異能アピールしないほうがカワイイ彼女たち
一章 猫だって波瀾万丈 ⑫
「顔も名前も知らない他人が描いた、紋切り型の『サキュバス像』なんかに、私は従うつもりなんてサラサラないわ。ミューデントがミューデントの偶像に縛られて生きるなんて、息苦しいだけでしょ。そんなの個性どころか没個性、順番が完全に逆転しているじゃない」
朔先輩の演説はなんだか、僕の脳内の説教臭い駄文をコピペしたような内容だったけど、著作権の侵害を訴えるつもりはない。
「か、かっこいい……!」
はわわぁ~、と獅子原はピンク色の感嘆を漏らす。イワシの頭もなんとやら、盲信がただの盲信ではなくなる瞬間。この人に一生ついていきます、と顔に書いてあった。
僕が同じ内容を言ってもこうはなるまい。重みがまるで違う。
彼女が求めているのは、いや、世界中の人々が欲しているのはきっと、圧倒的なカリスマによる先導であって。理屈をこねくり回す凡人なんていつの世もお呼びじゃない。
「アホくさ……」
レゾンデートルの喪失を痛感した僕は、アンケート用紙をプリントアウトするために(ここには印刷機器がない)今度こそ退室しようと思ったのだが。
「そもそも理想のミューデントと現実の私たちって、ほぼ別物と思った方がいいから」
「あたしも痛いほど感じます」
「たとえるならストライクフリーダムとストライクダガーね。名前が似ているだけで、片や優秀な量産機、片や化け物じみたワンオフ機、各々の良さがあるでしょ。あんな紙装甲のピーキーすぎるMSスーパーコーディネイターでもない一般兵が乗りこなせるわけ――」
「一文字もわからない……こーもりくん、別のたとえで言うとー?」
人を翻訳機代わりに使わないでくれ。
「……辰とタツノオトシゴとか。蟹とカニカマとか」
「わかりやす! あたしはカニカマ、好きだけど」
「あるいはマリモとマリモ○コリだな」
「お、お土産で買うやつ…………ちなみにそれ、どっちが現実のあたし?」
「モ○コリの方」
「あたし今とんでもないセクハラを受けた気がするー!!」
月とスッポンという慣用句が出てこなかった僕に、常識人を名乗る資格はないのだろう。振り返ればこの日、まんまと化けの皮を剥がされたのは僕の方だった。
「こーもりくん、おっはよーう!」
「…………どうも」
週明けの月曜日。始業ギリギリで教室に現れた僕のもとへ、茶トラの尻尾(髪)を跳ねさせながら駆け寄ってきた獅子原。陽キャの光で一気に眠気が吹き飛んだ。
「朝っぱらから元気だな」
「そりゃもう絶好調。ほらこれ、アンケート用紙! 休みの間にばっちり書いてきたよー」
「ああ、助かる」
僕は机に鞄を下ろしながら彼女の差し出した紙を受け取る。相談のあと記入を頼んだのだが「ちゃんと考えたいから」という申し出により後日提出になっていたやつ。
「へぇ、自由欄もしっかり埋めてくれたんだな」
「当然トーゼン。お世話になりましたからねー」
「朔先輩が喜ぶよ…………って、ん?」
よく見れば二枚目があった。獅子原の氏名に所属クラス、『文芸部( )』という失笑不可避の名称が書き込まれたそれには、『入部届』なる不穏な表題が踊っている。
「……なんのつもりだ、これ?」
「斎院先輩、言ってたじゃん。『お手伝いしてくれる新入部員は常に募集中よ』って!」
両手をギュッてした少女(眩しすぎる笑顔)に迫られ、若干気圧される。確かに言ってはいたが、あれはどう考えたってインチキ宗教の勧誘。獅子原の将来がいよいよ心配になってきた僕は「お前まで泥船に乗る必要はない」と、口酸っぱく引き止めていたのに。
「潰れる可能性もあるって、説明したよな?」
「だーかーらー、潰れないようにみんなで頑張りましょうってハナシ。というか、入部しなくてもどうせ部室にはお邪魔させてもらうと思うよ、あたし」
「……どういう了見で?」
「もち、斎院先輩から大人の女性の魅力を学ばせてもらうため」
「オトナのジョセイのミリョク……?」
この女、何をほざいている。
「ほら、可愛いは作れるってキャッチコピー、昔あったじゃん? あれに倣ってセクシーさも作れると思うんだよね。猫の愛らしさに夢魔の妖艶さが合わされば、最強に見えるっていうか……これは間違いなくオンリーワンの個性でしょ。名付けてサキュキャット!」
「朔先輩の金言もう忘れてるだろ」
ここまで来れば痛いのは半分、獅子原の個性なのかもしれない。失礼極まりない考えを巡らせながら、僕はアンケート用紙に視線を落とす。選択式の解答欄は全て「とても満足した」にチェックされ、空いたスペースには丸っこい文字がびっしり。
九十九パーセントは朔先輩に対する謝辞だったが、終わり際に小さく、
『コウモリくんは意外にいい人でした。←アリガトね!』
小学生みたいな感想。この一行分程度には、僕にも存在価値があったということか。
「あ、ごめんね、それ。こーもりくんの名前、漢字ムズイからカタカナになっちゃって」
「獅子原……今更だけど一つ、言わせてもらえば」
「なになに?」
「僕の名前はコウモリじゃない」
「…………え?」
「僕の名前はコウモリじゃない」
「えぇ!?」
活動実績に加え、愉快な仲間まで手に入れた文芸部(猫)。
順風満帆に思えるのはおそらく、上げてから落とすのが好きな神様の気まぐれ。過酷な試練が待ち受ける未来しか、僕には見えなかった。