こちら、終末停滞委員会。2

第1話『転校生、登場!』 ③


「天空競技祭?」


 放課後。アーラヴとPMと俺の3人で、バザールを歩いていた。相変わらず活気もある市場では、沢山の人々が大声を張り上げながら、色鮮やかな営みを続ける。


「2週間後にCorporationsのある第6地区で開催されるんだ。三大学園の交流会だね」


 この空中都市・フルクトゥスには有名な学園が3つある。

 俺達が暮らす第12地区にある──あおの学園。

 レアが所属する第9地区にある──カウス・インスティトゥート。

 そして今年の天空競技祭のホストである──Corporations企業たち


「『研究科』の生徒達は学会や研究発表をする。俺サマ達『地上科』は実戦演習だ」

「演習? ってことは……」

「他の学園の連中と、模擬戦をするのさ!」


 PMが、転んでしまった子供を助け起こしながら、力こぶを見せる。


「共同の作戦演習なんかをする連中も居るけどね。どの競技に駆り出されるかは、教諭が決定するはずさ。ちなみに出店とか見物人も、かなり来てね。楽しいイベントだよ」


 へえ、真面目なだけかと思いきや、体育祭・文化祭的側面もあるのか。


「……何で泣いているんだ? ことよろず

「ちょっと、ただの個人的な感動で」

「俺サマの胸、使いな!」


 PMの分厚い胸板で泣いた。


「そして天空競技祭で一番人気のイベント! ──それが、代表戦だ!」


 首をかしげる俺に、アーラヴが前年の様子を見せてくれる。


「各学園から5人ずつ生徒を選抜して、決闘するんだ。超盛り上がるんだぜ!」


 そういや臓物マンションに行った時、マギナ先輩が言ってたっけ。去年はこい先輩が他学園の持つ『斬撃』をへし折ってニュースになったって。


「ち、ちなみにことよろずこい先輩ってどんな人なんだ」


 PMが尋ねて、アーラヴも興味深げにうなずく。


うわさだと朝は処女の血でスムージーを作り、頭は3つで目は9つ。歩く度に大地は揺れ海は割れ、指差しただけで星が砕けたって聞くけれど」

「なにそのやばすぎるうわさ


 前3つはうそだ。最後のはギリ出来そうで怖い。


「……やっぱこい先輩って有名人なの?」

「そりゃそうさ! あおの学園の……いや、フルクトゥスのトップ! ──RANK1だぜ」

「ランク?」

「終末停滞委員会が定めた学生のランキングだ。貢献度や、個人の強さで決められる。こい先輩はこの空中都市全体で、ぶっちぎりのRANK1! 小6の頃からずっとね」


 まじで? 小6から? あの人、この異常な学園の中でも異端中の異端なんだなあ。


「って、うわさをすればあのピンク色は。こいせんぱーい!」


 桜色の髪をなびかせながら、こい先輩がガシャポンの前で大量の空き箱を散乱させていた。俺を見るとちょっと笑ってから、すぐに眉根を寄せて口を開いた。


「もー聞いてよこと! アタシはこの金ピカふわにゃんのキーホルダーがほしいのに、ぜんっぜん出てこないのだわ! もう3500円も課金したのにぃ!」


 RANK1は3500円の散財でぶーたれていた。


「ほ、本物だ……! 本物のこい先輩だぁ……! あわわわ」


 学友コンビは顔を真っ青にして震え、お互いに抱き合いながらこい先輩を見る。まるで、初めて道路でヒグマを見た本土の人間のようだった。


「そーだピコンと思いついちゃった。こと~。アンタ未来予知で、あと何回ガチャしたら金ピカふわにゃんが出るか調べてよ」

「い、嫌ですよ! そういう健康な経済活動を阻害する行為は!」


 ていうか、本当は未来は見えなくて、心が読めるだけだ。とは言え、この学園でその真実を知る者は少ない。エリフ会長によって、秘密にされているからだ。


《チっ。ことってこういうトコ真面目なのよね》

《この子を使って、宝くじで荒稼ぎするアタシの計画が……!》


 我欲過ぎる計画を立てないでくれ。学園の誰もが尊敬するRANK1が。


「こ、こここ、こい先輩!」


 PMが、顔を真っ赤にしながら叫ぶ。突然の事に、こい先輩はびくっとした。


「お、俺、こい先輩に憧れてあおの学園に入学しました! お会い出来て光栄です!」


 大真面目な後輩の表情に、こい先輩はだらしなく笑う。


「あら~♡ ちょっと聞いた? こと。中々見どころあるじゃない。本来はあなただって、アタシの前ではこのぐらい敬うべきなんだからね?」


 確かにあの寮の人たちがこい先輩をナメてるせいで俺も気安く接してるけど、本当はものすごい人なんだよな。普段の行いのせいであんまり尊敬は湧かないけど。


「そうです! ぼ、僕たちにとってこい先輩はヒーローです!」

「あっはー!(ニヤケ舌打ち)はーこれ気分いわあ。そうなのよそうなのよ。アタシってそりゃあもうすんごい天才最強ヒーローなんだから。わっはっは」


 なんだろうな。すごいし格好いいし強い人なのは本当にわかってるんだけどなあ。本当に。


「見どころのある若者たち。若者を導くのが年長者の務めだわ。これから時間ある?」

「え、なんですか?」

「これも何かの縁だもの! シミュレーターで実戦演習してあげよっか」

「い、いんですか!?」


 PMとアーラヴは目を輝かせていた。


「「ぜひ、よろしくお願いします!」」

「1人2000円ね♡」

「「え?」」


 こい先輩は、3500円の負けを取り戻そうとしていた。




 あおの学園の『演習ルーム─4』にあったのは、3m程度の透明な箱と、巨大な演算器だ。


「あ、これ知ってます。テル先輩のトコで使いました。シミュレーターですよね」


 無造作なケーブルがマングローブのようにからまった一画には『絶対さわるな!』という日頃の鬱憤を感じさせる貼り紙。教室程の大きさの部屋で、こい先輩はシミュレーターに触れる。


「そうそう。流石さすがに実弾は危険だからね。天空競技祭でも実戦演習は大体これを使うわ。本番では観客とかいっぱい見れるように、もっと大きい物を使うけど」


 こい先輩が神経拡張ケーブルを消毒すると、うー、としかめつらを浮かべる。


「はー、このチクってするやつ苦手! ことやって!」

「え、ええ……俺も嫌ですよ」

「あなた後輩。アタシ先輩。アンダスタン?」


 命令は絶対とのことだ。仕方がなく、俺は神経拡張ケーブルを手に取った。


(不思議な材質の針だ)


 とにかく細い。髪の毛よりも細い針だ。それなのに固くて、指で触れても折れる様子は全くない。こい先輩の細いうなじにちょっとドキッとしながら、皮膚に触れる。


「ひゃんっ。ちょ、こと! 手、冷たい! あはは」


 こい先輩の首に手を添えつつ、脊髄に神経拡張ケーブルを挿入した。


「先輩、よろしくお願いします!」


 PMとアーラヴはすっかり準備万端みたいだ。



「わあ、すごいな!」


 神経拡張ケーブルを脊髄に挿すと、まぶたの裏にバーチャルの光景が映し出された。それは視覚だけではない。嗅覚・触覚・痛覚までかなり正確に再現されている。


(これが現実じゃないなんて、信じられないぐらいだ)


 シミュレーターの内部は、ひどくシンプルで、真っ白な壁に四方を囲まれた空間だった。広さは、サッカーのグラウンドほど。手をグーパーと握るが、その感覚は現実となんら遜色無い。


「さて、それじゃあ──二人がかりでかかっておいで!」


 こい先輩がギターを握る。それだけで、すさまじい重圧感が辺りを覆った。


「……アーラヴ」

「ああ、本気で行こう」


 アーラヴが指を鳴らす。彼の手元に魔法のように現れたのは、大きなハンドガンだった。それは、あおの学園の生徒が持つ特殊な銃、『銃痕』だ。


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