異能アピールしないほうがカワイイ彼女たち
一章 猫だって波瀾万丈 ⑧
そうしなかったのはひとえに、獅子原が僕を捜していた理由がわかってしまったから。
「ひょっとして……うちの部長に相談ご希望の方?」
「そーそー! ご希望の方なの!」
思った通り、記念すべき客人第一号。濡れ手で粟がすぎる。「いいカモを連れて来たわね、翼くん!」と、理想の上司からもお褒めの言葉がいただけそう、なのに。晴れやかな気分にはなれない。むしろ曇天、終電を逃してカプセルホテルを探す社畜の目を見て、何を焦ったのか獅子原は両手をあわあわさせる。
「も、もしかして、相談料お高いの……? できればうりぼーばらい的なのお願い」
リボ払いのことなら間違っても手を出すなよ。
「金は取らないから、代わりに簡単なアンケートに答えてほしいんだけど……」
「え、そんだけー? やったやったぁ、そんなの何枚だって書いちゃうよー、あたし」
一瞬「書いちゃうよー」を「脱いじゃうよー」に置き換えても違和感なかった。
この子はもう少し人を疑った方がいい。そんな女子を欺いているのは度し難いが、あくまで本人の意思で入信(?)を希望しているのだから門前払いは可哀そうだし。
「……じゃ、部室に向かおう」
「はいはい、よっろしくー」
進むも地獄、退くも地獄、乗り込んだのは泥船。どう転んでも落ちる未来しかない。
ウェアキャット――漢字なら猫人と表記するのが一般的だろうか。
いわゆる獣人系のミューデントに分類される。人狼が狼に似た性質を備えるのと同様に、猫人は猫(イエネコの起源とされる小型のヤマネコを指す)にまつわる性質を持つ。
つまり「猫なのに獅子です。がおー!」という自己紹介は、まず猫人が大型のネコ科であるライオンとは関係性が薄いことを確認した上で、にもかかわらず獅子の名を背負っている自分を皮肉り、ラストに「がおーってそれライオンの鳴き声じゃん!」というツッコミどころを設けている。完成度が高いと僕は思ったが、世論の支持は今一つ。
無論、あくまで現実世界の物理法則に基づくため、ファンタジーにありがちな獣の耳や尻尾が生えていたり、体が動物の毛に覆われていたりもしない。では、具体的にどういった特徴を有しているのかといえば……って、謎の説明口調になってしまったけど。
部室へ向かうまでの間、暇だったから適当に脳内で文字起こしをしてみたり。
道中、三秒でも無音を作ったら放送事故だと言わんばかりにペラペラ喋っていた獅子原――そのくせ中身は皆無だったので僕は「ああ」とか「うん」の機械的な相槌に終始――だったが、目的地が近付くにつれて口数は減っていき。
「や、やばっ、なんかキンチョーしてきたかも」
「人見知りするタイプじゃないだろ、お前」
「憧れの先輩だって言ったっしょ! すーっ、はーっ……」
到着した三階の最奥、文芸部のプレートも挿げ替えていない部室を前に、ゆっくり深呼吸している少女。薄い胸に手を当てる大仰な仕草は、見ているこちらにまで早鐘が伝わってきそうだったけど。僕は正直、違った意味での緊張を強いられていた。
このドア一枚を隔てた向こう側に、朔先輩はいる。いない方がある意味、幸せだったが。
『これから相談希望の女子を連れていきますんで、しゃんとしてくださいね』
という僕の諫言めいたメッセージに対して、
『了解。自然体で行くわ』
ボケなのかマジなのかわからない返信があった。空虚な気分にさせられる。
たとえるなら突然の来客に慌てふためいた一人暮らしが、散乱したわいせつ物を押し入れに詰め込もうと悪戦苦闘しているような。そもそもあの歩く十八禁は手錠をかけても菱縄を巻いても、深淵の底からだって這い出てきそう。諸々、馬鹿らしくなった。
「ノックもなしに失礼しまーす」
「あ、ちょお、まだ心の準備ぃ」
ごにょごにょ言っている獅子原を無視、介錯の刀を抜く気持ちでドアを開け放った。いつもの部室に広がるのはいつもの風景。窓を背にした社長席で文庫本(カバー付き)を読んでいた黒髪の麗人は「……ん、来たわね」僕たちを横目に唇をほころばす。
こうして見るとやはり外見の説得力だけは凄まじく、本に栞を挟むだけでも、それを机に置いて立ち上がるだけでも、全てが絵になる。僕の中で「もしや生まれて初めて『知的な朔先輩(SSR)』を引けるのでは……!?」という淡い期待も生まれたが、
「でかしたわよ、翼くん!」
見事に爆死。知的な先輩(僕調べ)は満面の笑みでサムズアップしたりしない。
「こんなに早くカモを捕まえるなんて、いったいどれだけ非合法な手段を使ったの?」
「半グレみたいに言わないでください。あと本人の前でカモとか……」
「しかもうら若き乙女! 責任取る覚悟はできてるんでしょうね?」
口を閉じろ、風味が逃げる。
宣言通り素材の味百パーセントの朔先輩。もう台無しどころの騒ぎじゃなく、せっかくの客人が「入る店、間違えました」と回れ右しても引き止める大義名分はない。撤退するなら今がチャンスだぞ、という意味で振り返ったのだが、
「ふ、ふあ~~~~~~……っ」
「獅子、原?」
甲子園のサイレンじみた奇声も、両手を使ったお祈りポーズも、おそらく無意識に出てしまったものだろう。ティーン層から絶大な支持を受けるカリスマモデルと対面したような。両目に星を瞬かせる獅子原は、僕の背中に隠れながら袖をぐいぐい引っ張ってくる。
「や、やばっ……こ、こーもりくん、さすがにこれはヤバいってぇ……召されるってぇ」
「ヤバいのはお前の語彙力だ」
「美人すぎるもん。神々しいもん。半分神サマじゃん、こんなの」
「神サマはたぶん初対面の相手をカモ認定しないぞ」
「いやいや、あたしにカモなんてまだまだ早いってぇ!」
背中をポンポン叩いてくる獅子原に、「お前マジで変な宗教とか引っ掛かりそうだよな……」インテリジェンスを磨けと婉曲的に伝えていたら、
「随分、仲がいいのね?」
クスクス笑いを浮かべる神サマが近寄ってきて、背後の小動物がびくんっと震える。
僕の肩越しに彼女の姿を覗き込んだ朔先輩から「なるほど……ギャルね、翼くん?」よくわからない確認をされてしまったが、「ギャルですね」同意はしておいた。
「その確認、いる?」
律儀にツッコミを入れてくれた獅子原が、ようやく僕の陰から出てきたので、
「驚いたわ。まさか翼くんにこんな可愛いらしいお友達がいたなんて」
朔先輩がニッコリ微笑みかける。獅子原は首をブンブン振り回し、
「あ、いえいえ! 可愛いだなんて、エヘヘ……」
デレデレする限界オタクの鑑だったけど、それ以上に僕が気になったのは。
「……友達、なのか?」
「そっちに疑問持っちゃう!?」
「彼はこれが素なの。許してあげて」
「は、はぁ。先輩が言うんなら……」
僕の独り言をきっかけにして、二人の距離は多少なりとも縮まったようだ。
「ようこそ、文芸部(略)へ。私は部長の――」
「斎院朔夜さん、ですよね! お噂はかねがね……あ、自己紹介、遅れてすみません。二年A組の獅子原真音です。名字はブサくて嫌いなんで、下の名前でお願いします」
「わかったわ。よろしくね、真音さん」
「はい! あ、こーもりくんも真音でいいよ。マオマオって呼ぶ人いるからそっちでも……」
「いや、僕は獅子原と呼ばせてもらう」
「うん、ブレないねー…………にしても」
緊張のほぐれてきた獅子原が部室をぐるりと見渡す。
目の輝きは未だ衰えず、心なしか呼吸も荒い。僕からすれば新鮮味の欠片もないが、初めて訪れる彼女からすれば新世界そのもの。
一発目の感想は「狭いですね」か「西日がきついですね」を予想していたのだが、
「とっても素敵なお部屋ですね!」
眼球に特殊なフィルターがかかっているらしい。