異能アピールしないほうがカワイイ彼女たち

二章 雪女さんは叱られたい ⑨

 ミューデントとして雪女の名を冠する彼女だが、伝承とは別物、触れた相手を凍死させるほどの能力はない。所詮は冷蔵庫から出したばかりのサラダチキン。肌と肌が触れ合うならまだしも、互いに衣類を着た状態での接触ならば一般人と大差ない。


「なんてことだ。叙述トリックに引っ掛かった気分……」

「こーもりくん、牡丹ちゃんの胸ジロジロ見るのやめて、キモいから」

「あの……じゃあ、二番目は朔先輩だったってことですか?」


 大人しかったし、サラダチキン以上に冷たかったなと首を傾げていたら。


「私じゃなくて、それよ」


 不貞腐れた朔先輩が眇めた先。座高を測定する台に立てかけてあったのは、頭に胴体だけのマネキン。見覚えがあるような。記憶をたどった結果、心肺蘇生の講習で使った人形だった。保健室に保管してあるのは不思議じゃないが。


「……どういうことか、説明してもらっても?」

「ご想像の通りよ。普通にやってもつまらないし、遊び心をね……ただ、ロッカーの下にしまってあったせいかしら、素材的にもキンキンに冷えちゃってて」

「………………………………」

「持って帰って一緒に眠る?」

「自分の立てた計画を……自分で台無しにするなよ……バカァァァァァァァーッ!!」

「あ、こーもりくんがキレた!」


 獅子原が言う通りキレていた。僕は今キレていい。


「全面的にあなたのせいでしょ、先生を当てられなかったのは!」

「ハァ~? どう考えても翼くんのせい……正月特番の格付けだったらあなた、一発アウトで映す価値なしに落とされる地雷の選択肢に飛びついたのと同義だからね!?」

「余計なボケ挟まないで普通にやれば良かったんだ!」

「ボケじゃなくてサービス問題でしょーが! なに、だったらあなた、私と氷上教諭の胸の感触を正確に判別できたって言うわけ? いつからおっぱい鑑定士になったの!?」

「なぜ胸で判別する前提! 大体、あなたはおっぱい押し付ける度胸なんてないでしょ!」

「ありますぅ~! 揉みしだかれても余裕ですぅ~! 初心な真音さんとは違いますぅ~!」

「なんかあたしに飛び火した!?」


 顔面を突き合わせた僕と朔先輩は、口汚く責任のなすりつけ合いをしていたが。


「青春、だね」


 氷上先生はポンと僕の肩を叩く。ギャーギャー騒いでるんじゃねえ、とゲンコツを落とされたわけでもないのに、その口調はどこか物憂げで醜い争いは中断。


「おっほっほっほ……私としたことが、お恥ずかしいところお見せしましたね。ふ、普段はもっと知的な活動に励んでおりますので、誤解のなきよう……」


 この期に及んで取り繕うのは無理があるので、朔先輩の代わりに僕は頭を下げる。


「すみませんでした、氷上先生。誤解もクソもなく、これが本来の僕たちです。顧問の件はお忘れください。なんだったら訴えるべきところに訴えて、このなんちゃって文芸部の存在意義を再考してもらっても構いません」

「構うわよぉ! 後生ですから廃部だけはご勘弁を――むぐっ」


 命乞いする部長の口に片手で蓋をする。


「いや、むしろ存在意義しかない。実に愉快で気持ちのいい集まり……思っていた通り、私のような人間とは対極に位置しているね、君たちは」


 氷上先生はどこか吹っ切れたように見える。今日一日で彼女の性格をなんとなく理解していた僕には、それが社交辞令や皮肉ではない真意に思えた。


「先生と僕たちが対極、ですか?」

「君たちの活動には一日として同じものはない。ハングリー精神に溢れているじゃないか」

「単に部長が全力でふざけているだけなのでは……」

「君にもいつかわかるよ。年を取れば取るほど、現状維持が愛おしくなる。幸せであればあるほどにね。良かったよ、現実を思い知れて」


 と、カシミヤに匹敵する高価な白衣の襟を両手で正す先生。


「このオーダーメイド品が象徴さ。親のすねをかじってこの学校に就職したのもそう。私は大いに恵まれているのだから、今以上を求めるなんて厚かましい」


 氷上先生の言葉にやっぱり嘘はないけれど。最後に寂しそうに微笑んだ彼女は、


「この部活に相応しい、エネルギッシュな顧問が見つかること……私も陰ながら祈っている」


 いわゆるお祈りメール。何度も聞かされて何も感じなくなっていたはずなのに、先生のそれはなぜか心の深い部分に沁み込んでくる気がした。


 

 外に出る頃には夕焼けが薄暮に色を変えており、校庭では白球を見失い始めた野球部が「ラスト一本!」と元気に声を上げていた。


「まー、明日は明日の風が吹くでしょう!」


 希望的観測を爆発させた獅子原が、「じゃーねー」と手を振ってくる。

 家が逆方向だという彼女とは校門前で別れた一方、家が近所の朔先輩とはほぼ最後まで同じルート。道すがら口喧嘩を継続できるほど体力は残されておらず。


「ごめんなさい、我ながら今回はおふざけがすぎたみたい」

「いえ、ストッパー役を放棄していた僕にも責任はあります」


 遺恨を翌日に持ち越さないのは親交継続の秘訣だと思う。


「まあ、いざとなれば顧問の一人や二人、水、炭素、アンモニア、石灰、リン、塩分、硝石、硫黄、フッ素、鉄、ケイ素、その他の元素を用いて見繕えるから安心しなさい」

「人体錬成は禁忌ですよ……にしても意外に良識あったんですね、朔先輩って」

「意外にの時点で悪口だけど、なにが?」

「氷上先生のことあっさり諦めたから。ゴリ押せば折れたかもしれないのに」


 普段なら確実に僕の制止なんか振り切って、最終兵器の泣き落としが発動した場面。


「ただ単に、キャラかぶりが怖くなっただけ」

「キャラ?」

「私と氷上教諭は似ているのよ。翼くんも感じる部分があったんじゃない?」

「……怠惰でものぐさ、人の話を聞かない、楽な生き方に全力を注いでいる辺りが?」

「そうそう。他にも美人なところでしょ、巨乳なところでしょ。性に奔放なところとか……」

「背伸びは良くない」

「裕福な家庭に生まれて、両親は過保護で、周囲はみんな優しくて、叱られもせず温室で育って、恵まれた環境にいる自分に疑問を抱いて……早く独り立ちしたいと思っていたり」

「…………」

「私には彼女の気持ち、よくわかるの。だからこそ無理強いはできないわ」


 想像というより体験談に近い話を聞かされて、僕が口にできる感想は一つ。


「贅沢な悩みだ」

「ホントにね」


 肩を揺らした朔先輩はなぜか満足そうで、どう転んでも手のひらで転がされた気分。彼女はいつもそう。裏の裏は表とばかりに僕の理解をすり抜けていき。


「媚びずにはっきり言ってくれる、翼くんみたいな人……私は好きよ?」


 何もかもわかっているはずなのに、本当の答えは一度も教えてくれない。


 


 もしかしたらピンチなのかも。危機感を抱いたのは翌日。

 日付を跨げばタケノコみたいに教師が生えてくるわけがなく、昨日の時点でほぼ総当たりして断られていた僕たちにできることは二巡目の戦いに臨むくらい。

 せめて気分だけは変えようと、昼休みを返上して職員室にやってきたわけだが。


「い、忙しそう、だねぇ?」


 恐る恐る中を覗き込みながら、入るのを躊躇する獅子原に、「だな」と僕は答える。

 高校生活二年目にして知ったが、昼休みの職員室は慌ただしくて人口密度が高い。

 プリント片手に生徒から囲まれる教師のデスクには、出前のラーメンが手つかず。逆に今しか食べる暇がないと言わんばかりに弁当をかっこんでいたり、手首のスナップを利かせて小テストの採点をしていたり、固定電話の受話器にペコペコ謝っていたり。

 休憩中という雰囲気はまるで感じられなかったが。


「牡丹ちゃん、いるね」



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