異能アピールしないほうがカワイイ彼女たち
二章 雪女さんは叱られたい ⑦
当然の疑義を呈した獅子原に、朔先輩は「もちろん」と非情な回答。
「そして最終的に、何番目の女性の添い寝が最も心地良かったか、翼くんには公正に選んでもらいましょう。どう、なかなかエキサイティングな催しでしょ?」
ニヒルに微笑むゲームマスターに対して、「いやいやいや!」獅子原は全力の首振り。
「無理ですって! 男の子に添い寝した経験とか、あたし今まで一回もないですもん!」
「あら~、初めてが翼くんじゃ不満だって言うの?」
「現時点では誰が相手でも不満ですよー!」
「だいじょーぶ。正確には添い寝じゃないわ。体と体が密着しなくても構わないから。お触りなし、純粋にただ同じベッドの上で横になるだけ、ね?」
「うぅ……でも万が一、ガバっ! ってこられたら、あたし怖くて泣くかもー……」
「なら、こうしましょう。翼くんは両手を縛って自由を奪った上、横九十度を向いた体勢を維持……私たちはその背中側に寝そべる。これなら襲われる心配はないでしょう?」
「ま、まあ、それなら……で、でも、すみません、個人的にもう一つ、懸念事項が」
と、何やらシャツの胸元を引っ張って鼻を突っ込んだ少女。
「すー、はー……ちょうどマックスに一日の疲れとか、色々溜まってそうなスメル」
「それは盲点だったわね。公平を期すために臭いバレも防がなきゃ。というわけで翼くんには鼻栓もしてもらいます」
着実にレギュレーションの『穴』を埋めていく朔先輩だったが。無論、本懐は別にある。
手短に言えば、これは完全なる出来レース。僕に課された使命は、先生の添い寝を絶賛で褒めちぎる一方、他の二人をけちょんけちょんにこき下ろす役。ひとえに氷上先生の傷心を慰める企画だけど、大の大人がこんなバレバレの接待プレイで喜ぶはず――
「斎院くん、先にルールを確認しておこう」
パキィ、パキィ。骨の軋む音に目を向ければ、肩甲骨を入念にストレッチする氷上先生。その瞳からは気だるさが消失、獲物を狙う狩人に置き換わっている。
「原則お触りなしという話だが、事故による接触はノーカウントでいいかい?」
「結構です。裏オプにならない程度に」
「わかった……腕が鳴るじゃないか」
聞くまでもなく全力で勝ちにきている女の顔。勝負の相手は女子高生で、被検体も冴えない男子高校生で、一番になったとして嬉しいのか。プライドは傷付かないのだろうか。
とにもかくにも、全会一致に謎の臨床試験が開催されようとしている最中。
「あ、あのー、こーもりくん? ねえ、ねえって」
「……ん?」
すでに上履きを脱いでベッドの上、釈迦涅槃像めいたポーズで事の成り行きを見守っていた僕に、「完全に悟ってますが……」と獅子原は呆れ気味の顔。
「今のルールによれば、こーもりくんは目隠しをして、鼻栓をして、手の自由も奪われて。法治国家とは思えないアレな状態で、寝かされる寸法になるんですけど?」
「らしいな。犯罪チックな遊びに巻き込んで悪い」
「あたしはいいっての。あーたは文句ないわけ?」
「命の危険はなさそうだからな、今回は」
「過去にはあったの!?」
「複数回。液体窒素を使ったやつが一番死にかけたかな。まー、それに比べれば百倍マシだ」
「だ、大丈夫? 感覚、麻痺してない?」
「耐性が備わったと言ってほしい」
「ならいいけど……あ、あのね!『ガバっ!』ってされるのが怖いって言ったさっきのアレは、あくまで一般論だよ? こーもりくんだから拒否ってるとかは、全然ないからね?」
何に気を遣ってるんだか。しかし、誰も傷付けないムーブを自然にできるのは心根が優しい証拠。どうか僕や朔先輩に毒されず、そのままの獅子原でいてくれ。
しばらくして。
朔先輩がどこかから持ち寄ったアイマスクを装着、どこかから持ち寄ったクリップタイプの鼻栓を装着、どこかから持ち寄ったおもちゃの手錠(ド○キ製)を装着。保健室のベッドに横たわる男が一人いた。というか僕だ。想像以上に非人道的な絵面。
寝心地は、控えめに言って最悪。シングルサイズなのに無理して背後にスペースを空けているため、軽く押されたら落っこちそうなくらい端っこギリ。お触り禁止のため手は前にしているが、手錠は自力で解除可能なので所詮は紳士協定。
部外者に見られたら人生終わるので、心を無にしてとっとと済ませよう。
「あー、準備オッケーですので、一人目の方どうぞー」
見えない相手に指示を出すのはシュールな光景。声バレを防ぐ関係上、進行役は僕に任されていた。出来レースには違いないけど、順番を知らされていない点はガチンコ。
つまり僕にはここから、氷上先生が何番目なのか見極める責務がある。
介抱した際に、彼女の冷たさは身をもって経験しているから。楽な仕事だと高をくくっていたが、いざ視界を暗闇に覆われると不安も否めない。ノーヒントの朔先輩と獅子原についてはおそらく判別が困難。そもそもおまけなので判別する必要はないが。
キシィ――と控えめな音。何者かが背後でベッドに体重を預けたことを、健在の聴覚が知らせてくれる。しかし、それ以降は無音。息を殺しているのか呼吸音すらせず。向こうも端っこギリに寝ているのだろう、気配は感じるが触れ合うほどではない。
すなわち与えられた情報は皆無に等しかったが。
「…………」
「…………」
断言しよう、これは百パー獅子原だ。
なにせ、あまりに落ち着きがなさすぎる。
体は一ミリも接触していないのに、まさかここまでソワソワが伝わってくるなんて。感情としてはさらにハズイ、ドキドキなども交じっている。五感を超越したESPによって「お許しください」という電波を受信、気の毒になったので。
「……オッケー。だいたいわかったんで、一人目の方はお引き取りください」
僕の指令が出るや否や、ベッドのスプリングが派手な音を立てる。
そそくさ離れていく感じからも「助かったー」という感情が伝わってくるのだから、たぶん人狼とかやらせたら獅子原は最弱。ミューデントじゃなくゲームの方だ。
「じゃー、続いて二人目の方、お願いしまーす」
この感じがあと二人。虚無感半端ないなとため息を吐き出していたら。
「……おっ?」
背中――ちょうど肩甲骨の下辺りに、何かが当たる感触がする。
一人目とは違って音もなく現れた上に、えらく積極的(?)。今度は触覚的な判断材料が与えられたわけだが。なんだろうこの、硬くてずっしりくる感じ。
どこの部位かと聞かれれば、大本命で肩、大穴で肘。位置的に膝はあるまい。いずれにせよ胸や尻や太ももなどのラッキースケベにはあらず。
しかもこの女、獅子原(推定)とは打って変わって落ち着き払っている。
微動だにせず、無機質でひんやり冷たい。たとえるならセリ場に並ぶ冷凍マグロ……
――あ、氷上先生か、これ!
絶対にそうだ。人肌の体温に接している感覚はゼロ。まさしく雪女。
オブラートに包めば少々、不気味というか。死体と評した元カレの証言も頷ける――なんて言ったらトラウマが加速するので、上手くよいしょしなければ。それにしてもやけに骨ばった体だな。酒ばかり飲んでないで三大栄養素を取ろう。
「オッケー……十分堪能しましたので、交代してください」
背中に当たる感触がなくなる。来たときと同じく、忍びの者かと思うくらい静穏。誰かと比べるわけではないが、氷上先生はかなりの軽量級らしい。タッパがあることを考えれば痩せすぎだ。変なダイエットとかハマってなきゃいいけど。
「ハァー……ようやく最後か。じゃあ、三人目の方、お願いしま――うおおうっ!?」