異能アピールしないほうがカワイイ彼女たち
一章 猫だって波瀾万丈 ⑥
部員は適当に募集をかけておくとして、問題はもう一つの方だ。
「活動実績とか言っても、お悩み相談には試合も大会も存在しないだろ」
「うーん、そこが難しいトコではあるね」
文化系の部活は作品を発表するのが主――天文部だったら天体の写真を撮ったり、美術部だったら絵を描いたりして、何かしら形に残せるのだろうが。
「たとえば、だけど。相談に来た人みんなにアンケートを採るのはどう?」
「……当店をご利用いただいた感想をお聞かせください、的な?」
「そそ。『とっても助かりました!』『また来たいです!』『友達にも紹介します!』とか書いてあれば、部の実態と有用性の証明になりそうじゃない?」
「……逆に『一つも役に立ちませんでした』『二度と来ないです』『お勧めできません』とかのレビューで溢れていたら、即刻お取り潰しになりそうだな」
「そこは古森くんの手腕に懸かってるでしょ」
朔先輩の、な。いずれにせよ不安しかない。
「まあ、一年ペースでゆっくり考えたらいいよ。例の張り紙だってただの注意喚起で、すぐに廃部どうこうってわけじゃないし」
「温かいお言葉だ……ところで舞浜は今、何か悩み事を抱えたりしていないか?」
「さっそく呼び込みできて偉いね。けど、う~ん……特に思いつかないかなぁ。そもそも私は個人的なトラブルに人を巻き込みたくないっていうか……少なくとも、面識の薄い斎院先輩にいきなりヘルプを求めるのは、ハードル高い感じ」
「至極まともな発想で安心する」
「でも、私と違って『話を聞いてもらえるだけで楽になる』って人も一定数いるし。そういう人たちが来るのをじっくり待てばいいと思うよー……って、やばっ、もうこんな時間。部活のミーティング始まっちゃうから、そろそろ行くね?」
「ああ。色々サンキュー」
「ぜんっぜん。応援してるから」
最後に可愛らしく手を振った舞浜は、小走りに教室を出ていった。
彼女のような常識人(どこかの変人と比べて)に接することで、僕のメンタルは急速な回復傾向にあったわけだが、残念ながらその余韻に浸る暇もなく。
「いいよな、舞浜さん」
「……なんだよ、滝沢」
いつの間にか隣に立っていたのは軟派な男。タイミングを見計らったように現れたので、おそらく僕たちの様子を遠巻きに窺っていたのだろう。
「美人で明るく頭脳明晰に気配りもできる。これで人気が出ないはずないだろ、おい」
「かもな」
鼻息の荒い男と同族扱いされるのは御免蒙るが、昼休みの貴重な時間を費やして僕のカウンセリングをしてくれた辺りからも、舞浜の人格者ぶりは顕著。男女問わず求心力が高く、常に輪の中心にいるタイプ。それだけでも稀有な存在だが、一部の男性陣――ここにいる滝沢みたいな奴にとっては、さらに見過ごせないポイントがある。
「しかも舞浜さん、『人魚』なんだろ。あ、マーメイドの方がファビュラス?」
「どっちでもいいって本人は言ってたぞ」
「人魚ってさぁ……なんかもうそれだけで百パー美しいだろって思っちゃうの、俺だけ?」
お前だけだ、と言い切れない事情があるから侮れない。
「人魚が美形揃いだっていう統計は、以前から指摘されているな。エルフとかもそうだけど」
「へぇ~。サキュバスも似たグループ?」
「一緒にしたら失礼だろ。人魚にもエルフにも」
「お前、あの人にはちょいちょい毒舌だよな……けど、人魚って言えばやっぱり華麗な泳ぎっしょー。オリンピック出たら余裕で優勝しちゃったり?」
短絡的な発想しやがって、と言い切れない事情がここにもある。
「余裕で優勝はノーだろうな。人魚が水泳能力に優れているのは、彼女たちの肌が有する特異性――水に対する抵抗の他にも複合的な理由が絡んで、とにかく常人より速く泳げるように設計されてはいるんだけど。これは当然ながら全裸で競争するのを仮定した場合だ」
「ほう。人魚は水着を着ない方が速く泳げる、と?」
「そこが面白いところで。最新の競泳水着は撥水性に優れるだけじゃなく、着圧により筋肉のブレを軽減したり、人魚の肌を余裕で上回る性能だから。実は人魚も水着を着た方が速く泳げる。要するに現代の競泳において、人魚と僕たちに優劣は生じないって結論。技術面は後天的に身につけるものだから、差がないのは当たり前で――――はっ!」
過ちを繰り返してしまった。これじゃ僕はまるで人魚フェチの変態。ドン引きされるのも覚悟したが、「天晴な解説だな」滝沢はパチパチ拍手する。
「思わず素っ裸の舞浜さんが泳いでるところ想像しちまった」
「しても口には出さない方がいい」
「舞浜さん、古森にはやけに積極的っつーか……優しいよな。羨ましいぞ、こいつ~」
「みんなに優しい、の間違いだろ」
僕にとっての彼女は特別な一人かもしれないが、彼女にとっての僕はその他大勢の中の一人にすぎない。滝沢にとっても同じ理論が成り立ち、今は気まぐれで僕の隣にいるだけ。
そういう立ち位置にいられることが、僕にしてみれば至高の幸福だった。
同日、放課後。日直の仕事を終え職員室を出たところで、
「……おっ?」
ポケットのスマホが振動する。受信したのは舞浜からのメッセージ。
『部の名称と活動内容の変更、承認下りたよー』
「下りちゃったか……」
いよいよ本格始動。ビラを配りましょうとかポスターを作りましょうとか、嬉々として発案する朔先輩の姿が目に浮かぶ。それらをワンオペで任される自分の姿も。
「……新しい部員の確保を優先しよう」
喜びを分かち合うために。頑張るぞ、おー、と柄にもなく両手を上げて伸びをしていたら。
「ああー、いたいた! やぁっと見つけた~!!」
甲高い声が廊下中を反響しまくって、びくっとなる。振り返れば、肩で息をしながら歩いてくるのは一人の女子。吊り上がっているのにぱっちり開いた大きな瞳は、おそらく平常時なら人懐っこさを演出するのに一役買っているのだろうが、
「捜したんだからねぇ!」
現在は真逆、今にも噛み付いてきそうな肉食獣の印象だった。
「校舎一周しちゃったじゃん! 雨の日の野球部か、あたしはっ!」
「……ご苦労だったな、それは」
「こんなとこで何してんのー?」
「日直だから日誌を提出してきた」
「あぇ~、先に言っといてほしいな、そういうの。はー疲れた……マジしんど」
ボタンが二つか三つは開いたブラウスの襟もとに指を引っかけた彼女は、もう片方の手で紅潮した顔を扇いでいる。鎖骨に浮いた汗が眩しい。十中八九、朔先輩が同じ行為をしたら何かがポロリしかねないが、彼女の場合そういった配慮は不要だった。
解釈はそれぞれに任せるとして、
「…………」
僕の脳内で「誰だこいつ」という疑問が、「誰だったっけこいつ?」へ変貌する。
サイドテールに垂らした髪は、家で飼っている茶トラを思い出す明るい色。素肌感重視のナチュラルメイク、短いスカートに膝上の長いソックス、首や腕にアクセサリーがちらほら。
どれを取っても今どきの女子高生。僕があまり関わり合いを持たない人種――と、ようやく見当が付いた。TPOを弁えずセンシティブな話題で盛り上がる男子を、「うっさい!」の紫電一閃により黙らせる、大名ギャルみたいなお局がクラスにいるのだが。
その取り巻きの中に彼女を見かけたはず。役職的には旗本ギャル……って、失礼な考えはやめろ。結成一週間に満たないとはいえ、相手は歴としたクラスメイト様だぞ。
にもかかわらず、僕は、僕という男は――
「ぐふっ」
「うわ、大丈夫!?」