異能アピールしないほうがカワイイ彼女たち

一章 猫だって波瀾万丈 ③

 顔を近付けたのは、引き戸のすりガラスにテープで固定されている紙。


「来たら貼ってあったの。横暴も甚だしいわ」


 朔先輩が子供っぽく唇を尖らせる理由は、


「なになに……『元文芸部の部室を利用している生徒二名に勧告します。昨年度の活動を考慮した結果、貴殿らには当施設を貸し出すに値する実績がないと判断されました。よって速やかに退去するか、異議がある場合は所定の手続に従い疎明資料を提出――』……へぇ」


 無機質ゆえに強硬さを漂わせる文字の羅列を読み上げながら、僕は「とうとう来たか」という感覚で驚きもなかったが、部長の方はそうでもないらしい。


「生徒会からの宣戦布告と解釈していい?」

「いや、ただの事務連絡なのでは……」

「失礼極まりないわよね。これじゃまるで私たちがこの部屋の中で日がな一日、部活動という大義名分を盾にしながら、お茶したりダーツしたりピラティスしたりクソ映画の鑑賞会をしたりゾ○ドを作ったり、統一性に欠ける児戯にふけっていたみたいじゃない」

「紛うことなき事実ですよね。申し開きできますか?」


 僕の方は、部室に残されていた小説を読んだり(なけなしの文芸部要素)授業の課題をやったり。多少は生産性も垣間見える過ごし方だったが、買ってきたプラモを組み立てて塗装までしていた朔先輩は完全にアウトだと思う。


「おかしいわね。どうして外の人間にバレたのかしら」

「バレたらまずい自覚はあったんだ……あれじゃないですか、シンナーの臭いが窓から漏れてくるもんだから、非合法な薬品でもキメてるんじゃないかという疑惑が」

「冤罪よ! 私はただケーニッヒウルフをマットブラックに染め上げていただけ……」

「染めるな! 素組みで我慢しろ!」


 苦言を呈す箇所を間違えている。腐ったミカンなのか割れ窓理論なのか、僕もすっかり毒されている証拠だった。


 

「えーっと……これは僕ので、こっちは朔先輩のやつだろ。ごみは分別して、ラベルの付いた本は図書室に返却。残りは最初からあったし備品扱いでいいよな」


 寂寥感に浸るわけでもなく、僕は一年間お世話になった部室の撤収作業を進めていた。

 換気がてら窓を全開にしていると春の風が舞い込んでくる。新天地を目指して引っ越しの準備でもしているような高揚感だったが、


「ちょっと、ちょっと、ちょっと、ちょっとぉー!」


 朔先輩は穏やかじゃない様子。いつもなら上座の席に悪い意味でどんと構えているはずなのに、今日に限っては僕の周囲を右に左にウロウロ。

 無駄にいい匂いを振り撒いてくるのだが、正直言って目障り極まりなかった。


「何を一人でテキパキやっているの?」

「さっきの紙っぺらにも書いてあったでしょ。速やかに退去しろーって」

「大人しく従うつもり!?」

「他に選択肢が? ほら、この変な狼のロボット持って帰ってくださいよ」

「あ、こらっ、デュアルライフルをつまんじゃ駄目、落っこちたらどうするの!」

「……すみませんね」


 そんなに大事なら神棚にでも飾っておけばいいのに。


「昔から思っていたけど……翼くん、家でプラモデルの一つも作ったりしないの?」


 塗装済みの黒い狼(元は白だった)を手乗りインコみたいに抱えた朔先輩は、怒るでも悲しむでもなく息子の将来を憂うオカンの目。


「エアブラシの使い方も知らないまま大人になるんじゃないかって、心配になってくるわ」

「部屋に飾るなら艦船や城の模型の方が好きなだけです」

「マニアックが過ぎるのでは? ギャップ萌えとか狙ってる?」

「エアブラシを使いこなすJKに言われたくありません」


 噛み合わない。これまでも、たぶんこの先も。一事が万事、好きなお笑い芸人から目玉焼きにかける調味料まで、朔先輩とは趣味嗜好が徹底的にズレており。


「……ここに来て一年、ですか」

「何よ、唐突に回想して」

「部員がみんな卒業して廃部寸前だった文芸部を、『私たちの手で面白おかしく魔改造してやりましょう!』って……今思えば、あれはどう考えても不法な乗っ取りじゃないですか」

「たった一つの冴えたやり方と言ってもらえる?」


 悪びれもしない朔先輩に、僕は片頭痛を発症する。本来、部の新設には最低五人の部員が必要な他、活動内容については厳正な審査に処されるのだが。我が校の特色として、いったん設立さえすれば以降はかなりゆる~い運用がなされている。

 所属する生徒がゼロにならない限り潰れることはないし、なんなら名称や活動内容も事後的に変更できてしまうらしい。善意の元に成り立った穴だらけの制度で、過去に悪用する者が現れなかったのが奇跡。よもやその先例になり得る悪玉がこの人だったなんて。


「知らぬ間に闇バイトに加担する若者ってこういう気分なんでしょうね」

「善良な市民を犯罪者みたいに扱うのね」

「どこが善良ですか。大方、隠れて暇つぶしできる溜まり場が欲しかっただけ……」

「半分は当たっているけれど」

「言い訳くらいしてください!」

「わーお。浮気を問い詰める彼女みたい」


 否定しても肯定しても怒られるヤーツ、と言われるのを先読みした僕の中で面倒臭い彼女ムーブが加速したわけだが、「ただね、翼くん?」追撃を封じるように、朔先輩はピンと立てた人差し指を突き付けてくる。


「あなたと一緒にここで何かやりたいと思ったのは本当だから、そこだけは信じて」

「…………」


 正直なところその部分については――当時の僕が置かれていた境遇とか、朔先輩の性格とか諸々の状況証拠を加味して――さほど疑っていなかったりする。

 問題は当人のやる気、ひいては規範意識の低さにあった。


「僕だって最初は、さぞかし公共の利益に資する活動をするんだろうと期待していました。そのために助力も厭わないつもりでいました……なのに、だ?」


 僕の瞳に怨嗟を感じ取ったのか、「う、うふっ?」朔先輩の目が泳ぎ始める。


「蓋を開けてみればグダグダ、だらだら、ごく潰しみたいな生活を送ってばかり」

「そ、それは、まあ……眠れる獅子というか、明日から本気出す的なアレ……」

「一向に出さなかった結果が現在ですよね?」

「ど、どうしたの~、翼くん。今日のあなた、ちょっぴり怖いわよ?」


 と、元々シャツによって締め付けの刑に処されていたバストをぎこちなく寄せる朔先輩。


「ほら、おっぱいでも揉んでリラックスする?」

「……チッ」

「男子高校生がおっぱいに舌打ち!?」


 ここで実際に手を出そうものならそういった行為に免疫のない彼女が失神しかねないのを熟知している僕は、代わりに養豚場のブタを見るような冷たい視線をくれてやるのだ。


「と……とりあえず話し合いましょう、ね?」


 朔先輩は乳を持ち上げるのを解除して猫なで声、僕の機嫌を取ろうとするのだが。


「もう手遅れです。ここら辺が引き際でしょう。見事に何の成果も得られませんでした」

「ストップ、勝手にまとめに入らないで」

「ロッカーに入らない荷物を置くのとか、自習室代わりに使う分には重宝しましたよ」

「わかった、わかりましたから……」

「今まで大変お世話になりま――」

「ごめんなさいってぇーっ!!」


 突如『うえええん』に濁点を付けたみたい汚い声で鳴いた(≠泣いた)朔先輩は、平謝りという言葉を体現するようにぺったん座り。尿意を我慢しているのか服従の意思表示なのか、開いた膝の間に両手をつき、スカートの中のでかい尻を床に付けている。

 見るからに腰を悪くしそうなそのポーズに、


「えぇ……?」

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