異能アピールしないほうがカワイイ彼女たち

二章 雪女さんは叱られたい ①

 私立武蔵台むさしだい学院高等学校。僕が通っている学校の名前だ。

 普通科のみの構成で一学年は九クラス、偏差値そこそこ、地元の知名度そこそこ。

 ベビーブームに便乗して設立されたよくある進学校で、地理的には東京のど真ん中に位置している――と言えば聞こえはいいが、要するに都心部から離れた半郊外。

 名所といえば競馬場くらいのダービーな地域だったが、おかげで市の財政は潤っているらしく繁栄度はまずまず。その影響を受けているのかいないのか、我が校の倍率も昨今の少子化に抗う勢いで上昇しており。


「すげえ混み具合……ってか、うちの学食こんなにメニュー多かったっけ?」


 注文待ちの列、最後尾。カウンターの上に張り付いた料金表を見上げながら尋ねた僕に、


「春休み明けにがっつり増えてたな」


 という滝沢の談。昼食をパンで済ませることが多い僕は気付かなかった。


「ラーメンだけで一列埋まっている……」

「至れり尽くせりだよなー。うちって理事長がすげえ資産家で財力マシマシっぽいからさ」

「僕らはその恩恵にあずかってるわけか」

「ああ、なんせそれ目当てでここ受ける生徒もいるくらいだし」

「知らなかった。お前も?」

「俺は女子の制服に一目ぼれして即決、即断!」


 着る方ならまだしも見る方で進路を選択するなんて。逆に尊敬する。


「そういう古森の志望動機は?」

「特にない。強いて言うなら近いから」

「流川みてえだな。ちな中学はどこ?」

「…………北白糸きたしらいと学園ってところ」

「キタシラ!? 超エリート、中高一貫のいいとこじゃん。わざわざ外部受験したん?」

「全然いいとこなんかじゃ…………ま、どうでもいいだろ」


 無味乾燥な会話を消化するうちに「次の方どうぞー」と、順番が回ってきた。滝沢は豚骨ラーメンに餃子と半ライスのセット(さすが運動部)、僕は冷たい蕎麦をオーダー。

 ほどなくして注文の品を載せたトレーが出てくるが、盛況な学食内に座れそうなスペースは見当たらない。難民特有のウロウロムーブを覚悟していたら、


「あ、滝沢先輩。ここ空きますんで、どうぞ」

「おっ、サンキュー」


 近くにいた男子二人が腰を上げてくれたので、僕たちはそこに座ることを許された。


「サッカー部の後輩?」


 蕎麦つゆにワサビを混ぜながら尋ねると、


「いんや、中学が同じってだけ」


 山盛りになったラーメンのもやしを処理しながら滝沢は答えた。

 理想的かつ健全に顔が広いというか、変なあだ名だけ独り歩きしている僕とは雲泥の差。ここに来てからも何度か、喧噪に混じって「コウモリ」という声が耳に入る。そんな奴と一緒に食う飯が美味いはずないのに、滝沢はなぜか愉快そうに唇の端を上げる。


「部活といえばさ、真音ちゃんから聞いたぜ。文芸部、おもしれえことやってそうじゃん」

「……一つも面白くない」


 新学期が始まって二週間弱、どこの部活動も本格的に始動する頃合い。

 やれ横断幕を作れ、地上波にCMを流せ、大型のスポンサー契約を結べ。朔先輩の無茶苦茶な発注に辟易するどころか、やる気にみなぎっていたのが獅子原。絵が得意とかでポスターを自作した他、持ち前の明るさから宣伝係はハマり役となっていた。

 対照的に、無気力な構成員が約一名。


「あれ古森の部活だよな?」「括弧の中、何入んの?」「斎院先輩、占いも得意なん?」


 詮索されるたびに「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」という故事を引用。壊れたラジオと化している僕を見て、良識ある級友の多くは心中を察してくれたのだが。


「サキュバス先輩に密室で罪を懺悔……ヤバい、想像しただけで玉がゾクっとする!」


 下劣な男は空気を読まず。急に学食行こうぜとか誘ってきた理由はこれか。


「断じていかがわしい店ではないからな?」

「えー? オプションもなし? 俺いくらでもカネ出すのになぁ~……」


 本気で残念がる滝沢を見て、部室の前に『無料案内所』や『六十分ポッキリ』の看板を立てようとしていた朔先輩を思い出す。キツイお灸を据えたため実現には至らず。


「なんにせよ、僕は積極的には関与してない」

「ほーん。真音ちゃんにきつーいお説教したくせに?」

「……事実誤認しているあいつを説教したくなってきた」

「俺はかっこいいと思うぜ。辛口っていうか愛の鞭っていうかさ……現代社会にはもうちょい毒があってもいいよなー。叱られたい願望の若者、増えてるって聞くし」

「都市伝説じゃないのか、それ」

「バリバリ現実。今年入った一年にも『もっと叱られたい』ってボヤいてる奴いるもん」

「ストイックで羨ましい」

「まー、あいつの場合は『ミュー』だからってのが大きいかもな。でっかくて天パのセンターバックだから、あだ名はボンバーヘッドなんだけどさ」

「日本代表に選ばれそうだけど……ミューデントだから、もっと叱られたい?」

「おう。顧問の郷田センセー、知ってる?」

「ゴリラみたいな人な」


 国体出場経験のある体育教師で、還暦近いのにまだまだ現役の筋肉をしている。


「そうそう、あのゴリマッチョが、らしくもないんだけど、ちょくちょくが垣間見えるっつーかさ……むしろ触らぬ神に祟りなし?」

「へえ」


 適当に相槌を打つ僕は、次の言葉もなく蕎麦をすする。よくあるパターンだと思った。

 国際的に見て、ミューデントの発現率はおよそ十人に一人と言われている。

 左利きやAB型と同程度(日本基準)なのを考えればさして珍しくはないが、それらとの決定的な違いは、この症状が認知されてからまだ五十余年という点。さらにいえば遺伝的な要素は否定されており、親子の繋がり関係なく誰もが突発的に発症する可能性がある。

 適切な距離感は十人十色。モンペや世間のバッシングに晒される教職員ならなおさら、当たり障りのない指導しかできなかったとしても責められない。


「気の毒だよな、ボンバヘ。別にハブられてるわけじゃねえけど……距離ができちゃう感じ。ミューの話題は極力禁止ってか、触れちゃ駄目な風潮が形成されてるし」

「右に倣う現象か……で。お前もそいつの扱いに困っていると?」

「いや、俺はズケズケ触れまくってる。そしたらなんか慕われちゃってさ、ハッハッハ!」


 こいつのこういうところ地味に尊敬する。今度は皮肉じゃない。


「そーいや、今ので思い出したけど」


 いつの間にかラーメンを平らげていた滝沢は、餃子に箸を伸ばしながら。


「文芸部って誰が顧問なん?」

「………さあ、誰だっけ?」

「俺に聞いてどうするよ」


 珍しくまともなツッコミ。潰れかけの文芸部を乗っ取って早一年。曲がりなりにも部活動の体裁を保っている以上、名前だけでも顧問は存在するはずだけど。


「今日まで気にしたことなかったな、顧問なんて」


 あっけらかんとしている僕に対して、


「……そこは少しくらい気にした方がいいと思うなー?」


 と、窘めてくる女子が一人。振り返ればよく知るクラスメイトが呆れ顔を作っていた。


「お! 舞浜さんじゃ~ん!」


 チャラい男はテンション爆上げ、猫なで声を上げるのだが。


「どうもー、古森くん…………と、滝沢くんもね」


 おまけのように付け足す辺り、僕単独に対しての用事らしい。


「生徒会から、早めにお伝えしておいた方がいいかなーと思う連絡事項があって」

「……いいニュース? 悪いニュース?」


 聞いておいてなんだが、悪い予感しかしなかった。


「どっちかといえば悪いニュース」


 案の定、頬に手を当てた舞浜の柳眉は下がり気味。


「ご存知ないみたいだけど、文芸部の顧問って元々、国語科の篠川先生がやってたのね」


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