異能アピールしないほうがカワイイ彼女たち
一章 猫だって波瀾万丈 ⑨
「すんすん、すんすん……わ~、おフランスっぽい紅茶の匂いがするし~!」
知ったかするな、イギリスだ。親戚の旅行土産を(僕が)家から持参したやつ。
「お茶請けもなんかルネッサンスな形状してて、超セレブじゃーん!」
あれは朔先輩が買ってきたルマ○ドだぞ。
「でもでも、適度に庶民的っていうか……あのワンちゃんの模型、こーもりくん作ったの?」
「え、ああ、うん……」
「すっご、男の子! けど、あたし的にはもうちょいバエも欲しいかな。猫系だとなおよし」
ゾ○ドにバエを求めるな。朔先輩も「ライトニングサイクスとか?」じゃなく。
「上品な美しさに洗練されたロケーション……先輩にお似合いです!」
「あら、あら、まあ、まあ。私ったら、そんなに上品で美しかった?」
「はい、特に目が綺麗ですよねー、目が! こうやって近くで見てるとなんだか、ぎゅぅ~って吸い込まれそうな感じがして……」
と、獅子原は見上げるようにして朔先輩と視線を合わせる。身長差によって生み出される自然な角度は、
「ありがとう。けど……あまりじっと見つめるのは厳禁ね」
指でバツ印を作った朔先輩から注意され「?」の顔になった獅子原は、
「私のこと、好きになっちゃうから」
続いた台詞に、「……え、あ、え!?」一拍置いて顔を赤らめる。口説き文句としか思えない台詞のせいで、いよいよお姉様とか呼び出しそうな雰囲気になっていたけど、
「目を合わせるのは、サキュバスの魅了が発動するトリガーなんだよ」
「ちゃーむって……あ! メロメロしゅきしゅきになっちゃう、サキュバスのすごいアレ?」
「もちろん短時間じゃ大した効果は得られないけど……」
「塵も積もれば大和撫子、ね。なるべく目をぴったり合わさないよう心がけているわ」
「え? でも先輩、あたしと喋るときもこーもりくんと喋るときも、普通に……」
「目を見ているように思うでしょ。ところがぎっちょんちょん。私の方は大体、相手の顔の眉間と口元の間に逆三角形を作って、視線はそこを行ったり来たりさせているわ。威圧感を与えない喋り方とかでもレクチャーされる方法ね」
ちなみに同様の理由から、朔先輩は肌と肌の接触も極力避けている。
避けるまでもなく、欧米人やパリピでもない限りベタベタ体を触ったりしないだろ、と思っていたけど。女子という生き物はどうにも僕の規範には収まらず、意味もなく引っ付いている光景を頻繁に目撃させられる――のだから。
「は、はぇー……ご苦労なさってるんですね」
獅子原の言う通り苦労も多そうだが、本人はあっけらかんとしており。
「ぜーんぜん。写輪眼対策の戦闘訓練みたいで楽しいわ」
「しゃりん?」
「白眼と輪廻眼に並ぶ三大瞳術の一つよ。コピー能力がフィーチャーされがちだけど元々は動体視力の高さにより忍術・体術・幻術の全てを見切ることに由来するもので――」
「獅子原、立ち話もなんだから座ったらどうだ?」
「わっ、ご丁寧にどうもー」
椅子を引きずる音で強引にカットイン。我ながらファインプレーだったが、オタク語りを邪魔された朔先輩は残念そう。「いいところだったのに、もう……」という無言の恨み節に、「少年漫画好きすぎでしょあなた」と同じくサイレントで答える。
客人そっちのけで火花を散らしている場合じゃないだろ、という話だけど。
「……なんか、幼なじみって感じだね」
獅子原は笑ってくれていた。彼女はよく笑うから場が和む。発言自体は「お前、やっぱり騙されやすいよな」と心配になる内容だったけれど。
「おフランスっぽい紅茶と、セレブなお菓子も用意しなくちゃな」
口に出すほど僕も腐ってはいなかった。
「自分も少しは個性を磨きたい、と?」
「はい。あたし、斎院先輩みたいな美人でもないし、おつむよわよわだし、面白いことも言えないから。輪の中に入ってても馬鹿みたいに笑ってるだけで……」
お茶会もそこそこに始まったのは、文芸部(迷える子羊大募集!)の初仕事である。
面接官と就活生のように向き合って座る女子を、長テーブルに座して横から眺めるのが僕。
二人の会話を背景音楽にして、机上のノートパソコンに集中――いつだったか朔先輩が「コンピューター研究部に譲ってもらったわ」と言って持ち込んだ代物(絶妙にきな臭い)が、よもやこのタイミングで死蔵を脱するとは。
作成しているのはアンケート用紙……なのだが。ワープロソフトに付属のテンプレを適当にいじるだけでも、最近は一丁前に見えてしまう。十分とかからずに作業終了。
手持ち無沙汰になれば否が応でもBGMの音量は上がってくる。
「つまり、あれですよ、あれ。レゾ、レゾーン、レゾーナ? なんだっけ。好きなバンドの曲にあったから覚えてたんですけど……存在のなんたらー、みたいなやつ」
「レゾンデートル? フランス語で存在意義という意味ね」
「そう、それです!」
高校生の交友関係に哲学用語なんか持ち出して、彼女はどこへ向かうつもりなのか。
しかし、ふと思った。僕がここに留まる存在意義は果たしてどれほどある。唯一、思いつくのは朔先輩の暴走を諫めるストッパー役だったが。
「なるほど……現状に満足しないあなたの姿勢、素晴らしいと思うわ」
「ほ、ほんとに?」
「ええ、なかなかできることじゃない」
まずは肯定と共感を示し、「この人は自分の話を聞いてくれている」と安心させる。
「ただ、無理に繕わずにありのままの真音さん……今ある良さを伸ばせればベストね」
「あたしの良さ……ですか?」
「大丈夫、一緒にゆっくり考えていきましょう」
押し付けがましくならぬよう、あくまで選択肢を増やす一環として寄り添う。
僕だったら「そんなの聞かれても……」と言葉に詰まりそうな場面でも、笑顔を崩さず立て板に水。化けの皮が剥がれる気配は一向になく、嬉しいような悲しいような。
いや、喜ぶべきなのはわかっているけど。何かこう、喉に引っ掛かるものがあるというか。
焼きそばを食べたかったのにカップ焼きそばを出されたような感覚は、僕だけ?
「少し、頭冷やしてくるか……」
小声で立ち上がった僕を引き止める者はおらず。そのまま退出しようとしたのだが、
「……あの~、良さとはまた別なんですけど、一つ案がありまして。あたし、斎院先輩と同じく『ミュー』で……ウェアキャットってやつなんです」
ピタリ、と。獅子原の発したその単語に、僕の足は止まらざるを得なかった。
「獣人系の中では珍しい方ね」
「はい、人狼とかメジャーどころに比べたら少ないです。せっかくだから、その辺を活かしてセルフプロデュースできないかな~、と考えており……」
もはや背景音楽にあらず。すっかり聞き入っていたので再び腰を下ろす。
なぜかと言えば、話の雲行きが怪しかったから。僕の取り越し苦労なら一番だけど。
「んー、真音さんの意見を尊重したいのはやまやまだけど……」
「あたし結構いじられキャラなので、どんどんツッコミ入れてくれて構わないですよ」
「その方針だと余計に難しそうね。私たちが自分で思うよりはるかに、ミューデントってジョークのネタにはしにくい存在だから。ブラックなのは特に」
いわば世相。様々なハラスメントが社会問題と化している昨今、コンプラ意識の低い政治家やタレントが次々に表舞台から消えているのは、獅子原も知っているはずだが。
「え~~っ? でも……」
と、彼女が不満そうに見やるのは僕。