異能アピールしないほうがカワイイ彼女たち

二章 雪女さんは叱られたい ③

「ど、どーして誰も顧問を引き受けてくれないのぉ~……うぅ~」


 特別棟の階段を上る獅子原の足取りは米俵でも担ぐように重い。


「気を落とすな。お前は悪くない」


 実際、彼女は十分すぎるほど頑張った。見知らぬ教師にも「センセー!」と、ギャル特有のコミュ力で話しかけ、文芸部の窮状を訴えて回り。

 これがまともな部活なら一人くらい協力してくれただろう。そう、まともな部活なら。


「失敗の原因は、二つ。第一に、怪しすぎるんだよ」

「怪しい?」

「とぼけるな。何が『文芸部( )』だ。何が『青少年の健全な心の在り方について学ぶ』だ。怪しすぎて吐き気がする。我が校の汚点といっても過言じゃない」

「自分の部活そこまでこき下ろす!?」

「『具体的にどういう活動をするの?』って質問に、お前も答えられてなかっただろう」

「うっ……それはそうだけど……」


 代わりに僕が『人助け』『ボランティア』『社会更正』といった抽象的な文言で煙に巻こうとしたのだが、不信感を払しょくするには至らず。


「口を開くごとに『何言ってんだこいつ』の目を向けられる苦痛、想像以上だったな」

「後半全く会話に入ってこなかったもんね、こーもりくん」

「ああ。それがもう一つの敗因だな」

「はいぃ?」

「獅子原には悪いけど僕は途中から心が折れて『早く帰りたい』とだけ考えていた」

「ホントに悪い子だね!! あーもー、疲れちゃった……こうなったら、どっかそこら辺に転がってたりしないかなー。顧問やってくれそうなセンセー」

「転がってたら事件だろ」


 たとえにマジレス。精神が疲弊している証拠だが。


「…………ん?」


 とうとう視力まで衰えてきたか。文芸部の部室まで続いている廊下に、何かが転がっているように見える。白くて大きい何か。近付くにつれてわかったのは、腕らしき物が二本、足らしき物が二本、そして頭には髪の毛らしき物が生えている――


「ちょ、ちょ、ちょ、はぁ~~!?」


 獅子原が悲鳴を上げたことでようやく、白衣を着た人が倒れている事実を認識。駆け寄ってみれば女性だった。パッと見、二十代後半。瞳を閉じた相貌は眠り姫もかくや、非常に整って見えるけど。こんな美人がこの学校にいたとは。


「わっ、牡丹ちゃんだ」

「知ってるのか?」

「え? 生物の氷上ひかみ牡丹ぼたんセンセーじゃん」

「じゃんって言われても僕は教わってない」

「うちのクラスの副担任やってますけどー!?」


 そういえば滝沢が「副担の氷上先生、地味にエロいよな。俺の見立てじゃあの白衣の下にはボンキュッボンのナイスバディが……へへっ!」などと妄想を垂れ流していたっけ。こうして見ればあの男が鼻の下を伸ばすのも頷ける。色素の薄いロングヘアから、タイトスカートの下に覗かせる白いタイツの脚まで、ガラス細工のように儚げな美しさ。

 ――って、ジロジロ観察している場合じゃない。


「通り魔なの!? 白昼堂々ブスリなの!?」

「落ち着け。見たところ外傷はないし」


 すー、すー……と健やかな呼吸音が聞こえ、苦悶は見受けられない。


「疲れて一休みしてるだけじゃ?」

「なんで冷静!? こんな道端で寝ないでしょ普通! 麻酔銃で撃たれたの?」

「熊かよ」


 取り乱す人を見ると逆に落ち着く現象が発動していた。


「大方、貧血で倒れたとかだろ」

「そうなの、かな? いや、それでも心配なんだけど」

「放置は可哀そうだから運んでやろう」

「う、うん。保健室?」

「階段きついから、とりあえず部室にでも……そっち持ってくれ」

「りょーかい」


 両サイドから肩を貸す形で先生を立たせる。華奢な体は見た目通り軽い、のだが。


「……………………?」


 反射的に身震い。重さより、細さより、人間らしさがまるで感じられない最大の要因は、


「つ、つ、つ……」


 冷たすぎないか?

 肌が触れ合ったわずかな面積、彼女の手のひらが尋常じゃなく冷え切っている。

 まるで半日ほど雪山で野ざらしにされたかのような。あるいは冷蔵庫から出したばかりのサラダチキン。よく見れば顔色は蒼白、皮膚の下に血液が通っているとは思えない。にもかかわらず呼吸、脈拍共に正常。生ける屍かコールドスリープを疑う場面だったが。

 ――この人、もしかして……

 オカルトもSFも崇拝しない僕は、現実的な一つの可能性に思い当たってしまう。


「どーしたのぉ、こーもりくん? 運ばないのー?」

「ああ、悪い」


 確認や検証より先に、ともかく文芸部の扉を開け放った僕は、


「失礼しまーす…………ッてえ、さむっ!」


 四月なのに、屋内なのに、なぜか木枯らしに襲われて震えあがる。どこでもドアによってツンドラの永久凍土に誘われた、わけではなく。


「く、クーラー、だと?」


 全教室に完備されているエアコンが、荒れ狂ったフル稼働で冷風を生み出している。

 正気の沙汰とは思えないこんなことをしでかす犯人は、一人しか考えられず。


「何してるんですか、朔先輩!」

「ふぅ~~……あら? いらっしゃい、お二人さん」


 制服の上に赤いどてらを羽織った女は、箸を手に持った臨戦態勢。

 なぜかテーブルではカセットコンロが土鍋を煮立てており、白い湯気がゆらめく。

 丸皿に用意されている食材は、鶏肉、椎茸、長ネギ、豆腐、水菜――シンプルな水炊きといった具合で、昆布ベースと思われる出汁の香りが食欲を刺激する。


「わー、美味しそう」


 と、獅子原が鼻をスンスン鳴らすのも頷けるが。


「どこから突っ込めばいいんですか!」


 火、ガス、生もの。いよいよ廃部待ったなしの蛮行がオンパレード。


「しょーがないでしょ。ト○コ読んでたら急に『美食』を探求したくなったんだから」

「それとエアコンの無駄遣いがどう関係するんです!」

「翼くん……私はかねてよりずっと思い描いていたの。もしもこの世に『至高のレシピ』が存在するのなら、それはたとえば真昼の砂漠を一日中彷徨ったあと口にする一杯の水。あるいは身を切り裂くエベレストから帰還したあと口にする温かいコーヒー……」

「あるいは春先にクーラーガンガンの部屋で食べる鍋ですか!」

「イグザクトリィ。ところで、そちらにいる顔色がよろしくないレディーは?」

「急患ですよ。なんか廊下に倒れてたんで……」

「大変ね。奇跡的に鍋の準備が整っているし、五臓六腑に沁み渡らせてあげましょう」

「その前にすることがあるでしょ!」


 はっきり言って、健康な人間からしてもこの冷風は体に毒。強風モードで暴走するクーラーを鎮めるため、真っ先にリモコンへ手を伸ばした僕は、


「……待ちたまえ」

「ううっ!」


 すぐさま全身に鳥肌が立って固まる。乳白色の冷たい指が手首に巻き付いてきたのだから、ホラー映画なら絶叫もやむなしの展開だったが。


「できればしばらく、このままにしておいてくれないか」


 見れば、ゾンビでも幽霊でもない。冴ゆる風に吹かれてサラサラ揺れる前髪の下、開かれた双眸は氷細工のよう。透明感の中に壊れ物の意思を宿した彼女は、魔力によりつかの間の命を吹き込まれたビスクドールみたいで、現実感のない美しさに包まれる。


「うん、気持ちのいい風だ……実に快適だね」

「快適?」


 ああ、と答える彼女の相好が崩れたことで、僕の中の『もしかして』は確信に変わる。


「私のような『雪女』にとってはね」


 


 亜人、怪異、真祖、悪魔から天使に至るまで。

 ミューデントには各々、モチーフとなる神話的な存在が必ず付いて回り、そのルーツを学べばおのずと彼らについての理解が深まる。


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異能アピールしないほうがカワイイ彼女たち2の書影
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