こちら、終末停滞委員会。2

第2話『noapusa』 ②

「今回の天空競技祭でも、すでに数十件のテロ行為が予定されている」


 ケイト隊長は、何でもなさそうに言い放ちます。


(今、予定されているって言った? テロ行為が?)


 それはなんというか、非常に良くないのではないでしょうか。


「我々の手で、そして諸君の手で、らちな暇人共を一掃するぞ。銃を抜け。剣を突き刺せ。翼を大きく羽ばたかせろ。これは好機である。そして、これは戦争である!」


 彼女の背から、いろの片翼が炎のように広がりました。


「──我々は終末停滞委員会! たとえ相手が何者だろうと、歩みを止める事は無いッ!」


 どうやら思ってた以上に、大変なことになりそうです。



「ほいじゃあ、今日の授業は深穴実習でーす」


 学園前の広いグラウンドに集められた俺たちは、体操服を着て並んでいた。


《深穴実習! 苦手なんだよなあ》

《今日こそ、新タイムを出したる! ……パートナー次第だけど》


 学友たちは思い思いに準備運動をしていた。俺にはどういう実習なのかさっぱりだ。


(深穴……ってのはどう見てもアレだろうけど)


 グラウンドの端にある切り立った崖に、ぽっかりと巨大な洞窟が開いている。今から、あの中に入るとでも言うのだろうか?


「今回のコンビを発表する。PM・アーラヴ!」


 PMが俺の背中をたたいて、「お前も頑張れよ!」とだけ言うと、アーラヴと二人で洞窟の中に入っていった。田中教諭は学友達をそれぞれ二人ずつ呼んで、最後に俺たちが残される。


「田中先生。まさか私のパートナーが彼……って事はないですよね?」


 りんとした背筋で、確か──ファム・ティ・ランがつぶやく。学友からはランと呼ばれていたはず。このクラスの委員長。そして、ずっと俺をにらんでいる女の子。


「ないことはないですね。委員長。ことよろずの面倒を見てやれ」

「そんなのっ」

「先生よくないと思うぞ仲間外れとか。もう決定事項だから。これを機に仲良くなること」


 ランは不満げな視線を隠そうとしないままに田中先生をにらむ。


「先生! 俺わかんないンすけど、そもそも深穴実習って何するんですか?」

「おぉ。ことよろず。この険悪ムードでよく授業に前のめりになれるな」

「人に嫌われるの慣れてンで」


 ランは一瞬だけぎょっとした。俺は彼女に嫌われているんだろうが、マジで特に何も思わなかった。どうやらメキシコ幽閉生活が相当心を鍛えてくれたらしい。くそったれ。


ことよろず。お前、銃痕が発現したんだって?」

「はい。今朝、これが」


 俺は小さな拳銃──『noapusa』を先生に見せた。


「もう、撃ってみたか?」

「はい」


 その辺りの石ころに向けて、引き金を引く。笑ってしまうぐらいに軽い感触。パスン、と申し訳程度の破裂音を響かせると、石ころをころりと転がした。


「わっはっはっは。すっげー、こんなに威力がない銃痕初めて見た」

「え──笑われてンだけど俺の心の形」


 田中先生は、石ころに触れる。


「傷もへこみすら無いか。へえー。珍しいな。これは。あー……なるほど」

「なんか分かりますか?」

「まあねえ。おじさん結構教師生活長いからね。ある程度は。これは……はは」


 田中先生はヘラヘラと笑った。


「まあ、がんばれ」

「ええええ! それだけっスか!?」

「これ自分で何とかしなきゃいけない事だから。お前の心の形の話だからさ。教師があーだこーだ言って、変な先入観とか、どうあるべきだとか、考えてほしくないのよな。最初は」

「で、でもなにか、ヒントとか」

「自分の理解を深めるんだ。それ以外には無い」


 俺には、この銃痕の能力がサッパリだった。こんな威力の無いおもちゃで、一体どうやって戦えって言うんだろう? 困り顔の俺に、田中先生は続けた。


「『深穴実習』は銃痕の訓練みたいなモンだから。最適だな」


 ぽっかりと口を開ける真っ黒な洞窟。どうやらそれは、深穴、と言うらしい。


「ざっくり説明します。アレ、訓練用のダンジョン。中には、アブねーモンスターみたいのがウヨウヨ居ます。そいつら全部倒して、最下層まで下りましょうねっつー話」

「訓練用って事は、危なくは無いんですか」

「いや、普通に危ないよ。ちゃんと殺されるし」

「えええええ!」


 驚いている俺に露骨にため息をくのは、ランだった。


もちろんそれだけじゃない。あれは『出る時に入った時の状態に巻き戻す』性質があるから」

「出る時に……なんて?」

「『深穴』で死んでも、死体を『深穴』から出せば、『深穴』に入る前──生きた状態に戻る」

「ええええええ!」

「……先生。こんな事も知らない人とコンビ組まないといけないんですか」


──────────────────────────────────────────

【No.192『深穴ローグライト』】──Stage2:『種まきSeminatio


○性質──ぼんごういつ


○詳細──とある修行僧の即身仏がさいおうに眠る洞窟。死と悟りのために穴に入った徳の高い僧が、人々の『幸福を願って死を選び』ながらも『自らの生をかつぼうし続けた』矛盾から生じた反現実。深穴から出た対象は、深穴に入った時の状態に巻き戻る。各階では訓練用に作られた反現実生命体が生成される。現実解像度は82%程度であり研究には向かず、R値が低いため長期間の滞在も出来ない。有用に見えるが、訓練以外には使い道が少ない。

──────────────────────────────────────────


「ぶっちゃけシミュレーターを使う方が現実に近いンだけどね。台数がそこまで無いから上級生や羽が多い連中を優先で、君たちガキのぺーぺーはこれで十分ってワケ」


 なるほど。深穴で色んなモンスター相手に『銃痕』を試してみて、これがどういう能力なのか試していけば良いってわけか。ちょっと怖いけど、やりがいはありそうだ。


「それじゃあ、行こうか、ラン。初心者だから迷惑かけると思うけど、よろしく」

「……ふん」


 ランは、俺の握手も無視して深穴へと歩みだす。


「たはは。ガキの青春って感じ。おじさん、何だか涙が出てくらぁねえ」


 ヘラヘラ笑う田中教諭に見送られながら、彼女の背中を追いかけた。




 ひどくジメジメとした地面に、ひたひたという足音だけが響く。

 視界を照らすのは、洞窟の壁に一定間隔に取り付けられたLEDのライトだけだ。


「ランは深穴実習を何度かしているんだろう? 最下層まで辿たどけたの」

「…………」


 黙々と歩くランは、俺の話にあいづちすら打ちはしない。


《終末なんかと共に行動する事になるなんて》

《これだからこの学園は嫌いなのよ。やっぱり、カウスに行けばよかった》


 俺と会話する気は金輪際無いらしい。終末という現象全てを、心の底から憎んでいるようだ。まあそりゃそうか。終末だもんな。普通に、人類の敵だよな。


「止まって」


 不意に、ランが暗闇の奥をにらんだ。


「R値が僅かに上がった。何かが私達を観測してる」

「──え?」

「六占式盤を開いて」


 入学する時に職員室でもらった装備──ペンフィールド六占式盤を開く。これは、R値(現実の密度)とナクサ指数(現実の変わりやすさ)を測定する機械だ。


「ホントだ。現在のR値、0.967。さっきより少し上がってる。どうしてわかったんだ?」

「……そういう体質。別に珍しくはないけど」


 R値は平常の値が『1』だ。1.02以上か0.98以下だと、何か異常があると言われている。


「深穴の1階層は危険度の低い反現実性を持ったが、100種類の性質と100種類の肉体からランダムに掛け合わせて生成される。警戒を怠らないで」


 俺は、了解と簡潔に応える。流石さすがあおの学園の学生だな。俺のことを嫌っていても、任務としては全く問題なく付き合ってくれるようだ。


「今のうちに聞いてもいいか? ランの銃痕はどういう能力なのか」


刊行シリーズ

こちら、終末停滞委員会。3の書影
こちら、終末停滞委員会。2の書影
こちら、終末停滞委員会。の書影