こちら、終末停滞委員会。2

第2話『noapusa』 ①

 その夜、俺は夢を見たんだ。


(ああ、どこだろう。このひどく暗くて悲しい場所は)


 ジメジメしていて、歩くたびに足がぐちょりとれる。それだけじゃない。匂いがしていたんだ。雨が降る前の夏の日みたいな、寂しくなる香りが、ずっと。


「ぐすんっ。ひぐっ」


 ──大きな真っ白な翼の球体が、泣いていた。


(あれは、なに?)


 声を出そうとしたが、音にはならない。


「あなたは」


 翼が大きく震えて、左右に開く。

 白い翼の中に居たのは、小さなアルビノの少女だ。


「あなたは、わたしが、みえるの?」

(見えるよ。どうして? 君は誰?)

「そう。可哀かわいそうな子。あなたも、挑戦者なのね。終わりへの。始まりへの」


 真っ白な少女は大きな翼で、俺の頰に触れた。


「信じて。あなたが生まれてきた事は、けっして悲劇ではないという事」


 少女は真っ青な目を俺に向けた。俺はその祈りじみた言葉を聞くと、悲しくなった。


(俺、いつかまたここに来るよ)

「だめだよ」

(必ず! また、会いに──)


 彼女に手を伸ばした瞬間だった。俺は、目を開いていた。


「はあっ、はあっ、はあっ」


 気がつけば、見知った寮の自分の寝床だった。俺は汗だくで、少し泣いていた。


(なんだ。いまの。ゆめ?)


 それにしては、悲しすぎた。


「……え?」


 俺は、何かを握っていた。それは小さな銃だった。


「これは……俺の銃痕?」


 だろう。名前が分かる。こいつの名前は──『noapusa』。


「のあぷさ。……これが、俺の心の形」


 ひどく短い銃身の、笑ってしまうほどに小さい拳銃だった。



 私──追放部隊Purgeurs所属、レア・クール・ドゥ・リュミエールが、第6地区の夜の空中道路を走っていた時の事でした。来賓者用の宙空車は、真新しい車内の匂いがします。


「ふふ、了解ですわ? こっち来たらまた連絡してね。うん。はーい、またねー」


 ARディスプレイを操作すると、通話を終えました。


「なに? 誰なん?」


 隣に座るマギナ・アヴラム先輩が眺めていたのは、第6地区のギラギラとしたネオンの光。色とりどりの光が夜闇を切り裂いて、空にまたたく星さえかすむほどです。


「こっとんですわ。あおの学園の方たちは、来週には第6地区に入るんですって」

「……レア。マジであいつと仲良くなってへん? いや、えーけど。よー通話しとらん?」


 こっとん──ことよろずことくんと私の友情は、健常に育まれているのでした。


「楽しみですわ~♪ 天空競技祭っ! 久々にこっとんに会えるし!」


 三大学園の祭典・天空競技祭。その今年の開催学園は第6地区のCorporationsです。

 ここ、第6地区は都会的で、天をくように高いビルが幾つも並ぶ地区です。この辺りは沢山の高級ホテルに、カジノや競技場。歓楽街としての機能が強い一画でした。


「楽しんでばっかもおられんて。ただでさえ、追放部隊は人員不足やのに」

「私達二人は『臓物マンション』の一件のせいで叱られて肩身狭いですものねえ」


 前回、『永遠なる沈黙の熱狂者Los Devotos del Silencio Eterno』を追うために単独で臓物マンションに乗り込んだ私達の事は、カウス・インスティトゥート内で問題になりました。


「はん。執行部のアホども! ほんっと融通が利かへん連中」


 マギナ先輩はぷりぷりと怒っていますけれど、これでもかなりの温情を頂いた方です。一ヶ月の謹慎と、ちょっとした減俸。天空競技祭の警備を手伝いにCorporationsに出向すること。


「でも私は結構ワクワクですわ。第6地区に来れるなんて、旅行気分ですし。知ってます? 先輩。今日から泊まるホテル、有名なカジノに近いそうですわ!」

「はあ……何が楽しくて、金貨洗いコイン・ウオツシヤーの下につかなあかんねん!」


 合理主義のCorporationsは──『金貨洗いコイン・ウオツシヤー

 官僚主義のカウス・インスティトゥートは──『お役所勤めカフカエスク

 成果主義のあおの学園は──『白衣の蛮族ジヤケツト・バルバロイ


 ……なんて言って、お互いをしているのです。そういうの良くないのにね。


「しかし、本当にれいな街ですわ~」


 窓から見える高いビル群はとても鮮やかで、美しい。Corporationsは多くの学園企業達によって作られた学園企業連合。資本の競争が苛烈で、三大学園の中で最も栄えているのです。


「おっと。ついたみたいやよー」


 辿たどいた建物は、まるで巨大なあめ細工のように複雑で、街の中でもひときわ大きいビルでした。とてもではないけれど、ここが学園だなんて思えません。ちょっと気後れしちゃう。


『お待ちしておりましたー♪』


 大きなエントランスの前に立っていたのは、水色の長い髪をヒラヒラと漂わせる、宝石じみた瞳をした女の子でした。彼女はホログラムのように透けていて、私はぎょっとしてしまう。


『私はCorporationsの生徒会長、アメリア・マクビールだよ♡ 追放部隊Purgeursのお二人さま、遠い所からわざわざありがとー♡ 感謝感謝~~っ』


 生徒会長、アメリア・マクビール!? Corporationsで最も重要な人物です。私は少し驚きながらも、淑女なので華麗にご挨拶をしました。


「ごきげんよう、アメリア会長。初めまして」

『あっはっは。そんな全然かしこまんなくて良いじゃんね。私様は生徒会長と言ってもこの街に遍在するから珍しくもなんともないし! 全然ドアマン扱いしてもろて~』



(……そういえば)


 ここに来る前、カウス・インスティトゥートで開かれたオリエンテーションで説明された、アメリア会長の『カタハネ』について思い出します。


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Y-O-U】[カタハネ


『遍在する』片羽。Y-O-Uの所有者、アメリア・マクビールの意思を量子的に具現化し無限に増殖させる。射程距離はアメリア・マクビールの遺体の周囲30km。

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 あおの学園が『銃痕』を持ち、カウス・インスティトゥートの生徒が『斬撃』を持つように、Corporationsの生徒が持つのは『片羽』という翼。


『私は、この街にしているんだよ♪』


 死してなお愛した街をまもり続けるCorporationsの精神的支柱、アメリア会長。その遺体は地下100mの所に埋められているとか。とんでもない大人物です。


『他の子たちはもう来てるよ。お二人様、ご案内~♪』


 ふわふわと浮きながら歩く幽霊生徒会長の後ろを、私達は続くのでした。




 私達が集められたのは、この学園の64階にある、パーティ会場の広い部屋でした。


『お嬢様方、飲み物をどうぞ!』


 なんて言ってグラスをくれたのは、アメリア生徒会長。とは言え先程私達を出迎えてくれた彼女ではなく、えんふくを着てきゆうして回る別の彼女個体でしたが。


『新しい料理持ってきたよー♡』

『落とし物をしたお客様はいませんかー♡』


 会場の中では、沢山の(違う衣装の!)アメリア生徒会長が忙しそうにきゆうや料理や雑用をしております。私は何だか少しだけクラクラとしながら、グラスに口を付けました。


「──ふむ。これでめんそろったようだな」


 物々しい制服を着た、美しいいろの髪の少女がマイクを持ちました。胸元には沢山の勲章。大きな軍帽。立派なカフスボタンに、鋭い瞳。


「改めて諸君、お会い出来て光栄の極みだよ。私はCorporationsの企業警備隊・隊長。──ケイトリン・アン・オースティンだ。今回の天空競技祭では警備委員会の首長を務める」


 今回私達がお呼ばれしたのは、三学園の『学園内警察』の顔合わせです。

 天空競技祭中の警備などは主にCorporationsが務めるのですが、カウス・インスティトゥートとあおの学園からも数名が監査のために先入りしているのです。

刊行シリーズ

こちら、終末停滞委員会。3の書影
こちら、終末停滞委員会。2の書影
こちら、終末停滞委員会。の書影