異能アピールしないほうがカワイイ彼女たち
二章 雪女さんは叱られたい ⑥
「ちょっと男子ぃー! ジロジロ見なーい! 露骨に見なーい! 嫌らしい目で見なーい!」
出し抜けに烈火のごとく猛り狂ったのは獅子原。濡れ衣も甚だしい。
「別にジロジロは――」
「どこって言ってないのにわかる時点でギルティなの! 巨乳様がそんなに珍しいわけ?」
「あのなぁ……珍しいって、お前」
この場では三分の二、巨乳じゃないか。
「わかってる、どうせ貧乳に希少価値なんてないんだよーっ!!」
「ナチュラルに思考を読むのはやめろ」
自滅してむせび泣く女には哀愁さえ感じる。誤魔化し抜きで、氷上先生を性的な目で見た覚えは一切ない。むしろ僕が興味をそそられるとすれば、白衣の下よりも白衣そのもの――今は畳まれて膝の上、一見すれば何の変哲もない布切れだが。
「それ、特注品だったりします?」
「ハァ~? 胸のサイズ的にってことー?」
なおもセクハラ疑惑をかけてくる獅子原と、「彼女自身が着ることのみによって防弾効果を得る、とか?」元ネタがわからないボケをぶっこんでくる朔先輩。両方ハズレだ。
「外側は合成繊維に特殊セラミックを加工することで、紫外線プラス赤外線を大幅にカット。内側には熱伝導率・拡散率の高い再生繊維を使用することで、接触冷感の効果を期待している……だったかな」
「なんの呪文?」
目をシパシパさせる獅子原に「日本語だ」と答えていたら、
「人から言い当てられたのは初めてだな」
感心したように顎を触る氷上先生。人間の体感温度は外気と接する皮膚面積に大きく左右されるため、雪女は湿度や日射量に応じて防暑のレパートリーを使い分ける。アウター一枚あれば重宝するのだと、ネットの受け売りだが誤情報ではなかったらしい。
実のところ、一般人がミューデントに関する情報を集めるのはハードルが高い。お堅い臨床試験の結果は図書館に行くまでもなく読める時代だが、僕が知りたいのはあくまで日常における彼ら。翻ってみれば、こうして生の情報に触れる機会は貴重。
「わっ、ホントだ! 中は冷えピタみたいになってるー!」
着てみるかい、という先生の勧めで白衣を羽織った獅子原はテンションが高い。
「なんか未来の技術っぽいよー……お高いんじゃないですか、これ?」
「定価なら上物のカシミヤコートが買えるだろうが、国の支援があるんでね」
「うおおお、ウェアキャットにはあんまないやつ……それだけ大変ってことですか?」
「言うほどでもない。ここの職場は福利厚生がしっかりしているし、少なくとも感情を抜きにした場面では、みんな優しくてね。ただ……これがひとえに、感情と感情のぶつかりに発展するプライベート、取り分け男女の仲ともなれば、話は変わってくるものでね」
瞬間、ふへへっ、と病的な笑みを浮かべた氷上先生。なんかヤバそうな気配に僕は脂汗。
「ちょうど一週間前、別れた男の話になるんだが」
うんうん、はいはい、と相槌を打っていた女子二人が。
「やったあとにさ、いつも泊まらないで帰るんだよ」
ピシィ――と、凍り付いたように動きを止める。
「終電なくなった深夜でも、わざわざタクシー使ってだぞ。普通じゃないだろ? 気になって理由を聞いたらさ……あいつ、なんて答えたと思う?」
「あー、先生? その話は教育現場に相応しくないと思われるので、お控えなすってぇ……」
僕は「早まるな」あるいは「黙れ」という言葉を、常識的に言い換えるのだが。
「なあ、なんて答えたと思う!?」
ヒステリックに叫ぶ女は止められない。
「『お前が横にいると寝れねえ』『冷たくて萎える』『死体かよ気持ちわりぃ』だとさぁ!!」
「「「…………」」」
青春学園ものではお目にかかれないドロドロの台詞に、空気は絶対零度。
獅子原は、リビングで映画を観ていたら濡れ場に突入したみたいに、半ば脳死の顔で虚空を見つめている。ギャルの割に(偏見)純真というか、ただれた恋愛経験はないのだろう。
一方の朔先輩は眉間に深くしわを刻み「面倒臭い話が始まった」の顔。されども五秒後には「待ちなさい、逆に好機よ……この傷心に付けこめば、あるいは?」と、是が非でも心の隙間に入り込むため頭をフル回転させる。その頭脳を世界平和に活かせ。
「ひどい男がいたもんですね……ハッハッハッハ」
正常なのは僕だけ。棒読みとはいえフォローができる辺り良心的だけど。
「……本当に、そう思ってるか?」
氷上先生からは嘘つきを見る目で睨まれてしまう。
「本当に、心の底から、ひどい奴だと……古森は思っているんだな?」
「ええ、まあ」
「じゃあ私のこと抱いて一晩一緒に過ごせるんだな、今夜にでも実践できるよな?」
「…………今日はちょっと、疲れてるんで」
「やっぱり口だけじゃないか。そういうのが一番傷付く……傷口が広がったー!」
やけ酒三軒目みたいな駄々のこね方をする素面のお姉さんを前に、僕は閉口。
高校生相手に愚痴を垂れて、あまつさえ慰めを求めるなんて、教師以前に人として恥ずかしくないのか。振られた理由はそういうところだぞ。酒浸りの荒んだ生活習慣も一因だ。一人が寂しいんなら実家に戻れ、いいとこのお嬢様なんだろォ――と。
コンマ二秒あれば僕は容赦ない指弾で先生を撃ち抜いたが。
「一切衆生、把握いたしましたっ!」
間一髪、どどめ色の脳細胞が結論を導き出したらしい。
「氷上教諭、あなたは何も悪くありません……だって、あなたは何も悪くないのですから!」
朔先輩は、全てをなかったことにしそうなトートロジーで駄目人間を肯定する。清濁どころか吐瀉物すらも併せ呑みそうな器のデカさは維新の三傑もかくや。
「ほ、本当かい?」
「もちろん。それをこれから証明しに参りましょう」
ろくでもない策に打って出るのは火を見るより明らかだけど、似た者同士は勝手に潰し合えばいい。沈みゆく船を眺める諦観に僕は愉悦を覚えていたが。
「ここにいる翼くんの力を借りて!」
「……はい?」
その流れ弾を予期できなかった辺り、まだまだ危機管理能力が足りていない。
サキュバス、ウェアキャット、雪女、コウモリ。
愉快なパーティ(断じてハーレムではない)が徒党を組んでやってきたのは、一階の保健室だった。事務作業の最中なのだろう、入り口に『留守です。ご用の方は職員室へ』という札が掛かっていた通り、養護教諭の姿は見当たらず。
「人払いの手間が省けたわね」
消毒液の臭いが充満する無人の部屋に朔先輩はニヤリ。猟奇的な実験に勤しむ科学者か。
「じゃ、翼くん。とりあえずここで楽にしなさい」
ベッドの掛け布団を取っ払った彼女は、白いシーツをぽんぽん叩く。制服にお布団の組み合わせは完全にリフレの絵面。安いハニートラップにしか思えず。
「眠くありません」
「寝なくていいから横になりなさい」
「……少しくらい説明してもらえると助かるんですが?」
ため息をつきながらも、僕は自然とベッドに腰を下ろしていた。経験則上この状態の彼女から逃げ果せた例がなく、結果が同じならジタバタしない方が胃に優しい。
「氷上教諭のトラウマを克服するために、簡単なゲーム――もとい臨床試験を行うわ」
「安全が保障されていることを祈るばかりですけど……内容は?」
「まず、あなたは目隠しをした状態でこのベッドに寝そべります」
「さっそく危険な臭いしかしない」
「次に、私たちがランダムに、あなたの隣に添い寝していきます」
それはますます絵面的にどうなの、とは思いつつ。何が目的なのか大体の予想は付いた。
「ちょ、ちょ、ちょ……私たちってそれ、あたしも含まれてます!?」