こちら、終末停滞委員会。2

第1話『転校生、登場!』 ⑤

「あのアホこいが黙って付き従うのは会長だけです。お世辞にも扱い安い人材ではありませんからね、彼女は。そして、僕は彼女以上に」

「ははは。そうかな。君はどこに行っても重宝されそうだけど」

「まさか。うとまれて嫌われて蔑まれて終わりです」


 フォン先輩って、エリフ会長のことをすごく尊敬しているんだな。


《僕がこうしていられるのは、会長のおかげだ》

《……あるいはそう思うように仕向けられているだけかもしれないが》


 それでも良い、と彼は断じているようだった。それがなぜかはわからないし、探って良いとも思えなかった。俺はできるだけ、彼の心の声を聞かないように意識を向ける。


「さて、フォンも戻ってきたし本題に入ろうか。彼女は?」

「あ、もう戻って来ると思いますよ、ほら」


 ベランダの扉が開いて、外でタバコを吸っていたLunaさんが部屋に入った。俺たちは深くつながっている関係なので、なんとなくそれがわかっていた。


「それでなんスか会長サン。うちこー見えて夜型人間なんスけど。いやまんまか。草」


 早朝に呼び出されたせいで、Lunaさんは眠たげに目をしょぼしょぼしていた。どうやら最近、ソシャゲにドハマリして夜ふかしをしているらしい。


「『守護者たち』を討伐した時の話を聞きたい。二人で合体したとかって言ってただろ?」


 フォン先輩がつぶやく。深海の奥底で『守護者たち』と対面した時、俺とLunaさんは主従の契約を結んで、二人で一つの戦闘形態──『黄金の』になっていた。


「……あー。アタシの身体からだは『糸』で出来てんのね。特別な糸。それ自体が高い演算能力を持った『考える糸』とかって言われるんだけどね。それって、元居た次元ではよくある事でさ。大抵の兵器とかは『糸』で織られてるの。人間を機械で包む。そういう文明なんよね」


 彼女の判断として、『人間を糸の骨格で覆う事』自体は平常のものだったのだ。彼女の次元ではそれが一般的な機械兵器の使い方で、彼女はそれにならっただけ。


「人間のこんぱく流動体はばくだいなエネルギーの塊だからね。アタシは死にかけてたし、それを利用するしか勝ち目は無いと思っていた。……いや、というよりも」


 Lunaさんは、俺を見つめた。静かな瞳で。


「──たとえそれをしたとしても、まず勝てないだろうと思っていた」


 彼女は別の次元では、有名な戦士だったそうだ。度数が高くてバカ甘いアルコールを飲みながら、自虐的な笑みを浮かべながら、れいな月の晩に、教えてくれた。


「うん、それは僕たちも同じ見立てなんだよ。検査の結果を見たけど、出力が異常でね」


 フォン・シモンがもう一度つぶやく。「異常だ。有り得ない数値だよ」と。


「Lunaさんの糸が、ことよろずくんのこんぱく流動体を吸い上げて、エネルギーにする……と、ここまではい。しかしこんぱく流動体ってやつは厄介で、変換効率が本当に悪い物質だからね」


 フォン先輩がデータをディスプレイに映し出す。


あおの学園の技術をもってしても、こんぱく流動体の変換率は0.00000000001%程度だ。しかしLunaさんと君が合体した時の変換率は……0.000000002%。実に200倍の変換効率だよ」

「……それはすごそうっすね?」


 0が多すぎてピンとこなかった俺の返事に、エリフ会長は噴き出した。


「ははっ。『すごそう』なんてモンじゃないよ。これはとんでもない発見じゃぜ。もしも君たちの変換効率の謎を解き明かし、他の分野に転用する事が出来れば、まさに革命が起きるだろう。電話の発明ぐらい、世界は形をぐるっと変えるだろうね」

「僕たち研究所ラボは、これから早急に研究チームを立ち上げる。その前に二人に聞いておきたいんだが……この高すぎる変換率に、何か心当たりはあるかな?」


 全く心当たりが無い、と言いかけて、先にLunaさんが口を開いた。


「──ご主人ちゃんの終末がらみだろうね」


 Lunaさんは、俺の頭にポンと手を乗せた。


「ご主人ちゃんと一緒になった時、自分が拡張される感覚を覚えた。あれは……根源とつながる感覚。こんぱく流動体の大本にアクセスする感覚だと思う。異常だったね、間違いなく」


 Lunaさんはチラっとこっちを見てから、すぐに何かを隠すように視線をらした。


「ンで? だとしたらどーすんの。うちらを透明のおりにでも閉じ込める?」


 彼女は、フォン・シモン先輩をにらんだ。


「まさしく、僕はそうしたいけどね。けれど、会長が──」

「ボクはそういうやり口は好かない。人間の愛と自由意思を信じているもの」


 会長の心を読む。穏やかで、うそや敵対心は全く感じない。彼女の心はいつもなぎのようで、俺は彼女と居ると心地いい気持ちになる。


「実験に付き合ってもらう事はあるだろうけどね。それ以外にボクたちからは何もしない。ただ、直接話しておきたいと思って、呼び出したのさ。朝早くにごめんね」

「あ、いやいや。俺もエリフ会長とおしゃべり出来て楽しかったし」

「……ふぅーーん?」


 エリフ会長は、童顔の割に切れ長の目を細めてニヤリと笑った。


「へーえ。そうなんだ? そういう感じなんだ? いいよ。またちゅーする?」

「へあっ」


 Lunaさんの暗い目が俺を見つめた。


「……なに?」

「ちゅーより先に進むのはまだ早いか。今度デートいこうね」

「ご主人ちゃん。この会長が何の話してるか、説明してもらっていいかな。ごめんねメンヘラ女特有の疑惑のまなしで。ちゃんと説明してくれればそれだけでいいからさ、うん」


 俺は滝のように汗を流しながら、視線をらした。




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