異能アピールしないほうがカワイイ彼女たち
一章 猫だって波瀾万丈 ④
僕は若干、引いていた。困惑というのが正しいか。今の三分にも満たないやり取りからも察せるくらい、僕と朔先輩は水と油。離れ離れになったところで弊害はないどころか、あるべき姿に戻るだけなのは共通認識だろうに。
「私たちはまだ何も成し遂げていないじゃないっ!」
三行半を突き付けられた無職の亭主みたいに焦っている女。
「いや、成し遂げていないからこそ解散なのでは?」
「語るに落ちてしまったわ……ではなく、未来の話をしているのよ。過去を猛省して心を入れ替えます。これからは真面目に部活動に励みます。ですからどうぞ寛大な処置を、わたくしめに今一度のチャンスを~」
「……」
それこそヒモ男が「今度こそは働き口を探す」と、口から出任せをほざくような。そのままの足でパチスロに行きかねないアホに、「じゃあこれ使ってスーツでも買いなさい♡」と現金を渡すのは天性のアホだけど。朔先輩が珍しく自ら更正を口にしたのも事実。
なにより、スタイル抜群のJKを土下座みたいな姿勢で目の前に侍らせているこの状況は、彼女に劣情を抱くくらいならスーパーの練り物コーナーに陳列されている竹ちくわにでも同じ感情を抱いた方がマシだと思う僕にとっては、看過できなかったため。
「ハァ~、もう……わかりました。とりあえず立っ」
「ありがとう」
食い気味で立ち上がった朔先輩は、スカートに付いた埃をセルフスパンキングみたいにパンパン払う。切り替え早すぎだろとは思ったが、恥じらいを感じられない(一言でババ臭い)その所作に、僕の精神衛生は保たれたのでヨシッ!
「さ~て、こうなれば乗り掛かった船よ。一気にスターダムにのし上がって、実績がないとか戯れ言をほざいている連中をぎゃふんと言わせてやりましょう」
「野心を抱くのは結構ですけどね、そもそもここって何をする部活なんですか? いつまでも文芸部の名前を借りているわけにもいかないし……」
「同感ね。先代の意志を継ぎつつ、ウィットに富んだ名称にグレードアップしましょう」
「継ぎはするんですね」
ちなみにこの議題は以前にも話し合われており、その際に出た案としては確か『文芸部ビヨンド』→『文芸部と秘密の部屋』→『文芸部~破界篇~』という、あとからシリーズを見返す人が順番に困る映画のタイトルみたいな変遷を経た末、
「今の仮決めはなんでしたっけ?」
「『帰ってきた文芸部』」
どこに出張中だったのか。
「迷走気味ですけど、何かいい案あります?」
「そうねー……社会奉仕に服するという意味で『奉仕部』とか。生徒たちの良き隣人でありたいという意味で『隣人部』とか。あるいは『世界を大いに盛り上げるための斎院朔夜の団』の頭文字を取ってえす――」
「真面目に考えてもらえます? 先代の意志を継ぐ気ゼロじゃないですか」
「ジャ~ストキディング。ナウなヤングに馬鹿ウケなネーミングを随分前から温めていたの」
「賞味期限が切れてなけりゃいいけど……」
「ふっふっふ……では、発表します」
ツカツカ歩いていった朔先輩は、三月のままになっていた壁掛けのカレンダーを引っぺがすと、ペン立てに差さっていた黒マッキーを抜き取る。ポンッ、キュッキュッ、キュルキュル――小気味いい音とは裏腹に不快感が増したおよそ七秒後。
「じゃじゃ~ん!」
書初めを見せびらかす小学生、もとい高三女子。大判の裏紙に書いてあったのは、
『文芸部( )!!』
やけに達筆というか行書体チックなのは置いておき。
「その微妙な空欄部分はなんです。埋めてくださいよ」
「ノンノン、そこがミソなのよ」
ニヤケ面の朔先輩は物理的に鼻を高くしている。
「画竜点睛を欠く、というのは浅はかなものの見方であってね。いわばこれば伸びしろ――森羅万象ありとあらゆるもの、完成してしまえば衰退の一途をたどるしかないでしょう。だからこうして、未完成の部分をあえて残すことにより災悪を払う……」
「東照宮の逆柱とか、徒然草の瓦残し?」
「うん。的確すぎて私の高説が霞むわね」
歴史的風習に基づいているため、説得力はあるけど。
「活動内容が相変わらず行方不明です」
「あくまで表記上ってだけよ。私の中にはちゃーんと答えが入っているわ」
「……具体的には?」
「文芸部(新宿の母)とか、文芸部(原宿の母)とか、文芸部(銀座の母)とか」
「ここ思いっきり二十三区外なんだけど……なぜ占い師の母シリーズ?」
「みんな大好きでしょ、占い。特にほら、高校生といえば恋に恋する盛んな年頃」
「多感な、です」
「ゆえにその問題を解決することは彼らの幸福に直結しているはず」
「……まさかと思いますが、生徒の恋愛がらみの相談に乗るんだとか、それにアドバイスして快方に導くんだとか、そんなことを考えてます?」
「大当たり」
随分お利口さんというか、朔先輩にしてはまともすぎる発想で拍子抜けだったが。
待て、早まるな、この計画には致命的な欠陥がある。
「要するに恋の伝道師が爆誕ってわけね。腕が鳴るわー」
「盛り上がってるとこ恐縮ですが…………え、誰が恋の伝道師ですって?」
「私よ、わ・た・し……って、ああー! 鼻で笑ったわねぇ、今ぁー!」
これが笑わずにいられようか。百戦錬磨の恋愛通みたいに自称しているけど、
「そもそも朔先輩は彼氏もいないでしょ」
僕のど真ん中ストレートを受けて、ぐえっ、と断末魔のようにえずいた朔先輩。
「い、今はね……確かに、今は……」
「含みを持たせていらっしゃいますが過去にいたのかも怪しい。いや絶対いないだろ」
「どうして言い切れるのようっ!」
「まともな青春を送っている高校生は毎日こんな場所で暇を潰したりしないからです!!」
「完全にブーメランじゃない!」
「わかってます、だから無謀なんです!」
僕にも適性がないということは、二名しか存在しない構成員が全滅したことを意味する。
「頼むから考え直しましょう、ね?」
「……やだっ。これにするっ。もう決定だからっ」
「こ、この人は……」
ツーンとそっぽを向いた朔先輩は精神年齢が十歳は退行。耳を澄ませば何やら「ペルソナのクリスマスで九股くらいしてたもーん」とか「ときメモのバレンタインで全員からチョコもらったもーん」とか、何を言っているのかサッパリだが。
彼女が数多持つ悪癖の一つ――絶対に無理だと言われたことは死んでも実現させたがる、通称『逆張り天邪鬼』が発動していた。こうなってしまったら止めるのは困難。
「…………百歩譲って、お悩み相談室的なものを開くにしても。色恋沙汰に限定するのはいかがなものかと。もう少し間口を広げた方が集客を見込めるのでは」
「一理あるわね。じゃあ、当面は文芸部(迷える子羊大募集!)とかにしておきましょう」
「胡散臭さしかない」
「ケセラセラ。怒涛の羊が殺到してくる未来しか、私には見えないわ!」
どこから来るんだ、その自信。老後は田舎に小さな喫茶店でも開きたいわ~、とか夢うつつを抜かすタイプの女は一笑に付すべきなのを知っているはずなのに、僕は笑う気にはなれなかった。その嘲笑が自分に返ってくる予感がしたから。案の定、
「というわけで、いい感じに宣伝や広報をお願いねー?」
「……」
拝むように合わせた両手と一緒に、体を斜めに傾けた朔先輩。墨色の長髪が絶妙に映える角度でお伺いを立ててくる。そのあざとさに騙されたわけではない。彼女に更生を促したのは僕で、発破をかけたのも僕で、身から出た錆の以上は文句も言えず。
「忙しくなるわよ、これから。とりあえず水晶玉を用意して……」
「いつになくやる気ですね」