こちら、終末停滞委員会。3

第3話『永田町』 ①

 羽田空港のエントランスに降りた時、なつかしいしようの匂いがふわりとこうをくすぐった。

 ……俺は少し、泣きそうになった。


「──ここが日本! こと先輩の故郷ですかー! メフ先輩早く早く!」

しば。1人で行ったら迷子になりますよ」


 俺達はあおの学園から飛行機でオーストラリアを経由して、そこから日本に降り立っていた。メフいわく、『日本は反現実性組織への規制が強い』ので、あおの学園から直接入国することは出来ないのだった。


「へえ、これがお煎餅ってやつね。ばりばり。うん、ウマじゃん」

「って、Lunaさんもう買い食いしてるし!」

「……ご主人ちゃんも一口食べる?」


 あおの学園と日本の会談──その護衛任務を預かったのが、我らがこい班である。


「私、日系だけど日本来るのは初めてなのだわ。アキバ絶対行きたい。ね、エリちゃん」

「くす。全部が終わったらね」


 終末寸前であるというのに、こい先輩はニコニコ笑ってるるぶを開いていた。……というか世界が滅亡寸前なんていつもの事なので、この人は変わらないのである。


「しかし君が来る必要があったのかい、テル」

「フハハ。日本はあの『百鬼夜行』の国だぜ。研究者として見逃す機会は無い。違うか?」


 今回はこい班だけではなく、鬼の副会長ことフォン・シモン先輩に、メフの兄でもあり、研究所ラボの有名人──テルミベック・ジェーンベコワ先輩も同行している。


「え? お煎餅? わー、アニメで見たことある! 食べたい食べたいっ」


 ──こい班のニューカマー。たいの歌姫・mALEEaも今回の作戦に同行していた。地上でも大人気の彼女だが、日本人は余り海外の曲を聴かないので、変装もせずに堂々と歩いていられるのが楽しいようだった。


「ひゃっ……ま、マジで居る。本物のmALEEa様が……っ。五体投地しなきゃ……」


 mALEEaの大ファンのしばは、そのまばゆいアイドルオーラに心をやられていた。メフはどうでも良さそうに、五体投地しようとするしばの襟首をつかんで運んでいた。


「ウーちゃんも来れたら良かったのに」

「絶対嫌がるだろ。それに彼女には、ボクたちの留守をまもってもらわないとね」


 こい班の古株、ウー・シーハン先輩は、会長とその両翼が留守中のあおの学園をまもっている。あおの学園を狙う反現実性団体は多く、ウー先輩はやる気は無いが経験は豊富だからだ。


(こんな形で日本に帰って来るとは)


 メキシカンマフィアに人身売買されてから、3年ぶりに立つ故郷の大地だ。あの薄暗い地下室で、どれだけこの日を待ち望んだことだろう?

 もう二度と帰れないから諦めろと、何度自分に言い聞かせ続けたことだろう?


「……ご主人ちゃん」

「えっ? なんすか」

「おかえり♪」


 いつもダウナーなLunaさんが、本当にうれしそうにニコリと笑った。まるで自分の事みたいに。そんな事されるとマジで泣いちゃいそうになるんだけど、文句を言う事も出来なかった。


「指定された出口は、こちらですね」


 しっかりしているメフがスマホ(この日のために買ったらしい)で地図を見て、若干浮かれ気味な面々を誘導する。こい班は巨大な羽田空港に翻弄されつつ、歩き続けた。


「「──お待ちしておりました、あおの学園の皆様」」


 指定された要人用出入り口の先に居たのは、双子の少女だった。彼女達は一見すると服のような伝統的なたたずまいをしていたが、フリフリのカチューシャを着け、フリフリの袖をして、はかまも若干ミニだった。


「ええと、君たちは……一体……?」


 エリフ会長が尋ねると、メイド双子はくすくす笑う。


「「私達は日本政府に開発された人工精霊。『ロクヨン─a』と『ロクヨン─b』。あおの学園の皆さまを案内するために、ここでお待ちしておりました」」


 彼女達は非人間じみた美しい表情で笑みを浮かべると、俺達を誘導する。

 外の道路にあったのは、黒塗りのリムジンだった。


「「さあ──行きましょうか、皆様方。お館様がお待ちです」」


 こい班の皆が、ぞろぞろとリムジンに乗り込む。


「……メイド」

「Lunaさん?」

「……双子メイド」

「Lunaさん」


 うちのメイドさんがさんメイドに威嚇していたので、俺は彼女の手を引っ張るのだった。




 日本国民の多くが知らない事ではあるが、永田町の地下300mには巨大な空洞がある。そこにあるのは戦後GHQによって設立された組織──『ことちよう』の保有する研究所である。


「す、すげえ……! こんなとこ、あったのか!?」


 永田町の立体駐車場でリムジンで入ると、巨大なエレベーターが動き出す。ごうん、とエレベーターが作動して、地下300mの地下空洞に降り立った。


「「ようこそ。ことちようの本部・怪異研究所へ」」

「……怪異?」


 俺が尋ねると、答えてくれるのはメフだった。


「終末の事を、日本では伝統的に『怪異』と呼ぶのです。アメリカの人たちが『アノマリー』と呼ぶのと同じですね」

「「お館様が会議室でお待ちです。会議へ行く方は『ロクヨン─a』へ。待機される方は『ロクヨン─b』に続いてください」」


 エントランスではパタパタと白衣を着た人々が駆け回っており、なんとも忙しそうにしている。俺達は人工精霊に促されて、二手に分かれることにした。


「じゃあ会議組は、ボクと、ことよろずくん。それに、フォンの3人で行こうか」


 エリフ会長の提案にうなずく俺達を尻目に、テル先輩がキラキラした目で口を開く。


「俺様は研究所を見ていくぞ。村田博士にアポは取っているからな」

「「はい。ではテルミッド様はこちらでお待ちください」」

「……兄さんだけでは心配すぎるので、私もそっちについていきます」


 妹からのじっとりとした視線に、テル先輩は、ガーンとしていた。


「そんじゃことこい班を代表して、しっかりやってきなさいよ!」

「了解です!」


 こい先輩に背中をたたかれて、俺は会長たちと共に歩き出す。



 ──会議室の物々しい扉の奥に座っていたのは、白髪の老人を筆頭にした、険しい表情を浮かべたスーツの人々だった。俺達を見た彼らは、一層緊張を強くさせる。

《来たか。あれが、例の──宇宙人》


あおの学園……本当に少年少女が代表なのか》


 そこに居る人々は、恐らくは誰もが何かしらの組織の要職に就く人材だ。国防に関する彼らは、恐ろしい程にピリピリとしながら、警戒していた。


(ひええ〜〜! ここまで歓迎されていないムードだとは)


 俺もよくは知らないのだけれど、きっとあおの学園の普段の行いのせいなのだろう。


「お招き頂きありがとうございます。あおの学園の代表。エリフ・アナトリアと申します」

「こちらこそ、ご足労頂き感謝します。私がことちようの長官──あまくさきよ麿まろと申します」


 エリフ会長が一礼して、俺達もそれにならう。俺達が会議室の椅子に座ると、早速会談が始まった。白髪の男──あまくさ長官は、エリフ会長に尋ねる。


「率直に申します。あおの学園の方々は現在の状況をどう見ますか?」


 その声色に、彼女が少女だからとあなどるような雰囲気は全く無かった。エリフ会長も、全く動じること無く、余裕のあるいつもの笑みを浮かべる。


「ではボクも率直に。。そのレベルで考えて下さい」

「な……っ」


 会議室の男の1人が、立ち上がる。


「東京崩壊……ですって!? それはどういう事ですか」

「日本近郊にある巨大ポータルは3つ。東京上空に1つ。北海道の上空2000mに1つ。そして、あましよとうから50km南西に1つ。そして、それだけではありません」



刊行シリーズ

こちら、終末停滞委員会。3の書影
こちら、終末停滞委員会。2の書影
こちら、終末停滞委員会。の書影