異能アピールしないほうがカワイイ彼女たち

二章 雪女さんは叱られたい ⑤

 案の定、訳知り顔の朔先輩。あなたはどうなんですかとカウンターを合わせたくなったが。


「じったいけん?」


 獅子原はまるでわかっていない顔だったので、藪をつつくのはやめておいた。


「そうそう……私も逆に聞いていいかな、獅子原くん」

「はいはい?」

「君は確か『ウェアキャット』だろ。熱々の鍋なんか食べて平気なのかい?」

「猫舌じゃなくてごめんなさいね!?」


 神速でツッコミを入れられる辺り、本人も意識していた証拠だが。


「お前の方こそ、どうせ『雪女はかき氷が主食』とか想像してたくせに」

「お、思ってないから!」


 否定しながらも目は完全に泳いでいる。獅子原の脳内ではたぶんウサギ女は耳がでかくて、ウシ女は胸がでかくて、ウマ女は競馬場でレースしているのだろう。


「いい雰囲気だね、ここは」


 と、何が琴線に触れたのかはわからないが氷上先生は満足げ。


「『虚心坦懐、肝胆相照らす』……我が校の理念にも合致しているよ」


 平たく言えば、『先入観を持たず広く平らに接し、お互いに心の底を打ち明ける』――僕が諳んじられるのは、面接試験の対策で一年と少し前に暗記したからだが。


「よく覚えていますね、校訓なんて」

「実家の家訓でもあるからね。茶室には掛け軸、武道場には額縁が飾られていて、稽古事の際には嫌でも視界に入ったな……」


 茶室、掛け軸。日本庭園にでも住んでいたような口振りだけど。


「ときに、私からも質問が一つあるのですが……」


 鍋の灰汁をすくいながら、それとなく切り出したのは朔先輩。


「氷上教諭はあの『氷上グループ』と、何かしらご縁がおありで?」

「氷上グループ?」


 初耳なのは僕だけではなかったらしく、獅子原と一緒に首を傾げる。


「この学校の経営母体を含む、関係会社の総称ね。設立以来一族経営を貫いていて、去年の純利益はおよそ――」


 事業セグメントにM&Aがどうこう、そこからは経済ニュースばりの情報。

 目をぐるぐる回す獅子原に、「ま、直近は外資系のコンサルがメインみたいだから、高校生には馴染みが薄いわね」というフォロー。あなたも立派な高校生でしょという話だが、朔先輩はたぶん『僕が興味のないジャンル』という縛りのもと二十四時間耐久ラジオを放送できる人なので、今さら驚きはしない。


「私の記憶では、そこの親会社の経営トップが『氷上社長』だったはず」


 偶然の一致にしては珍しい名字だけど。華麗なる一族や社長令嬢が、酒浸りになって廊下で寝入るとは思えない。よって偶然の一致に過ぎない説に、僕は全財産ベットするが。


「私の実父だね、それは」

「え?」

「ついでにここの理事長は叔母がやっている」

「えぇっ!」


 二段階で驚かされた。すごさで言ったら一個目の方が上な気もする。


「ま、君たちが知らなくても無理はない。あまり口外してくれるなと本家からお達しがあってね。今はもう実家を出て一人暮らしだが、SPを常駐させろだのうるさくて敵わないよ。幸い兄弟には恵まれているから、後継者は私でも私と結婚する男でもないのに」

「……僕たちにはバラしていいんですか、それ?」

「ああ、言われてみれば。というわけで、この件は内密に頼む」


 ご家族が心配するのも無理はない。後出しジャンケンになってしまうが、彼女の浮世離れした雰囲気は出自による賜物。寵愛を受けて育った分、悪意に対しては鈍感なのだろう。がめつい連中にタカられなきゃいいけど――僕の老婆心は死亡フラグ。


「なぁるほどぉ……そうでしたか。ふっふっふっふ、うっふっふっふっふっふ!」


 欲深な笑いを隠そうともしない朔先輩は、名刺を渡す営業マンのような前傾姿勢。


「申し遅れましたが……私たち、文芸部(業界実績ナンバーワン)と申しまして。少々お時間よろしいですか?」


 競合他社はどこだ。僕は白濁スープをすすって偽りの幸福に浸るしかなかった。


 それから小一時間ほど経った夕刻――鍋や食器を片付けた室内は、元文芸部らしい整然さを取り戻しているが、出汁の芳香はほんのり残されている。


「ほう。『現代という砂漠を旅する若者たちにとって、ここがオアシスたりえれば』か……」


 こんな薄ら寒い文言をアドリブで思い付く脳内を、一度でいいから覗いてみたい。


「なかなか高潔な精神だね」

「嬉しいお言葉です。ここにいる真音さんのように、共感してくれる方も多くて……ね?」


 朔先輩の口から出任せに、「そうです、救われてまーす!」と威勢よく乗っかる獅子原。

 なんか、あれだな。信徒が出世して勧誘する側に回るとか、いよいよ腐った宗教の臭い。あんな風に率先して、偉そうにふんぞり返っている教祖様の隣で太鼓持ちをして。

 少し離れた位置で議事録を作成中の僕は、目の前のやり取りが会議なのか儀式なのかも決めあぐね、ノートパソコンの画面はやる気のない小説家もびっくりなくらい真っ白。

 真面目な話、交渉や折衝なんて表現が正しいのだろう。

 そう、我ら文芸部が抱える喫緊の課題――『顧問不在』を解決するために。

 言葉を飾る気力はもはや失せているので、先ほど水道で洗い物をしながらかわされた僕と朔先輩の密談をコピペすることで説明に代えさせてもらう。

 以下、引用開始。


「翼くん! 天佑は我にありってこのことよね?」

「……何を息巻いてるんです?」

「氷上教諭に決まってるでしょ。彼女に顧問を引き受けてもらいましょう」

「頼んでみるのはありですね。無理強いはできませんが」

「するのよ無理強いを! うんと言うまで家には帰さない、なんなら家についていくから」

「捕まります。というか捕まれ」

「彼女はいわば、『合宿するときに別荘貸してくれるお金持ちキャラ』……わかるでしょ?」

「わかりません。そういう枠があるんですか?」

「ええ、代表格で言えば『■■■■!』に出てくる■■ちゃんとか、『■■■■■!』に出てくる■■ちゃん、アニメ版の二期ならそこに■■■さんも加わるのだけど――」

「やめましょう。多方面から石が飛んでくる」

「立派な狂言回しじゃない。実際問題、先立つものは必要でしょう。より多くの迷える子羊に救いを与えるためにも、後ろ盾は不可欠――」

「単刀直入にお願いします」

「理事長の近親者よ!? 仲間に引き入れれば百人力……我が軍は十年、安泰だわ!」

「……留年する予定が?」


 以上、引用終了。

 怠惰かつ享楽主義の彼女だが、いかにしてサボるかについてはストイック。日本国民には内心の自由が認められているので、動機についてはこの際とやかく言わず。


「君たちは顧問が不在になって困っているわけだ」

「はい、どうにかお力添え願えないものかと」

「うーん……しかし、具体的にどういう部活なんだい、ここは?」

「簡単に言えばカウンセリング施設……ああ、そうです! 本日は私たちの活動を知っていただく一環として、教諭のお悩みにスポットを当てるのはいかがでしょう?」

「私の悩みに、かい?」

「ええ、日頃の鬱憤から些細な躓き、心のモヤモヤに至るまで……色々おありなのでは?」

「…………まあ、ないと言えば嘘になるね」


 現代人特有の疲れたため息。そこに彼女を丸め込む活路を朔先輩は見出したのだろう。


「忌憚なく吐き出してください。顧問の件は頭の隅に置いていただければ良いので」

「そうかい? ふぅー……にしても、四月にしては蒸すね、今日は」


 と、氷上先生がおもむろに白衣を脱ぐ。現れたのは露出度の高いノースリーブ。着やせするタイプだったらしく、白衣の上から見ていた以上にボリューム満点。古臭く言えばボンキュッボンのナイスバディで、滝沢の審美眼(?)をこっそり称賛する僕だが。



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