異能アピールしないほうがカワイイ彼女たち
一章 猫だって波瀾万丈 ⑩
「こーもりくん、前に教室でサキュバスのことディスってなかった?」
ディスってない。ただの解説だ。
「彼は例外なの。気遣いや遠慮という良心を、ご母堂の胎内に置き忘れてきた異端児だから」
「こ、この世に生を受ける前に……反論はないの?」
「人並みに気を遣うし、遠慮もするよ。朔先輩以外には」
思いがけず水を向けられたので、無難に返したつもりだったが。
「ね、無神経でしょ?」
「ホントに無神経……」
なぜか一致団結されてしまった。仲を深めるには共通の敵を作るのが一番と聞くけど。
「なんにせよ、その路線でキャラをアピールするのは控えた方がいいわね」
この件については僕も同意見。自己紹介ですらスベっていたのを察するに、元々クラスの連中はウェアキャットについてさほど知識がないし関心も薄い。
そんな要素をゴリ押しされてもウザいだけ――というのは、誰が見ても明らかなのに。
「ごめんなさい、あのぉ……」
罪の意識もなさそうに手を上げた獅子原は、てへぺろって感じに舌を見せる。
「もうすでにちょいちょい、アピールしちゃってるんですけど……平気ですよね?」
瞬間、朔先輩の表情が曇る。僕も曇った。マジかこいつ。
「へ、へぇー……具体的には?」
パンドラの箱でも開けるみたいに尋ねた朔先輩に対して、「はい!」と元気に返事をした時点でもう悪い意味で確定演出が入ったようなもの。
「たとえば、これとかです」
サイドで結ばれた髪をいじいじ、フリフリ。「ね、いい感じでしょ?」と、褒められてもいないのに照れ笑いを浮かべる少女に、「イイカンジ……?」朔先輩は珍しく困惑模様。助けを求めるようにこちらを見るのだが、すみません、僕にもサッパリです。
「ほら、猫の尻尾っぽくないです?」
「あ、ああ。言われてみれば……」
「二年になってからイメチェンしたんです。カラーも人気ナンバーワンの茶トラを意識して」
依然として笑顔、獅子原は我が道を行く自信のありようだったけれど。それ冗談抜きに茶トラをイメージしていたのか。人気ナンバーワンのカラーリングって、美容院じゃなくペットショップのカタログに載っているランキングだろ。
「あ、ネイルも猫っぽく頑張ってるんですよー。淡いピンク系で地爪の色を楽しむ感じ……」
お前の爪は肉球を押すと出たり引っ込んだりするのか。
その後も、猫っぽいとか言いつつ全然猫っぽくないメイクの秘訣を語ったり。あるいは「猫って犬と違って○○じゃないですか、だからあたしも~……」などと一部の界隈に戦争を勃発させそうな私見を述べる獅子原に、
「沢山、努力しているのねっ」
生きてて偉い、並みに中身のない称賛で応じる朔先輩。
「ちなみに……そのセルフブランディング、周りの評判はどう?」
「悪くないですよー。唯一、りっちゃんは……あ、クラスで一番かっこいい女の子なんですけど、その子にだけは『ほどほどにしときなさいね』って塩対応されちゃいましたけど」
「……いいお友達みたいね、りっちゃんさん」
「はい。あたしと違ってこう、ズババーンッて言いたいこと言っちゃうタイプなんで。超リスペクトしまくりです。男子からは怖がられてますけど、めちゃくちゃ優しくて――」
朗々と語る彼女は気付いていない。その、ズババーンッて言っちゃうタイプの友人ですら触れられない禁忌を、自分が犯している事実を。
早い話、獅子原は痛い奴だった。
――だって、そうだろ?
サキュバスである朔先輩が、サキュバスっぽい生き方なんてしていないことからもわかる通り、ミューデントがミューデントの偶像に縛られて生きる必要なんてない。彼女の行為は詰まるところ、アメリカ人の留学生が無理して毎日チェリーパイ食べるようなもの。
そんなの個性とは呼べない。完璧に目的と手段を取り違えている――って。
説教臭い駄文は無限に湧いてくるけれど、口に出すつもりはなかった。
沼にはまって涙を呑むのは獅子原自身……というか、現在進行形で二年生デビュー(?)に失敗しているわけだが。こういう手合いは実際に痛い目を見ないと学習しない。
だから僕は成り行きを見守るだけ。端から傍観者のつもりでいたのに。
「――というわけで、今のところ評判は上々なんですけど。ウェアキャットってちょいマイナーなんで、ネタが伝わりにくいと申しますか……あたしの場合、いちいち説明しなきゃいけませんもんね。先輩みたいに『サキュバス』だったら一発でドーンなのになぁ、羨ましい」
奈落の底へ落ちる様を見ていると胸がモヤモヤ。彼女が落ちるべくして落ちるような悪人でないことは、友達未満の僕にもわかってしまったから。
そしてそれ以上に、僕の心をざわつかせた要因。
「そう、ね。サキュバスだったら…………」
一瞬、遠くを見つめた朔先輩。懐かしむでも悔やむでもない、純粋に顧みるときの瞳。
彼女が何を思い出しているのか、何を言い淀んだのか、僕にはわかってしまった。
サキュバスだって、いいことばかりじゃないわよ――と、微笑みの下に書いてある。
朔先輩はいつもそう。浅慮に見えて思慮深く、放言高論どころか謹言慎行。
本当に言いたいことは誰にも言わずに抱え込んでしまう質であり。
その結果、彼女は――僕たちは、痛い目を見るどころじゃ済まない災難に遭ったのだから。
「あー……差し出がましいことを言わせてもらうと、だな」
ゴホン、と大げさに咳払い。横槍を入れてきた僕に対して、
「ん、なぁに、なぁに?」
善人を拗らせた少女は嫌な顔一つせず。今からその顔を曇らせにかかる僕はたぶん生粋の悪役なんだろうけど、朔先輩の方も「どうぞ」と(なぜか若干のニヤケ面で)手のひらを差し出してきたため、速やかに司会進行を引き継ぐ。
「今のままだとお前、たぶん仲間内で『勘違いクソ女』認定された末に距離を置かれるぞ」
「!!??」
「端的に言って存在自体がスベってる」
「人並みの気遣いはどこへ!?」
理性とはかけ離れた毒づきに、獅子原のツッコミも冴え渡る。
朔先輩には「ひどい言い方ねぇ」と笑われてしまった。実際、僕はこの顛末により獅子原から「大嫌い」の称号を授かるのだろう。最悪「コンプラ意識が低いハラスメント野郎」の汚名を着せられるパターンも想定される。
――だけど、大丈夫。僕はどうせ無神経で、良心もないと思われているから。
「え、え、え、え……どうしていきなり全否定?」
「肯定する要素がないからだ。本物のウェアキャットならもっと……」
「い、言っとくけど、流行のミューデント詐欺とかじゃないからね。証明書、見せよっか?」
「……診断書、な。誰もそこは疑ってない」
ミューデントであることは専門医の診察で知ることが可能だが、国の支援を受けたりする特殊なケースを除き出番は少ない。おかげでSNS上に「自称ミューデント」が横行する一方、診断書の写真をファッション感覚でアップする馬鹿もいる。
「あれでインプレッション稼いでる奴ら、僕は哀れんで見てるぞ」
「……あたしも正直、苦手かなー」
「二人とも優しいのね。私はだいっきらーい♪」
朔先輩まで参戦、思わぬところで意見が一致する。
「獅子原は良識を身に付けろよ。一応、本物なんだから。一応」
「そだねー……じゃなく! あたしは本物のくせにパチモン臭いって言いたいわけ?」
「ああ、ニワカ臭がプンプンする。ウェアキャットの地位を貶めている可能性すらある」
「む、むっか~~……言ってくれたねぇ!!」