【外伝・書き下ろし】こちら、終末停滞委員会。です! ――例えばこんな、普通の日々の物語。
第8話『銀の乙女と、赤の糸。』

――これじゃあ、まずい。
「えっ。心葉くん、寮に来るンすか?」
カウス・インスティテュートのオーク製の廊下を、友人のナディア・ハリードと共に歩いていた。今日も喋る絵画たちが、楽しげにお喋りしたり隣の絵画と喧嘩している。ローブを着て歩く学生たちは、忙しそうに往来を行き来していた。
「そうなんだよ。いい加減、リュミエール家に世話になってるわけにもいかないし」
俺がカウス・インスティテュートに入学してから、3ヶ月が経とうとしていた。つまり、レアの屋敷で暮らし始めてから。『臓物マンション』の一件でレアと出会った俺は、蒼の学園からカウス・インスティテュートに亡命したのである。
「レアちゃんと喧嘩でもしたんすか?」
「……いや。……別に。そういうわけでもないんだけど」
と言うよりも、むしろ――その逆で。
「心葉くんが寮に来てくれたら楽しそうっすけどね。ダナエ先輩、喜ぶぞ~~っ」
「……あの人の監視係を押し付けられる未来が見える」
カウス・インスティテュートの人たちとは、かなり上手くやっていた。友達も出来たし、頼りに出来る先輩も出来た。何よりカウスの技術で造られた『減視の眼鏡』のお陰で、人の心が見えなくなったのが大きい。人生のストレスが半減した。
(カウスに亡命して、本当に良かった~~~っ!!)
――反面、今まで見えていた物が全く見えなくなって、恐怖を覚えるのも事実だ。
■
「それでねそれでね、こっとん! この敵にもとっても悲しい過去があってー」
夜、俺はいつものようにレアの部屋で椅子に座って、ナイトティーを飲みながら、彼女の原稿に目を通していた。レアの書いた小説を読むのも、慣れたものだ。
(初めは彼女の好きな作品の二次創作だったけれど)
手が早い彼女は、すぐにオリジナルの小説を書き始めた。少年少女に向けたような、幻想的な冒険小説。優しくも高潔な彼女の作品は、読んでいると前向きで温かい気持ちになる。
「俺、ここが好きだな。この文章」
「え。どれどれー?」
レアが俺の手元の原稿を覗き込む。
(うお……)
風呂から出たばかりの、花のようなシャンプーの香り。湿った髪。就寝前だから、服装も隙だらけ。俺は一瞬見えそうになったナイトブラから必死に目をそらす。
「……コホン。コホン」
レアの部屋のドアの前で、メイド長のジェヌヴィエーヴさんがわざとらしく咳を吐く。俺は思わずビシっと背筋が伸びて、一瞬でレアから離れた。
「あら、ジェヌさん。お風邪かしら」
「……なんでもございません。お嬢様」
50歳を過ぎた彼女はなおも現役バリバリで、俺とレアの仲をしっかり監視してくれている。こちらとしても、ありがたいばかりだ。
「それで? どこが良かったの、こっとん」
「あ、ああ。ここ。『もしもお月さまが落っこちてきたら、次はもっと高く打ち上げよう。例えそれが何度続いても。いつか太陽を越えるまで』って言う所」
「……ぽ、ポエムを読み上げるのはやめていただけますかしら?」
「君ね。今更そこではずがしがってんじゃないよ」
「うぅ~~っ」
レアは赤くなった頬に手を当てて、ぶんぶんと首を振った。可愛くてどうにかなりそうだった。なんなんだ、この萌えキャラは。冷静になれ、冷静に。
「……レアのこういう文章、好きなんだよな。なんか、レアだな~! って感じ」
「ガキみたいで夢見がちとでも言いたくて?」
「何でお前批評されてる時は被害妄想気味で喧嘩っ早いんだよ。そうじゃなくて」
――俺じゃひっくり返っても書けない言葉だ、と思う。夢と希望を、愛と勇気を、心の底から信じている。所謂、センス・オブ・ワンダー。魔法を信じる心がある。
だから彼女の物語のドラゴンは出てくるだけで震えそうになるほどの迫力があって、彼女の物語の魔法は笑ってしまうほど美しい。彼女の作品は王道過ぎる程に王道で、まっすぐ過ぎる程にまっすぐで。
「綺麗だ。凄く。……うん。凄く綺麗だ」
彼女のように言葉が得意でない俺は、馬鹿みたいに同じ言葉を並べるしかない。
「…………」
レアはぼーっとした顔で、こっちを見てから。
「そ、そっか。ふふ、そうかな。……そうかなあ。別に。普通だと思うけど。へへ」
照れくさそうに、ニヤニヤしてた。やっぱりかわいい。
「って、まずい。もうこんな時間か。そろそろ部屋に戻らないとな」
時刻は21時50分。22時に寝るレアは段々と眠くなってくる時間だ。
「えっ。まってまって。もうちょっと、いいでしょ?」
「だめだって。……監視で付き合ってるジェヌさんも可愛そうだし」
レアは恨めしそうにジェヌさんを見た。
「ジェヌさん。もうお休みになられてもよろしくてよ?」
「いけませんお嬢様。先週のこと、もう忘れられたのですか?」
「べ、別に……こっとんと夜通しボードゲームしてただけですけど」
「私が来た時には2人で床にお眠りになって。このジェヌ30年のメイド生活で最大の失態でしたわ。あのような失態、亡きお父上さまに申し訳が立ちません」
ちなみに俺もジェヌさんにはその後こってり絞られた。居候の身でありながら彼女には迷惑をかけっぱなしで非常に申し訳ない限りだ。
「大体お嬢様。嫁入り前の女性が男児と夜更けまで同室するなどと……」
「ジェヌさん? その発言は2つの理由で誤りですわ。証明して差し上げます」
「どうぞ」
この家の人達は品が良すぎて、今でも時々面食らう事がある。
「1つに今どき女性がどうとか嫁がどうとか言うのは時代錯誤も甚だしいですわ。2つにこっとんに失礼です。彼は紳士ですもの。間違いなんて起きようもありません」
ジェヌさんは、ふむと頷いた。
「お嬢様。1つに、あなたの言う通り、女性がどうのと言うのは時代錯誤です。しかしあなたはリュミエールの次女。高潔な身分の者には、相応の態度というものが要求されます」
「……むう。そして、2つ目は?」
「確かに心葉さまは今どき珍しい、筋の通った男児です。それは認めましょう。しかし男性である以上、欲に支配されて間違いを起こすという事はあるのです」
「そんなこと絶対にないわ! ねえ、そうでしょ? こっとん」
レアの信頼感100パーセントのキラキラした視線を俺に向けた。もうおためごかしを言えるような目ではない。だが期待を裏切るわけにもいかない。
「ん……まあ……うーー……その、……ごにょごにょ」
信頼と期待の板挟みになって、俺は情けなくごにょごにょした。
「こっとん!?」
俺の異常にはいつだって真っ先に気がついてくれる彼女は、当然俺の変な反応にも気がついた。ジェヌさんがそれ見たことかと言わんばかりに息を吐く。
「分かりましたか? お嬢様。それは男児のサガなのです」
「で、でも私はこっとんを信頼してるものっ」
「だったら、どうするのですか? お嬢様とふとした瞬間に手と手が触れ合い、眠気で危うくなったあなたのことを見て、彼が我慢できずに襲ってきたら」
「お、おそ……っ!?」
「さあ。リュミエール家の人間としてどうしたら良いか、答えてくださいまし」
レアは顔を真赤にしながら、あうあうとしていた。そんな事、考えた事も無かったのだろう。やっぱり可愛いな、と思いつつ、若干居た堪れなくもなった。
「ぁ……ぁう……それは……ぇと……ぅぐ」
「はい。どうするのですか。授業でやりましたよね?」
「…………ぇと……その……」
キョロキョロと視線を動かしながら、体を小さくして、消え入りそうな声で呟く。
「…………………………………………ごむ?」
「――違いますッ!!!!」
「ぴぃんっ」
叱られて、レアは悲しそうな顔をした。
「そうじゃなくて! 襲ってきたらまず反撃! レミュリエール家の人間たるもの、いついかなる時も誇りを忘れてはなりませんっ」
「そ、そうよねっ。分かってますっ。分かってますわよ? ちょちょちょちょっと、間違えただけっていうか……ひっかけ問題……的な……」
レアは顔が赤いを通り越して、頭からぷしゅーと湯気を出していた。
(レアよ……)
……俺が襲ってきたら、普通に受け入れる。って言う事? い、いやいや。彼女も混乱していたんだろう。この辺りはマジで考えない方が絶対に良い所だ。
「ホント。間違っただけなんですからね。こっとん!」
涙目にしながら、彼女が目を三角にしていた。
(……可愛すぎるだろ、このお嬢様)
可愛くて、綺麗で、高潔な少女。レア・クール・ドゥ・リュミエール。
(……くそ。ほんと……これ、もう駄目だ)
俺は彼女の事が好きで、好きで、仕方がなかった。一瞬たりとも目が離せなくなっていた。
(だからこそ……)
――この屋敷を離れる時が来たのかな、と、思う。
■
「ほんじゃ、心葉くんは今日からこの部屋を使ってね~」
カウス・インスティテュートの『ふくろう寮』の寮長、ルーク先輩がへらへら笑う。ルーク先輩は俺がカウスに来てからよく面倒を見てくれている男性の先輩で、時々遊びに行ったりもしている。
「はい。よろしくお願いします」
「ほんじゃ、また後で。夕食の時間になったら、食堂に案内するね~」
彼は笑いながら距離を伺って接してくれるタイプの人で、一緒に居るとかなり居心地が良い。カウスらしい良識ある人だ。
「……ふぅ」
空っぽの部屋を見て、俺は息を吐いた。レアの屋敷の瀟洒な家具でも大好きだったけど、小市民の俺にはこういう傷だらけの壁や家具が丁度いい。
「よし」
さっさと引っ越し作業を終わらせよう。俺は持ち込んだ荷物をほどき始める。
■
夜になった。外では、ほーっと梟の鳴き声が響く。
(なんだか……夜って、こんなに、静かだったっけ?)
寮の壁が薄いのか、人の気配は常にあった。屋根に響く足音や、外を歩く生徒の声。だけどそれでも、妙に、静かだと思った。
(最近は……毎晩、賑やかな女の子と眠くなるまで話していたから――)
そうか。これは『静か』じゃないんだな。きっと『寂しい』んだ。
(はっ……随分甘えた事言うように、なっちまった)
メキシカン・マフィアに捕らわれて牢で過ごした。あの頃より、周りには沢山の人が居るというのに。たった一人の少女が居ないだけで、寂しくて仕方がない。
(早く、慣れないとな)
それに……明日にはレアとも話さないといけない。電話で話そうとしたけれど、聞く耳を持っていなかったから。ちゃんと分かってもらわないとな。
「…………」
俺は目を閉じて、眠りの世界に落ちる事にする。
「――ジェウォーダンの乙女!」
俺の安眠を切り裂いたのは、ごうんと唸るチェーンソウだった。
「なァ……!?」
「ぁ……ッ!!」
大きなチェーンソウが、壁から俺の枕元に至るまでを、美しく1文字に切り裂いた。あと5センチズレていたら、俺の耳も巻き込んでいただろう。俺はひゅっと心臓が縮むのを感じてから、――それどころでは無いと気がついた。
「いた……っ、こっとん――」
「ぇっ」
レアが、涙を流していたから。
「レア! どうして……」
「……っ。こっとん!!」
彼女は切り裂いた穴から俺の部屋に入ると、身軽な動きでひょいと寝転がる俺に乗った。
「なっ……!?」
レアが、俺の襟元を掴む。
「――私、なにかした!?」
「……っ」
「私…………あなたに嫌われること……何か……した?」
レアの顔は、泣いた涙の跡がついたままになっていた。目は赤くて、焦燥しているのが分かる。終末なんかに頼らなくても、その心が引き裂かれるように傷ついたって、分かる。
「違っ……そうじゃ、なくて……っ!!」
「だったらぁ……」
レアは、俺を見つめた。怒ったような、泣きそうな目つきで。
「どぉして……黙って……出ていったのよ……」
「それは……」
「お姉様や……ジェヌさんには……話してたくせに……」
「いや、それは……レア……」
だって仕方がない理由がある。
「今までも何回も、屋敷を出るって言ったのに絶対に聞く耳持たなかったから……」
「だからってこっそり出ていかなくてもいいじゃない!」
「だってもう3回ぐらい、引っ越し阻止されてるし……」
「うぅ~~~~っ」
レアが泣きそうな目で、俺を見た。
(……それに、俺、その目、苦手なんだ)
レアにその目をされると、言うことを全部聞いてしまいそうになる。ごめんね、俺が悪かった。って、彼女のことを抱きしめそうになってしまう。だから、駄目なんだ。
「……こっとん。何でそんなに、お屋敷を出ていきたいのよ」
「屋敷の皆のことが好きだからだよ。いつまでも、迷惑かけてられない」
「迷惑なんてっ……じぇ、ジェヌさん以外は思っていませんわっ」
そこで、誰も迷惑に思っていない。と嘘をつけないのがレアのいいところである。俺は思わず笑いそうになって、レアは目を丸くした。
「あーーっ! この人笑ってるんですけどっ。わ、私はこんなに怒ってるのにっ」
「ご、ごめんごめん……」
唇を尖らせるレアが可愛くて、また笑いそうになるけど、我慢する。
「……ほんとの気持ち、聞かせてよ」
彼女が、ぽつりとこぼす。その言葉が俺の心臓に落ちて、微かに波打つ。
「ずっと……一緒に、居たらいいでしょ……」
「………………レア」
そうだ。俺はレアが好きだ。レアと一緒に居たい。……居たいに決まってる。だけど、そのために、このままじゃ駄目なんだ、と思う。
(その気持ち、伝えなきゃ)
伝えなきゃいけない。分かってる。だけど言葉が喉から張り付いて、出てこない。
(だってレアは、俺の親友で)
本当に、本当に、大切な、友達で。きっとこれから一生出来ることのないぐらい、俺と相性ぴったりな、ずっといっしょに居たい女の子で。
(だからこそ、この言葉を伝えたら――)
きっと、友達のままじゃ居られない。それが本当に、本当に、怖かった。
「……こっとん……?」
だけど、彼女を泣かせるなんて、もっと怖い事なんだ。もっと嫌な事なんだ。俺はこの人が笑っている間、この世の全部の苦しみが嘘なんじゃないかって気がするんだよ。
だから。だから。俺は。
「だって……レアの事………………好きだから」
彼女の肩が、ぴくん、と揺れた。
「……好きだから。対等に……なりたいんだ。ただの居候、とか。そういうのじゃなくて。ちゃんと……一人の、人間として…………」
「………………」
「一人前の男として……レアの隣に居たい」
レアは、目をまん丸にした。まるで猫のような目で、じっと俺の顔を見つめた。
「………………………………」
「レア?」
「………………………………………………………………」
「……レアっち?」
「………………………………………………………………………………………………」
彼女は石のように固まっていた。きっと何かをぐるぐる考えているんだ。完全にフリーズしたまま、俺の襟だけを離さないようにぎゅっと握っていた。
「…………そんなの」
「はい」
「……筋が、通らないわ」
「なに?」
「こ、こっとんが……私のこと、好き……なのはまあ、置いとくとして」
置いとくんだ。
「好きだったら……一緒に……居たら良いじゃない……」
「だ、だからあ。レアに釣り合う男になりたいって話で」
「何で? だって……もう十分に……釣り合ってる……」
彼女は名門のお嬢様で、俺は本当にどこぞの馬の骨とも知れない、しかも人型の終末だ。世界を救うぐらいの功績が無いと、釣り合うとは思えなかった。
「レアには……レアみたいな最高の女の子には、最高の男に付き合ってほしいの。……親友として。んで……俺は……それに足元にも及ばなくて――」
「そんなことないッ!!」
レアは叫んだ。泣きそうな目で。さっきの涙の意味とは、きっと違ってた。
「そんなことない……。そんな……悲しいこと……言わないでよ……」
「レア……」
「私が悲しい気持ちの時、私より悲しくなって、寄り添ってくれるの知ってる……。傷だらけのあなたは誰よりも痛みを知っていて……そのせいで誰より優しいの、知ってる……」
彼女の涙が、ぽつり、ぽつりと、俺の頬に落ちた。
「私……最高の男なんて、興味ないわ……。そんなものより……ずっと……」
「…………」
「私……あなたと一緒にいたい……」
レアが泣き出して、俺の胸に顔を埋めた。俺は言葉を失って、ただ彼女の頭を撫で続けた。馬鹿な俺は馬鹿すぎて、こんなに想われていること、想像の1つも出来なかったんだ。
「ばか……ばかぁ……こっとんの……ばか……っ」
「……泣かないで、レア。俺、お前に泣かれると、マジで何もできなくなるんだ」
「知ってますわ、そんなの……。あなたはいつも、そうだから」
彼女は俺の体をぎゅーーっと抱きしめて、涙をシャツにこすりつけた。俺は彼女の頭を撫で続ける。レアは抵抗もせずに、ただ、なすがままになっていた。
「…………こっとんは」
「ん?」
「私の事…………そんなに好き?」
「うん」
「どのぐらい」
「レア以外の全部より」
レアは俺の胸にほっぺをぎゅっとくっつける。
「……そっ」
「そっ。って。……それだけ?」
「勝手にお屋敷を出ていったおバカとは、口効きません」
「そっちが押しかけて来たくせに」
「……ふんだ。……あ、こら。なでなでは止めるな」
彼女が、やっと俺を見つめた。
「……じゃあさ。こっとんは、……その、立派な男の子になったら。私に……どうする予定だったの?」
「…………えっ」
「……告白?」
「……………………まァ」
レアは、猫のようなまん丸の目で俺を見つめる。
「それって、逃げだわ」
「ええっ」
「だってまるで告白するのが怖いから、理由をつけて逃げてるだけだもの」
「そ、そうっすかね」
「だってホントに告白したいなら、今してるはずだわ。それで断られたら、自分を磨き直して、また告白したらいいだけだわ」
彼女は顔を近づけた。吐息と吐息がぶつかるような距離。俺の眼には、彼女以外の何も見えなくなる。彼女が長いまつ毛をパチパチとしながら、俺の言葉を待つ。
「……それ。今告白しろって言ってる?」
「うん。それが筋というものだもの」
「そうかなあ」
「こっとん」
「…………」
「して」
喉がカラカラと乾く。心臓が爆発しそうなぐらいに脈を打っている。俺は必死に言葉を探した。けれど言うべき言葉は、ひどく単純だった筈だ。
「……レア」
「はい」
「――愛してる」
彼女の目が、大きく広がった。すぐに細くなって、その端から、涙が漏れた。
「くす。ばかね。……愛してるは、まだ重いわ」
「えっ、そ、そうか……っ」
「初めは……軽く、好きってだけ、言いますの。ホント、おバカで……可愛い人」
彼女が俺の頬を両手で挟んだ。
「私も、あなたを愛してます」
驚くよりも先に、彼女の柔らかい唇が俺の唇を覆った。俺は一瞬で呼吸のやり方さえも忘れてしまう。キスのやり方も知らない俺達は、ただ唇を合わせ続けた。動きもせず、息も出来ずに。ただフクロウの鳴き声が響く夜に、唇を重ねていた。
「………………」
離れたくない、と思った。ただ、もっと、彼女とこうしていたかった。きっとそれは彼女も同じ気持ちで、必死に俺の体を抱きしめ続けていた。
1分。2分。5分。――きっと、10分はそうしてた。
「…………レア」
「ん……なに」
お互い、息は、荒いままで。
お互い、体が、熱いままで。
「こんな情けない男の告白ぐらい、断れ。ばか」
「そういうところも好きなんだから、仕方ないでしょ。おばか」
俺達は笑って、またキスをした。
きっと――俺達は赤い糸か何かで結ばれていたんだ。
出会って、共に歩みを同じくした時点で、一緒になることが決まってたんだ。
そう確信出来るぐらいに、幸せだった。
「レア。……俺と恋人になってくれるか」
「……ン。えへへ。……いいよ。私も。……そうなりたい」
「…………っ」
「でもお屋敷には戻ってもらいますからね。寮生活は禁止」
「ちょちょちょ! それは話が別だろう!?」
「駄目です! 私の彼氏ならちゃんと言うことを聞いてくださいまし」
「だから、あんたねえ!?」
こうして、俺達は抱きしめ合いながら、時々キスしながら、夜通し口論して――
■
次の日の朝。
「心葉くん? 寮の壁は薄いから、夜に騒ぐと……や、おもろかったけどさあ」
「すいませんすいません! ほんっっとーーーにすいません!!!!」
口論は近隣住民に丸聞こえだったせいで、レアとの仲は一瞬で広まったとか。
レアと俺はそれから数週間は、今日のことでからかわれる日々になったんだとか。
そんな幸福な陽があった。
その思い出だけでも、俺はどこまでだって、行ける気がした。



