異能アピールしないほうがカワイイ彼女たち
一章 猫だって波瀾万丈 ⑤
「当たり前でしょーが。翼くんのためにも、この部は絶対に存続させてみせます!」
「……は、僕のため?」
「だってあなた、ここが使えなくなったら放課後に行く当てがなくなるでしょ?」
「普通に帰宅します」
こんなことなら、統一性に欠ける児戯にふけってくれていた方が楽だったかも。そんな発想がよぎる時点で、僕も先輩と同じ穴のムジナかもしれない。
文芸部(みたいな何か)の再出発がめでたく決定した翌日。
「……無理があるだろー、やっぱり」
昼休みと共に購買へダッシュ――最後の一つを手中に収めたカスクートを堪能しながら、僕は早々にコンセプトの破綻を感じ取っていた。
机の上に広げているのは職員室から取ってきた用紙二枚。部活動に関する変更届けだ。
片方には『文芸部( )』という含蓄に富んだ名称が、もう片方には『生徒が抱える多様な問題に寄り添う過程で、青少年の健全な心の在り方について学ぶ』云々、朔先輩が三分足らずで発案した素晴らしい活動内容が記入されている。
あとは生徒会に提出して緩い審査を経るだけ、万事順調に思われるのだが。
――冷静に考えろ?
これが承認された暁には、晴れて朔先輩(……と、僕)は思春期の生徒たちに助言するスーパーアドバイザーの称号を得る。無論、真っ当な人間がこんな怪しい組織に助言を求めるとは思えないが、万が一まかり間違い、無垢な子羊が本当に救済を求めてきたとしたら、どうだ。朔先輩(……と、僕)に導くことができるのか。
断言しよう、僕には無理だ。寄り添うのも、逆に説教するのだって性に合わない。
そんなわけで朔先輩の出番になるわけだが。あんな人間に上から物を言われるくらいなら公園のアリにでも独白する方が有益――と思うのは僕が彼女の自堕落さを知っているから。外面だけはすこぶる良くって、口八丁手八丁に長けているので、似非心理カウンセラーじみた素養があったりなかったり……いや、実態はどうでもいい。
目的はあくまで対外的に「働いてますよ?」とアピールすること。張りぼてだろうと景表法違反だろうと構わない。朔先輩のカリスマ性をフル活用して一介の教祖に仕立て上げ、集まってきた信徒のみなさまに「それっぽいお言葉」を授ける――
「いつから僕は詐欺師の元締めになったんだ……」
良心の呵責に苦しむ十六歳。カウンセリングは誰に頼めばいい。
他愛もない会話や笑い声で満たされる教室の中、井の頭線に乗るサラリーマンみたいな目をする僕はさぞかし近寄りがたいオーラを放っていたはずだが、
「大丈夫、古森くん?」
その陰鬱な領域に踏み込んでくる猛者が一名。
柔らかい声音に顔を上げれば、落ち着いた髪色の女子生徒が僕を見下ろしていた。はっきりした目鼻立ちに、温和な雰囲気を併せ持つハイブリッド。襟を正した制服の着こなしは利発そうで、違法風俗店じみた朔先輩とは対極に位置する。
「……舞浜」
「やっ。どう? 記入の仕方、わからない部分あったら教えるけど」
「平気だ。むしろ順調すぎるくらい……」
「だったらこの世の終わりみたいに項垂れないでよ」
心配になっちゃうからさ、と窘めてくる彼女の名前は
未だに一部のクラスメイトの顔と名前が一致しない僕でも、一年から続投してクラスが同じ彼女は例外――というか、おそらく去年も舞浜の名前は初日から覚えていた気がする。それだけ目立つ存在だということ。
「お、ホントにもう書けてるんだね。仕事が速くてよろしい」
「書けただけだ。提出するかは決まって……」
「ちょ~っと拝借しますね」
「あ、おいっ」
女の子らしい指がするりと伸びてきて、隠す間もなく二枚の紙が奪われてしまった。
「ほうほう、ふむふむ、文芸部かっこ空白かっこ閉じる、ですか。なるほどねぇー……」
「音読しないでくれ」
間抜けさが際立つから。穴を掘ってブラジルまで突き抜けたい気分だったが、舞浜は興味深そうに瞬きするだけで苦笑も苦言も漏らしはせず。
「これ、空白も含めた名称って理解でいい?」
「希望としては、な。駄目か?」
「ううん、OKじゃないかな。使用する文字に制限はなかったと思うし」
「マジで緩すぎだろ、この学校……」
「じゃ、このまま私の方で提出しておくねー」
待てと言う暇すらなく。舞浜は綺麗に折り畳んだ紙を胸ポケットに差し込んでしまう。すらりとした体型の彼女だが決して病的に細いわけではなく、胸元にはしっかりと膨らみを確認できるのだから、いや、そもそも大小の問題じゃなく。
無作法に手を突っ込んだりすれば社会的に死ねるため、奪い返す術はなくなった。
「安心して。責任もって会長に渡しておくからさ」
恨めしそうな視線を送る僕にセクハラ容疑をかけるわけでもなく、もっと見てくれと言わんばかりに胸を張る舞浜はどこまでいっても聖人。去年から引き続き生徒会の役員をやっているとかで、諸々の申請方法についても丁寧に教えてくれた。
「ちなみにそれ、承認にはどれくらい時間がかかる?」
「会長と顧問の先生に判を押してもらうだけだから、たぶん放課後にはすぐ……え、もしかして急ぎだったりするの? 今から行ってこようか?」
「いい、いい。なんだったら裏で破り捨ててくれても構わない」
「破りませんっての。せっかく再始動するんだから、文芸部かっこ空白かっこ閉じる」
「だから声に出すな、恥ずかしい」
「恥ずかしくない、ない。活動内容を見た感じ、お悩み相談室みたいなものを目指しているわけでしょ。悪くないコンセプトだと思うなー」
「……真面目にそう思う?」
僕は正反対のことを考えていたのだが、「大真面目」と頷く舞浜に迷いはない。
「同世代の人に、小さな悩みをラフに相談したいって思う層、結構多いんじゃないかな? あとくされない感じに……ほら、動画配信だとそれに特化したチャンネルもあるくらいだし」
「潜在的ニーズは高い、と」
「特にうちの高校って、ゆる――オホン、自由な校風を売りにしてるから、なおさら」
売りにしているのは初耳だったが。
「自由な校風が、お悩み相談の需要に結びつくのか?」
「単純に色んな種類の人たちが集まってるってハナシ。斎院先輩とか……まあ、私も含め、ミューデントの子が結構いるみたいだし」
「ミューデント専門の駆け込み寺にするつもりは、朔先輩もないと思うけど」
「いやいや、むしろ悩んでいるのは周りの方だったりして」
「…………」
「あ、深い意味はないからね」
舞浜の性格上、言外の意図は本当にないのだろうけれど。
差別が排除され政治的な正しさが強調される昨今、大半のミューデントはミューデントであることを公表しているが、それも二世代ほど上のジジババに言わせれば「考えられない」ことなのだとか。僕たちの生まれる以前には、様々ないざこざがあったらしい。
総括して言えるのは、ただ一つ。
「いい時代に生まれて良かったな、僕たち」
「高校生らしからぬ発言」
「僕はお前と一緒にいて悩んだことは一回もないぞ。朔先輩の方なら山ほどあるけど」
「前半部分は嬉しいけど……斎院先輩と古森くんって、仲はいいんだよね?」
「どうかな。部活がなくなればあっさり切れる仲かも」
「だったら頑張って存続させなきゃ」
「……つまり、僕には詐欺師になる道しかないのか」
「ちょっと何言ってるかわからない」
満を持して苦笑いを浮かべた舞浜は、「月並みなアドバイスだけど」と前置きして。
「やっぱり活動実績を上げるのが一番じゃないかなー。あとは部員の人数を増やすとか、数字に表れる部分があれば生徒会的にも評価しやすいよね」