異能アピールしないほうがカワイイ彼女たち
二章 雪女さんは叱られたい ②
「聞いたことない名前だな」僕の感想に「俺もー」と滝沢が同調する。
「まー、私たちの学年は担当してなかったし、今年から産休に入っちゃったから」
「めでたいけど、それはつまり……」
「うん。だから現在、文芸部の顧問は空席ってわけ。まー、普通なら誰かに引き継いでお休みすると思うんだけど……部が存続していること自体、先生は知らなかったみたい」
だろうな。隠密的買収だったし。
「これが結構、活動実績云々以上にクリティカルな問題らしく……」
「早急に代役を見つけろってハナシか」
「だね、平気?」
「さあな。とりあえず他のメンバーには伝えておく」
「ドライっすねぇ。俺にはそれ『自分は何もする気がない』って意思表示に聞こえるぞ」
「えぇー、そんなわけないよね?」
「…………」
図星なので黙秘を貫いていたら「それはさておき!」滝沢はゴマをするように手揉み。
「ねえねえ、舞浜さーん。今週の日曜とか、ヒマ?」
軟派を隠そうともしない男だが、「日曜?」慣れているのか、舞浜は嫌な顔一つせず。
「良かったら俺と美味しいスイーツでも……」
「あー、ごめんねー、日曜はいつもバイトなんだー」
「へ~、何系のお仕事?」
「普通に接客業かな」
「いいねぇ、舞浜さんは得意そう……あっ! だったら来週の土曜とかは――」
「基本的に部活や生徒会で忙しいんだ。ホントにごめんなさい」
食い気味で断れる辺り強か。少しざまあみろと僕が思っていたら、
「そっかー、残念……ああ、そういや俺、舞浜さんに一つ聞きたいことあったんだ。やらしい意味じゃなくてさ……お肌、スベスベの卵肌だったりするん?」
「お肌?」
「うんうん、実はこの前、古森がさぁ、人魚の肌は水の抵抗がなんたら……痛いッ!!」
僕はテーブルの下で滝沢の脛を蹴っ飛ばした。セクハラの理由に人を使うな。
「んー、スキンケアは怠ってないけど……」
袖をまくって二の腕を擦る舞浜は、「自分じゃわからんね」と首を傾げた後に、「どう、スベスベ?」右手の甲を差し出してきた。十代特有のハリツヤは目視でも十分確認できる。
「触れって意味なら遠慮しておく」
「わー、残念。斎院先輩とどっちが触り心地いいか、知りたかったのにな」
何言ってるんだか。比較できるほどあの人に触った覚えはない。
「ハイ、ハイ、ハイ! だったら代わりに俺が……」
精力の有り余る男がテーブル越しに身を乗り出す中「おーい、滝沢ァー!」と、野太い声が喧噪を貫く。見ればガタイのいい中年男性、例の郷田先生が手招きしており。
「少しいいかー! 今日の練習だけどなー!」
「ああ、ういーっす! 今行きますんでぇー!」
この距離で会話すんな――微苦笑を浮かべる滝沢は席を立つ。いかにも無神経そうなあの教師に気を遣わせるって、ボンバーヘッドくんすごいなと思っていたら。
「貴重な人間かもね、滝沢くんは」
ふふふ、と微笑む舞浜。セクハラされた割には好感触らしい。
「友達でも……友達だからこそ、面と向かって聞いてくる子は少ないんだよね。人魚だからどうとか、容姿のことになるとなおさら。ストレートに聞いてもらえれば、こっちだって多少の心づもりはあるんだけど……」
「獅子原も似たようなこと愚痴ってたな」
「そう? にしても……獅子原さんとか滝沢くんとか、斎院先輩もそうだけど。君はなかなかイメージにそぐわない交友範囲をしてるよね」
「褒めてないだろ」
「褒めてるよ。誰とでも仲良くなれる証拠じゃない」
それは違う。単純に、特定の誰かを好きになったり嫌いになったりするほど、他人に興味がないだけ。社会的な生物としては失敗作だと卑下している。
そんなわけで急遽、顧問を探すことになったが。
この際やってくれるなら誰でも構わない。僕たちの活動には指導も監督も不要、言い換えれば『自己満足』に尽きるので、体よく名義貸ししてくれる大人を見繕うだけ。
――いや、別に楽をする気は全然なく。
現に放課後を迎えた今、僕は律儀に部室へ向かおうとしており。
「おーい、獅子原。お前って今日はこのあと…………ん?」
弛緩した空気の漂う教室。一番人気の茶トラを見つけて声をかけたのだが、椅子に座ってスマホカバーの鏡とにらめっこしている女は、
「む、む、むぅ~……」
と、いわゆる身だしなみのチェック。前髪を撫でつけたり引っ張ってみたり、商品を陳列する振りをしながらサボっているコンビニ店員みたいな動作を繰り返した末。
「よーし、バッチリ!」
「誤差にもなってないぞ」
「うにゃーっ!」
僕の指摘は不意打ちだったのだろう。椅子の足が浮いてガッタン! 近くで駄弁っていた男子が何事かという視線を向けてくる。
「な、なんでもないよー、なんでも?」
獅子原は無事故をアピールしてから、背後で冷めた目をしている僕に気が付く。
「独り言に反応するな、コラー、びっくりするだろーに!」
「お前のリアクションが大げさなだけ……ってか『うにゃー』って言ったか、今?」
「えー、誰がー?」
狙ったのなら相当に痛い奴だと思ったが、無意識か。そっちの方が重症かも。
「ハァ~……『誤差にもなってないぞ』とか、マジでデリカシーなさ男だし……」
滾々と不平を垂れる獅子原は、乱れてもいない髪を再びミラーでチェック。
「何か予定でもあるのか?」
「まーね。カラオケ、他校の男子も来るんだって」
「楽しそうだな」
「心にもないこと言うもん……え、なに? もしや文芸部、トラブル発生中だったり?」
「大したことない。新しい顧問を探せってだけだから、僕だけで十分……」
「大したことあるじゃん! ちょいたんまねー、聞いてみるから……」
「何を、誰に?」
僕の質問には答えずスマホを操作する獅子原だったが、
「あ、りっちゃーん!」
途中で立ち上がる。ちょうど教室に入ってきたのは、ワンレンロング(緩いウェーブのかかった今風のやつ)をなびかせる長身の女。パッと見でもカースト上位の雰囲気で、よく取り巻きを引き連れているギャル一派のリーダー。彼女に駆け寄った獅子原は「ごめんねー」と両手を合わせる。詳細は聞こえないが、なんとなく予測はついた。
正直そこまでする必要はないんだけど。申し訳なさを感じつつ思ったこと。
「自分で言うほど腰巾着ってわけでもなさそうだな、あいつ」
仮に主従関係があるなら、ドタキャンなんて許されないはずだから。愛称で呼ぶ点からも関係は良好。いつもは怖いお局ギャルも「別にいいって」と優しげな瞳をしている。いつもああしていれば(男子から)怖がられずに済むのに、と見ていたら。
「……え?」
直後、背筋が凍る。不意に視線が合ったお局の瞳に、敵意の色が宿っていたから。僕、何か悪いことしたのか。疑念を払拭する暇もなく獅子原が帰ってきた。
「おっまたせー……って、どーしたの、こーもりくん。地味に傷付いてそうな顔して?」
「気にするな。それより合コン、行かなくていいのか?」
「ただのカラオケだって。まー、あたしは元々人数合わせだったから部活優先で」
「助かるけど……なあ、僕の呼び方は『こーもりくん』固定なのか?」
その蔑称が生まれた経緯は説明したはずなのだが、
「なにー、文句あるのー?」
「いや、別に」
胡乱な目つきの女。勘違いを放置していたのを根に持っているらしい。
「よーし、木を探すなら森の理論。さっそく職員室に向かいましょうか!」
「探すな、隠せ」
そこで再びお局の殺気だった視線に気が付き、僕は逃げ出すように教室をあとにする。
愛の反対は憎悪ではなく無関心――偉い人の名言が身に沁みる。