異能アピールしないほうがカワイイ彼女たち

二章 雪女さんは叱られたい ⑧

 恐竜が降り立ったような振動で僕の体が揺れる。ゴーサインが待ちきれないとばかりに、ベッドに飛び乗ってきた何者かのせいで、小規模な地震に見舞われた。

 それだけなら僕も、情けなく「うおおうっ!?」なんて叫ばなかったが。


「? ?? ??? ?????」


 再び、肩甲骨辺りに何かが当たる感触。それは僕の脳を激しく混乱させた。

 今度は硬くもなければ無機質でもなければ骨ばってもいない。むしろ柔らかくて肉感的で脂肪がたっぷり詰まっていそう。形としては球体で数は二つ。擬音で表現するならドタプーンって感じの肉まんみたいな物体が背中に押し付けられている。

 どこの部位かと聞かれたら、迷わず胸と答える。豊満な、おっぱいと言い換えてもいい。

 ――だけど、あり得ない。

 第一に、順当に行けば今、後ろにいるのは朔先輩のはずだが。僕の知る限り彼女は典型的な耳年間。童貞をからかうお姉さんを演じているし、下ネタのレパートリーも豊富だが、ひとたび攻められる側に回れば女児同然。こんな暴挙に出られるはずがない。

 第二に、かといって氷上先生がこれをやっているとすれば、朔先輩以上に正気の沙汰じゃなかった。だって相手は高校生だぞ、教え子だぞ。いい大人が何をやっている。小一時間の説教コース確定、青少年健全なんたら違反で収監されろ。

 第三に、獅子原はこんなに大きくない。


『全ての不可能を消去して、最終的に残ったものがいかに奇妙でも、それが真実となる』


 ホームズの名言のせいで逆に、僕の思考は混迷を極めていた。

 そもそも一人目=獅子原、二人目=氷上先生という推理が、外れているとは思えず――


「って、おい、おい…………」


 僕が脳細胞に鞭打つ合間も、おっぱい攻撃は止まらず。なんなら激しさを増している。

 ああ、理解した。もう完全にピンときた。朔先輩以外にあり得ない。

 これはきっと水風船か何かのフェイクを押し当てていて、今頃あの人はクスクス忍び笑いをしているんだ、そうに決まっている。一瞬でも興奮しかけた自分が情けない。


「はい、結構です。わかりました、終了です…………終了ですよー……………いや、聞こえてますよね? さっさとやめてくださーい…………いい加減にしろ、オラァッ!」


 あまりのしつこさにイラついた僕は手錠を外して、ノールックの肘打ちを背後に繰り出す。「ううっ」と苦しそうにえづく声がして、ニセおっぱいはようやく離れていった。


「自業自得ですからね………………じゃあ目隠し、外しますよー。いいですかー?」


 少し間を置いて、どうぞーという朔先輩の声が返ってくる。アイマスクと鼻栓をむしり取った僕は、上履きに足を入れて恋しくもないベッドをおさらばする。

 横並びで待ち構えていた女性陣は、三者三様の雰囲気。


「お、お疲れー。アハハハハ……」


 労ってくれたのは獅子原だが、気のせいだろうか、その笑顔には若干の陰り。女子にエルボーかましたせいだろうが、正当防衛の一種だから大目に見てほしい。


「うっふっふっふ、役得な経験ができたでしょう、翼くん?」


 そして案の定、してやったりの微笑みを浮かべるのが朔先輩。

 しかし、あのニセおっぱい、いったい何を使ったのやら。質感といい弾力といい本当に精巧な作りだった。ソムリエできるほど本物を知らないけど。


「って、あのぉー……氷上先生? 体調が優れませんか?」


 僕が心配になった理由は、先生が吐き気を催したように口元を押さえているから。


「ああ、いや、気にするな。これくらい、よくあることだから……慣れてるよ」


 二日酔いがぶり返したのだろうと予想したが、「よくあるの!?」獅子原はぜかドン引きしていた。いちいちリアクションがうるさい奴。


「さーて、じゃあいよいよ結果発表と行きましょうか。結果はっぴょーう!」

「なぜ言い直したんです」

「まずは勝利者を教えてちょうだい。キングオブ添い寝の称号は、何番目の淑女に?」


 そうですね、と考えるふりをする僕だが、考えるまでもなく答えは決まっていた。

 最後のインパクトのせいで色々ぶっ飛んでしまったが、選ぶべきが氷上先生である事実は変わらず。それは言うまでもなく無機物のようにひんやり冷たかった――


「……決めた、決まりました。ンンッ! 二番目の女性、です!」


 意を決して出来レースの勝利者を選んだ僕は、それなり以上に大根役者だったけど。


「えぇ~……?」


 両目を糸みたいに細くした獅子原は、嘘でしょといった風に頭を抱えて。


「……は?」


 何言いやがったこいつ、という威圧的な眼光を走らせるのが朔先輩。二人ともなかなか演技派、敗者の屈辱がにじみ出ていた。僕も汚れ仕事を完遂しなくては。


「正直、断トツです。安定感が違う。置物みたいにどんと構えて無闇に主張してこない感じ。お互いに気を遣わない感じが、安眠を妨げず非常にグッド。老後まで添い遂げるつもりで真剣に考えた結果……二番目の彼女に軍配が上がりました。即日お持ち帰りしたいです」


 我ながら心にもない講評をスラスラ口にできた。

 よし、氷上先生のご機嫌取りはこれで十分。あとは辛辣な評価を他の奴らに与えて、と。


「で、逆に論外だった奴は……三番目の人ですね」


 目尻をヒクヒクさせる朔先輩に「お前のことだぞ」という視線を飛ばす。


「浅はかったらないですよねー。胸を押し付ければ男って喜ぶ生き物なんでしょっていう、脳味噌に酸素が回っていない幼稚な考えが、むかつきました。あと、どうにも違和感……ニセモノ臭い感触だったんですよね。中にシリコン詰まってるんじゃないですか?」


 パチモンなのにはバッチリ気付いている、嫌味をこめて言い放ったのだが。


「翼くん……なんでそれを私に向かって言うの?」

「とぼけないでくださいよ、あなたでしょ、三番目の痴女は……もといニセチチ女は!」


 僕の罵声に対して、


「ニセチチみたいで申し訳なかった……本当に、面目ない」


 反省の弁を述べたのは朔先輩――ではなく、その隣にいる女性。

 氷上先生は内臓にダメージを受けたかのように下腹部を押さえており。


「そりゃあエルボー食らっても仕方ないよな、へっへっへっへ……」

「…………!?」


 瞬間「あちゃーっ」と獅子原が天を仰ぎ、僕の頭は真っ白になった。

 辛うじて理解できたのは、僕が三択を外したこと、教師に暴行を働いたこと。そしてあの感触がニセチチなどでは決してない、氷上先生の胸元に霊山がごとくそびえ立つ真実の二座。

 本物ってあんなにゾクゾクするんだ、と感心するよりも先に僕は叫びたい。


「いい大人が高校生に胸を押し付けたりします!?」

「その方が君は絶対に喜ぶと、斎院くんからのアドバイスがあったもので……」

「自分の意思を少しは持ってください!」


 あと僕は別におっぱい星人じゃない。朔先輩の責任を追及するのも忘れて、なぜこんな過ちを犯してしまったのか原因を探る。そもそも、三番目の彼女=氷上先生である可能性を除外していた理由は、雪女特有の冷感がまるでしなかったから。

 じゃあ、なんだ? 雪女ってもしや、胸だけはあったかいのか?

 そんなデータは聞いたことないし。死体みたいで気持ち悪いという元カレの証言からも食い違う――と振り返ったところで、僕は図らずも閃いてしまう。この実験には前提条件からして誤りがあったことを。そうだ、なぜ気付かなかった?


「お前が横にいると寝れねえ」「冷たくて萎える」「死体かよ気持ちわりぃ」(原文ママ)


 このシチュエーションにおいて彼らは双方、の格好だったに違いない。


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