【外伝・書き下ろし】こちら、終末停滞委員会。です!シーズン2 ――例えばこんな、普通の日々の物語。

第2話『緋色の天使と、砂漠の不夜城』


 フルクトゥスの第21地区には、こんな噂がある。


 砂漠の真ん中には、不夜城があるのだと。

 その七色の輝きで彩られた眠らぬ城は、汎ゆる人の業を許容するのだと。

 1日に数百億円もの金額が動く、欲望の城。


「ひええー……こりゃあ、思った以上に……!」


 空を飛ぶバイクに乗って、遥か彼方から特注の双眼鏡で覗いて居たのは、カウス・インスティトゥート1の記者――イシス・ハリードである。


(まさかあの噂が、本当だなんて!)


 第21地区の不夜城に、反現実組織の金持ち連中や道楽目的の多次元の存在が集まって、かなりヤバいカジノで遊んでいるのだと。


(これはものすごいスクープです☆)


 第21地区は終末停滞委員会の管轄外であり、基本的に立ち入りは禁止されている。しかしイシスの斬撃『号外号外All-Alarm』は自分の作った異界と出入りする能力であり、潜入はお手の物である。


(そして実は、もっとヤバい噂があるんですよね!)


 それはあの不夜城を経営しているのが、Corporationsの生徒会長『アメリア・マクビール』であるという噂だ。誰一人としてその証拠を掴んだ物は居ないが、もしそれが真実であるとするのなら、それは三大学園を揺るがす程のスクープである。


「ふふふ、絶対に尻尾捕まえて、真実を世に知らしめてやります!」


 イシスの本懐――それは誰よりも単純である。すなわち、真実を光で照らし出す事。そこに善も無ければ悪も無く、猫が机の上から置物を落とす事のように理由も無い。

 彼女は――他人の秘密を覗き見するのが好きなのだ。秘密は大きければ大きいほど良い。


「――それは少し困るな。イシス・ハリード」


 背後から声がした。イシスの全身に、鳥肌が立つのを感じた。この地点はあの不夜城からまだ数十キロは離れている。それだけではない。その能力により撮影クルーさえ必要としない彼女は単独行動だ。病的な程に、ここに来るまでの痕跡は消した筈だ。


(そうだ。不夜城には、もう一つ、噂があった)


 アメリア・マクビールが経営し、第21地区に建設された巨大な賭博学園。それを護っているのは、緋色の翼を持った、かつてCorporations最強と恐れられた少女であり――


号外号外All-Alarm!」


 イシスは振り向くよりも先に、刀剣ケペシュを握った。その銀色の刃の切っ先が、空中をバターのように切り裂く。しかしその緋色の炎は、流麗な刀より遥かに速かった。


「すまないが、当学園は取材禁止でね。身柄を拘束させてもらうよ」

「あなたは……ケイトリン・アン・オースティン警備隊長!?」

「その役職で呼ばれたのは、随分久しぶりのことだがね」


 優しい笑みを向けながらも、ケイトの腕は万力のような力でイシスの腕を握り続けていた。イシスは既に脱出不可能な地点まで来てしまった事に気がつく。


(でも、何? あの緋色の翼は。確か彼女の片羽は、恋兎ひかりとの戦いで失われた筈)


 事情通のイシスが故に、一瞬、疑問に思う。


「私は記者です。メディア徽章も携帯しています。第79議定条により戦闘行為は禁止されていますよね?」

「戦闘行為はね。しかし拘束は禁止されていないし、そも我ら『九燈学院』は三大学園から学園として認められていない。当然、報道者保護協約も意味を持たない筈だけど?」

「……九燈学院?」

「はあ。知らないかい? カウスやCorporationsには再三に渡って書簡を送っているのだけれどね。やはり庇護を求めるのなら、蒼の学園か」


 ケイトリンはため息を吐きながら、イシスを肩にかつぐと、緋色の翼をはためかせる。


「ひゃわわ」

「手荒な真似はしないから、安心してくれ給え。君には来賓として来てもらうよ」


 夜の砂漠を、緋色の炎が横切っていく。それはどこか、神話を感じさせた。


   ■


 そして私――イシス・ハリードは、その七色の輝きに圧倒されていたのでした。


「なにこれ……宮殿!?」


 七色にライトアップされた宮殿は、なだらかな曲線で構成された、まるで現代アートのような建造物だ。極彩色の壁なのに、どこか気品と、高級感がある。


「ようこそ、九燈学院へ」


 砂漠の門をくぐった先にあったのは、ゲームセンターを巨大にしたような、どこか雑多で、商業主義的で、そして美しい、桃源郷のような街だった。

 その1番奥にそびえるのが、天まで届くほどの高いビル――九燈学院の本部だろう。


「……この建物は……まさか」

「ふふ。流石はカウス1のジャーナリストだね。分かるかい」

「『建物を作る片羽』――クレア・ティンバーの作品ですか? たしか彼女の初期の作品が、こういうなだらかな壁を基調としていた筈。まさか彼女がここに?」

「いいや。建物を作ってくれただけだよ。3ヶ月の間、不眠不休でね。それはもう楽しそうに。作り終えたら、観光もせずに帰っていった。満足そうにね」

「……彼女はソロン賞の受賞者ですよ? そんな彼女が、こんな無法地帯で仕事をしていただなんて、報道されれば大事になります」

「彼女は芸術家だ。政治や自分の評判に興味がない。広い土地で好き勝手に街を作る機会があると言ったら、喜んで協力してくれたよ。まあ、彼女のわがままに付き合うのは大変だったが」


 そんな簡単な事の筈がありません。だってクレア・ティンバーと言えばとんでもなく偏屈で有名であり、そして愛国者だ。Corporationsの法に照らして考えれば明らかに違法であり、そしてこんな無茶苦茶な仕事を受けるわけがありません。


「……そっか。ケイトリン・アン・オースティン。あなたは人たらしで有名でしたね☆」

「そこまででもないさ。偶々彼女とは昔、多少の縁があってね」


 私は辺りをキョロキョロ見渡しながら歩きます。私の斬撃は、私の周囲を自動で記録する。


(あの不定形のドロドロした人型の集団は、確か……『明星の旅団』? あそこのセールスマン風の連中は『境界領域商会』だろうし、うわうわ! あれって『るるいえ』の人たち? わあ、初めて見ちゃった! これもこれでスクープ!)


 なんてキョロキョロする私の前方を、塞ぐ2つの人影がありました。


「はあ。君を呼ぶのは、もっと先のことだと思っていたのになあ」


 私の眼の前に立っていたのはバニーガール姿の少女――アメリア・マクビール生徒会長でした。Corporationsに無限数存在する彼女は、私も何度もお会いしたことがあります。天空競技祭の時は、隣で実況だってした仲だし。その隣に居るのは、ジャッカルの頭を持つ……SSさん? 半人半獣の彼は異界からの来訪者か、或いは別次元の存在でしょう。


「アメリア会長!? まさか、本当に……」

「たはは。全く、もう少し時期がズレていたら、こちらから取材のお願いをするつもりだったのにな。権力者の思うようにいかない辺り、マスコミの鑑だねえ」


 アメリア・マクビール。Corporationsの現役生徒会長であり、その学園のGDPを急激に促進させた立役者だ。今最も影響力のある大人物と言っても過言ではない。恐らく、『十輪のクレマティス』にも推薦されるだろうと個人的に見ていたのに……。


「どうして……なんであなたが、こんなことを……?」

「君には全部話すよ。だけどここに来るまで、随分長旅だったんじゃない?」

「それは……まあ」


 長い旅路だったのは確かです。大体、第21地区は終末停滞委員会とは関係を断絶しているのだから。いろんなものを偽装して、遠回りして、ここまで来ました。


「最高のおもてなしでお出迎えさせておくれよ。ほら――お祭りのはじまりだ!」


 彼女が手を上げた瞬間、街中から沢山の『アメリア・マクビール』が現れる。それらはバニーさんだったり、歌手さんだったり、踊り子だったりと、沢山の種類の装いを身にまといながら、私の事をおもてなししてくれた。


「この大規模な学園の急速な建立! あなたの片羽『君を見てるY-O-U』の効果でしたか!」


 アメリア・マクビールの能力――それは無限の自分を局所的に生み出す事。つまりは無限の人口であり、無限の労働力。正に『何もない場所に国家を作りだす』という、無法にも程がある能力です。


「さあさあ、折角だからたっぷり見ていってよイシスちゃん。私達、この学園を作るのに、とってもとっても頑張ったんだから」

「そりゃあそうでしょうけど! アメリア会長! この事が明るみになったら――」

「学園反逆罪。私は当然生徒会長の座も追われるし、なんならきっと、捕まってしまうね。反現実団体をこの場所に誘致しているから、終末停滞委員会の法も幾つも犯してる。きっとカウスも黙ってはいないだろうね」

「……まさか……あなたは……Corporationsを、捨てたんですか?」


 私の疑問に、彼女は笑って首を振った。


「ちょっと違う。私自身を、私自身が、Corporationsから捨てたの」

「確かにあなたの存在はCorporationsにとって巨大すぎる。多くの歪を生み出していたのも事実です。でもあなたは、あの学園を好きだと思っていました」

「好きだよ。大好き。でも自分の願いが全部叶うほど、世界って単純じゃないんだよね。あと10年でCorporationsの労働の60%は私に代替されるって試算があったんだよ? ……そんなのさ、流石に、良くないよね」


 彼女の寂しげな表情を見て、私は悟るのだ。彼女にとってこれは次善の策だったのだと。本来なら故郷のCorporationsを発展させたかった。しかしそれは無理だと気がついた。故に――新しい学園を作った。自分の願いを100%発揮出来る場所を。


(言っちゃなんだけど、マジでイかれてるなこの人!)


 自分を無限に生み出せる資源にしてまで、人々に尽くそうとした、マジモンの英雄だもの。きっと常人では理解出来ないレベルの思考を持っているのだろうけどさ。


「それで……私、いつまでここに拘束される予定です? 出来れば早く帰って、原稿を仕上げたいのですけれど」

「残念ながら、当面は無理だね。……はあ。予定狂っちゃったよ。本当はもっとゆっくりと、私の引き継ぎ作業を行う筈だったのに」


 Corporationsに無限に存在するアメリア会長。彼女が突如居なくなれば、学園は大混乱に陥ります。けれどこんな新興学園を作った今、Corporationsに居るわけにはいかない。


「私がCorporationsから亡命に成功するまでの間は、九燈学院に居てもらうよ。2~3ヶ月程度になるかな。大丈夫。君は超VIPとして扱うし、好きに取材をして構わない。その間、彼女に君の面倒を見てもらうから」


 アメリア会長が、ちらりと横を見る。そこに居るのは、ジャッカルの頭を持つ少女だった。彼女は尻尾を僅かに振りながら、小さく呟く。


「イ=レグです。竜の国から来ました。身の回りのお世話をさせて頂きます」


 瀟洒なスーツに包まれたジャッカルの少女は、礼儀正しく頭を下げる。――つまりは私の見張りということだ。


(しかし、『竜の国』ですって!)


 それは地球上の様々な門を通って行くことが出来る、地球で2番目に大きな異界だ。通称『幻想の墓場』。地球とは国交を断絶しており、情報も決して多くはない。


「そっか。変な感じがすると思いました。まさかこの街、現実性が……!」

「地下に全長900mの空白釘ブランクスパイクを打ってある。現実性は0.95。ナクサ指数は脅威の99.7だよ」

異なる法パラレル・ローに属する人々が、極めて生息しやすい土地なんですね」

「分かる? その通り。ここまで安定している環境はフルクトゥスでも珍しい。特に、どの反現実団体にも確保されていない土地はね」

「しかし、それだけに安定した多次元からの流入先になると言うことです! 巨大な空白釘の設置は、学園法で禁じられて――」

「――私はそうは思わない。どうせ多次元からの局所的な流入は避けられないんだ。であるなら受け皿を作るべきだし、それに……私達の毀れかけのこの次元を守るためには、今まで以上に、異なる法パラレル・ローの研究は必須だ」

「……!」

「前々から思っていたんだ。終末停滞委員会は『天使像』の力を当てにしすぎている。銃痕・片羽・斬撃。余りにも強い力のせいで、他の可能性を安く見積もる嫌いがある。強いて言うなら、蒼の学園ぐらいでしょ? 形振り構わずに技術を底上げしようとしているのは」

「……学園最大のテック系企業の発起人であり、元CEOが言うと説得力ありますね」


 とは言え彼女の言葉は過激なのは確かだ。別次元の連中っていうのは基本的に悪辣だし、ずる賢い。そして何より――私達よりずっと強い。


「連中は私達のことを、利用できそうな家畜程度にしか見ていません」

「終末停滞委員会の人たちはよく言うよね、そういう事。けれど彼らはこの次元では限定的にしか行動できず、何より利益の為に動く。利用できる所は十分ある筈だ」


「……異なる法パラレル・ローには発展可能性がありません」

「しかし、明確な技術は手に入る」


 例えば別次元から車を買ったとしても、この次元で動くとは限らない。例え動いたとしても、全く違う法則で動く魔法の車は、どれだけ研究しても魔法でしかなく、後の技術の発展に繋がりにくいのだ。このあたりも終末停滞委員会がよく言うことではある。


「私はCorporationsで数百万人の私になって、誰よりも様々な知識や技術を蓄えた」

「……!」

「そして次は無限人数の私が、異なる法をそれに応用するの」

「あなたは……」


 まさか、それがアメリア・マクビールの作戦か。


「あなたは……たった一人で、天使像を凌ぐ技術を開発しようとしてるんですか」


 それは最早――第二の恋兎ひかりどころの騒ぎではない。彼女の存在そのものが、世界の根幹を揺るがすノイズになる。或いは終末停滞委員会によって、彼女も『終末』に登録されてしまうのではないだろうか……?


「こ、こんな無茶苦茶、止めなかったんですか!? ケイト隊長!」

「うーん。そう言われてもな」


 かつてケイト隊長は、恋兎ひかり個人が持つ力の大きさに警鐘を鳴らし、彼女を暗殺しようとした。結果、失敗し幽閉されたが、フルクトゥスに住む多くの人々が、自信を持ってケイト隊長を違っているとは言えなかったはずだ。


「アメリアは、他人の為に自分を無限に増やすような、利他の化物だ。本当の怪物だよ。しかしだからこそ、彼女には大義がある。それは恋兎ひかりにはなかった、英雄を目指す道筋そのものだ。であれば私は、彼女と共に行く。どんな結果になったとしても」

「……なるほど」


 そうか、ケイトリン隊長が危惧していたのは、恋兎ひかりの信念の無さだったのか。だからこそ良いともとれるし、だからこそ悪いとも言える。恋兎ひかりには、危うさがある。


(しかし、アメリア会長にはそういう2面性がない……!)


 徹頭徹尾、世界を守るために動く、前代未聞の化物だ。人間を救うために、人間であることさえ捨てた、そういう渇望を持っている人。ある意味では、誰よりも信用がおける。その魂の形が、明確すぎる程に明確だから。


「この九燈学院は誰も拒まないし、誰も追わない。全く格差のない、楽市楽座。技術だろうと知識だろうと人材だろうと、汎ゆるすべてを受け入れる」

「…………」

「イシスちゃん。君――『面白い』って顔、してるよ?」

「……っ」


 そりゃあ――面白いに決まっている。だって私は記者だもの。彼女の思想は余りにも冒険的だ。危険なのは間違いない。きっと終末停滞委員会はこの学園を許さないだろう。しかし……彼女の行く末には、興味を惹かれる。


「……でもやはり、手放しでは褒められません。こんなの絶対戦争になる」

「まあね。終末停滞委員会が許さないだろう。しかし、そっちも手は打っているんだよ」

「……蒼の学園、ですね」

「ふふ、さすが」


 考えたら分かることだ。終末停滞委員会との戦争を避けるためには、三大学園のどこかの庇護に入る必要がある。アメリア会長の思想に最も近いのが蒼の学園だろう。しかもあそこはリスクを好み人権意識と遵法精神が低く、良く言えば――柔軟だ。


「九燈学院を『学園』の1つだと、蒼の学園に認めさせる! これさえ出来れば、終末停滞委員会も簡単には手出し出来ない」

「……既に、方法は考えているってわけですか?」


 私が尋ねると、アメリア会長は笑った。


「うん、勿論。王様に護ってもらうんだ。貢物はたっぷり用意しないとね」


 その笑みを見て、私は気がつく。私は、アメリア・マクビールという少女の人間性について、勘違いしていたのではないだろうか?


(彼女のことを『奉仕者』だと思っていた。労働で疲れた人々の足を拭いて、その笑顔で満たされてしまうような、心の優しい奉仕者だと)


 しかし、それは違うのだ。


(彼女は――『挑戦者』なんだ)


 途方も無い程の屍山血河の道を、血だらけになりながら歩く人。あるかどうかもわからない理想郷を求めて、ボロボロになりながら、ただ一人でも歩き続ける人。

 ああ、このアメリア・マクビールという人は。


(たった一人で、終末停滞委員会を凌ぐんじゃ――)


 誰かに伝えたいな、このことを。と、単純に、思った。


   ■


(いや、いかんわこの学園)


 そして1週間ほどこの学園で暮らした私は、そんな結論をつけていた。いかん。この学園、終末停滞委員会を凌ぐわけがない。その辺の弱小学園よりも発展性は低いだろう。


(まず第一に『労働』する必要がない)


 私は街から外れたオアシスにビーチパラソルとビーチチェアを広げて、甘いカクテルを飲みながら考えていた。護衛のジャッカル、イ=レグは真面目に直立している。


(インフラや福祉、医療に至るまで、全てアメリア会長1人がこなしている。ベンチャー企業やカジノの運営、基礎研究や開発。全部がアメリア会長の仕事だ。残っている仕事は、外交や輸出入、軍隊の部分しかない)


 学園の敷地内では、全てがアメリア会長の仕事だ。故に住人はそれ以外の部分で働くしかないのだが……殆ど残っちゃいないのだ。


(そもそも仕事なんてしなくても生きていけるしね。食料はタダ同然。ベーシック・インカムがあるから生きていくだけなら簡単で。問題なのは、ここにはカジノがあるってこと!)


 仕事をせずにギャンブルに夢中になって破産する人々が、すでにこの学園では問題になっている。しかし外貨の獲得の殆どはカジノ産業であり、それを止めるわけにはいかない。


「結局この学園は、全部、アメリア会長の為にある。って感じですよねえ」


 私が呟くが、イ=レグは黙って前を向いているだけだ。彼女は無駄なおしゃべりが好きではないらしく、口から先に生まれたと言われる私からすると、少し寂しい。


「あまりうちのをいじめないでくれ、イシス」


 そう笑ってオアシスの泉から上がったのは、緋色の髪を持つ、ケイト隊長だった。彼女は女の私でもドキッとするようなプロポーションを晒しつつ、隣に座る。


「いじめてなんかいませんよ?」

「レグは口下手だが、尻尾で気分が分かる。ほら見て、しゅんとしているだろ?」

「言われてみれば」


 レグさんは、ちょっと恥ずかしそうに視線を逸らした。


「……私はアメリア様を敬愛しています。彼女のおかげで、私の居場所が出来ました」


 彼女が呟く。そうか。だとすると、私の言葉は気に触ったかもしれない。


「しかし、ケイト隊長。この学園は、共同体としての体をなしてませんよ」

「まあな。問題はかなりある。だがアメリアがそれに対して素早く対処は行っている。彼女には無限のリソースがあるからな。じきに解決するだろう」

「記者からの忌憚なき意見を言わせて頂いても?」

「勿論。あなた程の記者はこの学園には居ないからね」


 彼女の尋常ではなく良い顔に、ちょっとドキっとしつつ。


「ここは――アメリア会長の箱庭です」

「ああ」

「彼女が、更に最強になるための場所」

「……そうだな」


 ここは共同体ではない。何故ならこの学園には、実質的にアメリア・マクビールしか居ないからだ。現に、元警備隊長ですら暇そうに時間を持て余している。


「彼女は、神様にでもなるつもりなのですか?」

「……鋭い意見だね」


 ケイト隊長は笑ってから。


「しかしそれが、アメリアという少女の本来の力なんだ」

「えっ?」

「たった1人で、王にも国民にも召使にも、そして――神にもなれる少女。それが彼女にとっての『自然』なんだ。正しいとか、正しくないに、関わらずね」

「……」

「彼女は今、戦っている。この場所で、必死に、ただ1人で。神様よりも、ずっと良い何かになるために。きっと、世界の何かを変えるために。……彼女は、孤独だ」


 寂しげに、ケイト隊長が呟く。

「だから私は、決めているのさ」

「何をですか?」


 緋色の髪を、オアシスの風で揺らしながら。少女は笑う。


「私は最後まで、彼女を見守る。その行く末が、天国だろうが地獄だろうが、共に行く」


 それは自分の戦いを既に終えてしまった少女の、祈りのような願いだった。


「……もしも、アメリア会長に、1つだけ幸運があるとするのなら」

「ン?」

「それは、あなたという仲間に恵まれたことですね」


 私の言葉に、ケイト隊長は一瞬キョトンとして、すぐに、それを噛みしめるように、どこか泣きそうな顔で、笑った。


「どうかしましたか?」

「……故郷の友達の事、思い出しただけさ」


 オアシスが徐々に藍を帯びていく。きっと、もうすぐ夜が来るのだろう。

 広大な砂漠に、黄金色の月が昇るのだろう。

 この緋色の美しい少女は、静かに、それを見守るのだろう。

刊行シリーズ

こちら、終末停滞委員会。5の書影
こちら、終末停滞委員会。4の書影
こちら、終末停滞委員会。3の書影
こちら、終末停滞委員会。2の書影
こちら、終末停滞委員会。の書影