中教諭が教科書を開く。


(どちらにしても、また教室の机に座れるなんて! 感動~~!)


 チョークで汚れた黒板! 鉛筆! 真新しい教科書の匂い! 普通の学生みたいだ! 少し前までメキシコの薄暗い地下室に幽閉されていた身としては、感無量すぎる。


「な、なんか転校生、号泣してるんだけど……」

「怖ぁ~~」



刊行シリーズ

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