こちら、終末停滞委員会。2

第1話『転校生、登場!』 ④

「──『真珠を啄むロイヤルタスク』!」


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真珠を啄むロイヤルタスク】[銃痕]


『二倍にする』銃痕。着弾した物質を2つに増やすハンドガン。

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 次いで、PMが何も無いはずの背中に手を伸ばす。振り下ろした両腕には、二丁の巨大なミニガンが握られていた。どこか古びた、よく使い込まれた銃身が目立つ。


「──いくぜ! 『ヌグォイ・ラン森の人』!」


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ヌグォイ・ラン森の人】[銃痕]


『サイズを変える』銃痕。着弾した物質の大きさを変える二丁のミニガン。

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 よーいどんの合図は無かった。そんな余裕は、アーラヴとPMには無かったのだ。


「PM!」


 アーラヴが銃口を向けた先に居たのは、PMだ。『真珠を啄むロイヤルタスク』の銃弾はPMの肩を貫く。筋繊維が千切れて、PMの肩は二倍に増えた──その銃痕ごと。


「うおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 PMの4丁の『ヌグォイ・ラン森の人』は、4つの腕に支えられながら、すさまじい音で弾幕をばらまいた。それはこい先輩を目掛けて直線距離で駆け抜ける。


「ひゅー! 中々素敵ね。でも、追いつける?」


 こい先輩は速すぎた。ギターをスケボーのように操って、音速並みの速度で空を駆け抜ける。重いミニガンでは──いや、あれに人力で追いつけるのだろうか……? とてもじゃないが、彼女を捉える事は出来ないだろう。


ヌグォイ・ラン森の人!」


 PMが叫ぶ。その瞬間、着弾点の天井がサイズを変える。壁はすさまじい速度で盛り上がると、氷柱のようにこい先輩を押し潰そうとした。


「!」


 更に、それは一つではなかった。ヌグォイ・ランの貫いた壁や天井の四方5m程度が一瞬で隆起して、まるで巨大な何本かの針のようにそびつ。


い能力ね! それで、どうするわけ?」


 こい先輩は全然わかってなかったようだが、二人の作戦は明快だった。


《空を飛べるこい先輩を狙撃するのは難しい!》

《けれど、飛ぶルートさえ限定できれば!》


 PMの作り出した壁の隆起を、更にアーラヴが二倍に増やして密度を上げる。それはまるで迷路のように、こい先輩の飛行の邪魔をした。


「……ぐぬぬ。邪魔な壁ね! きゃっ!」


 こい先輩が、壁に激突して跳ね上げられる。その瞬間、PMとアーラヴは声をそろえた。


「「今!!」」


 アーラヴがPMの肩を更に撃つ。8つに増えたミニガンが一斉にこい先輩とその付近の壁や天井を狙撃して、巨大になったそれらがこい先輩を押し潰そうとする。


(うおおお! 流石さすがに今の、死んだんじゃ……っ)


 巨大な壁の針で、こい先輩は押し潰された。シミュレーターとは言え、かなりゾッとする。一瞬の静寂。PMとアーラヴの息をむ気配。静けさを切り裂くのは、ギターの音。


「ジャカジャーン!」


 こい先輩がギターをらす。その瞬間彼女の周りに桜色の輝きが満ちた。彼女を爆心地にして、辺りの一切を吹き飛ばした。その針ごと。壁ごと。あらゆる全てを平等に。


「ぐぉっ」


 離れて見ていた俺や、アーラヴとPMの二人も、その衝撃で立っていられない。


「ンー……どーなのかなー、その銃痕。戦闘向きって感じはしないのだわ。ちょっと、遅いかも? ちゆうはんね。もっと振り切ってもいいと思うのだわ」


 こい先輩は、ふわふわと浮かんで、あくびをころしていた。


「初学者にありがちなミスね。防御がおろそかじゃない? まあ、いコンボだけど──」


 こい先輩がギターをらす。桜色のエネルギーが充塡される。


「──私がこうしたら、どうするつもりだったの?」


 ちょっと待って、と叫ぼうとした。その時には、視界は光に奪われていた。

 爆発と衝撃が身体からだいて、俺達は90%の解像度の死に包まれた。




 神経拡張ケーブルを外したこい先輩は、気分良さそうに笑う。


「あー楽しかったー! ナイフアイ! ナイトラ! GGジー! イージー!」


 初心者狩りをしたRANK1とは思えないバッドマナーである。


「ちょっ、こい先輩! 俺ごとるのやめてくださいよ!」

「えーだってことったら邪魔なトコにいたから。それにいーじゃん、シミュなんだし」


 今でも頭がクラクラとする。光の速度で肉体を蒸発させられるあの感覚。正直、味わって気分のい物ではない。体の痛みはもう無いはずだが、記憶に刻みつけられている。


「……PMたちは大丈……大丈夫? まじで」


 アーラヴとPMはグロッキーになって、うつむいていた。


「あ、あ、あ、あんなの、勝てるわけねえ……」

「超速度で動いてモーション1フレの全体即死技とか調整終わってる……」


 銃痕がどうとか、戦略がどうとか、そういう話では無かった。一体どんな武器を持っていたら、今のこい先輩に勝てたって言うんだろう。


「根性ね! 根性が足りないわ! あとちょっと作戦不足じゃない?」


 この人、後続を育てるのとか全然向いていない気がする。


「まあ後は……もっと、自分と向き合わないとね?」


 こい先輩の言葉に、二人が顔を上げた。


「銃痕がちゆうはんだわ。なんか、少年能力漫画を読んで適当に練り上げましたって感じ。狂気が足りないのよね、狂気が! 人間を超えるという気概が全く感じられない!」

「に、人間を超えるも何も、人間なのですが」


 こい先輩はなんと説明しようか、うーんと悩んで、すぐに諦めた。


「友情! 努力! 勝利! 頑張れ!」


 雑すぎるくんとうで締めると、桜色の髪をなびかせて、彼女はひらりとギターに飛び乗る。


「大好きなアニメの一挙放送が始まるから帰るね。楽しかったのだわ、未来の若葉たち! ばいばい~~~~。がんばえ~」


 やりたいことだけやって、RANK1の最強少女は亜音速の速度で飛び立っていった。その手に若葉からむしり取った4000円を握りしめて。


「……お、俺サマ少しはなんか出来るのかって。いつ報いるって言うか」

「……マジで相手にされなかったね。今まで僕たちがやってきた事って何だったんだ」


 後には、おムードの学友が残されるのだった。



「という事があったんですよ」


 次の日の早朝、俺は生徒会室に呼び出されていた。注いでもらったお茶を右手に、昨日のこい先輩の蛮行の世間話をする。その相手は──生徒会長、エリフ・アナトリアさんだ。


「あはは、こいクンらしいね。……いやあんまり笑っていられないか」


 生徒会室の大きな窓からは、今日も青すぎるほどに青い第12地区の空が映し出されている。エリフ会長はしようしやなティーカップをテーブルに置くと、小さく笑った。


「ランクの話は聞いたんだろう? 三大学園を含めた終末停滞委員会のランキングで、長年トップに君臨しているのはこいクンじゃぜ。確かにね? でも、それ以下となると……」


 エリフ生徒会長は、手首のしようしやな宝石をじゃらじゃらと鳴らして、髪をかきあげる。


「RANK10までが、別学園で占められているからねえ」


 あおの学園は、こい先輩とフォン・シモン先輩のワンマン校というのはよく聞く話だ。


「人材を育てるのはうちの急務だったりするんだよ。にんともかんとも。両翼はアクが強すぎるし、会長はお飾りだしで、大変じゃぜ」

「──お飾りは、謙遜し過ぎでしょう」


 俺の隣に座ったのは、会長の両翼の1人でもある──フォン・シモン先輩だ。



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