異能アピールしないほうがカワイイ彼女たち

三章 この世に一人だけだから ②

 市内最大の駅だけあり建物内はショッピングセンターになっている他、隣接する大型モールには映画館にゲームセンターに整体やら耳鼻科やら市民会館に至るまで。一通り揃っているため、遊ぶにしても生活必需品を買うにしても事足りてしまう。

 庶民としては大助かりな一方、居心地が良すぎるせいで、遠方へ足を延ばす発想は徐々に衰退。僕なんかはたぶんこのまま、本当の東京を知らずに一生を終えるのではないかと思っている。どこを指しているのかといえば、渋谷とか代官山とか銀座とかだ。


「分相応、だな」


 並木の合間から見上げる空は、清々しいほどの晴天だった。

 住宅街を抜けてから上昇の一途をたどった人口密度は、ガラス張りになっている駅ビルが見えた辺りでピークアウト。休日だけあり高架下にはバスやタクシーの列。それでも息苦しさを感じるほどではないのが、人込みをあまり好まない僕にとっては救い。

 指定されていた駅前デッキ、風車を模したオブジェに到着。約束の時間よりだいぶ早いだけあり、僕が一番乗りだった。楽しみで仕方なかったわけではなく、僕が化粧やヘアアイロンとは無縁な男子高校生だから。そりゃ、これがデートとかなら多少は身なりに気を遣うけど、現実は非情。行き交う人々を眺めながら絶妙な疎外感を覚えていたら。


「おっ?」


 カツン、スルスル――と、足元に滑ってきたのは革製のパスケース。後付けと思われるハムスターっぽいアップリケが特徴的。目の前を横切った女性のバッグから落ちる様を僕は目撃していたが、本人は早足でぐんぐん遠ざかっていく。

 急いで拾った僕は彼女を追って駅ビルに入り、改札を抜ける手前。


「落としましたよ、これ」


 肩を叩かれた女性は怪訝そうに振り返るが、差し出されている物を見てすぐに状況を把握したらしく、「すみません!」両耳のワイヤレスイヤホンを外して頭を下げる。


「ありがとうございま…………す?」


 目を合わせてお礼を言うお姉さんに「いえ、全然」と答えつつ、内心では律儀な人だなーと感心していたりする。人は見かけによらないものだ。

 というのも彼女、見るからに僕らとは住む世界が違う。髪はセットが大変そうな外ハネミディアム、ビビッドな春用ジャケットの下は肩を出したミニ丈のワンピースで、ボディラインがくっきり。耳にはフープイヤリング、ピンヒールを履いた生足が眩しく、高そうなチェーンのミニバッグを提げた姿は――形容するなら夜の蝶。主な生息地は港区界隈か。

 目力を引き立てるメイクも大人っぽいなー、と不躾に見とれていたら。


「ん?」


 パスケースを受け取った手のまま、お姉さんが固まっている。


「こも、り、くん…………あっ」


 無意識だったのだろう、唇からこぼれた言葉に自分で驚き、両手で口を押さえるのだが、その声に聞き覚えがあることに僕は思い当たってしまった。よくよく観察すれば、凛とした目元やシャープな鼻筋に面影(?)はある、が。学校の教室で目にする優等生然とした彼女と、あまりに大きくかけ離れていたものだから。


「あー……舞浜、だよな?」


 疑問形で尋ねると、「えへへ……」観念したように困り眉を作って頬をかく。


「おはよう……こんにちは、なのかな?」

「どうも」

「き、奇遇だねぇー。誰かと待ち合わせ?」

「ああ、この辺で部活の新歓とかって朔先輩が言い出して……そういうお前は、もっと素敵な街に繰り出そうとしている雰囲気だな」

「う、ううん! 大した用じゃないって。友達と適当にブラブラする感じ、かな」

「ふぅん。そのパスケースの動物、ネズミ?」

「これ? うちで飼ってるデグーだよ。学校行くときは使ってないんだけど……」

「そうか」


 ICカードの読み取り音と構内アナウンスが、やけに大きく鼓膜を揺らす。

 聞きたいことがないと言えば嘘になるのだが、あたかも飲酒や喫煙シーンを目撃されたかのような、顔中に懺悔をにじませる少女を相手に追及するのは憚られる。

 一言じゃあねと口にして踵を返せば、僕は引き止める気もなかったのだが。


「ごめん、あとで詮索されるくらいなら、今ここで問い詰めてほしいかも」


 なぜか謝られた上に、覚悟を決めた女の顔をされてしまったので、仕方ない。


「『こいつプライベートはキャバ嬢みたいな格好してんな』とか、思ってないから安心しろ」

「思ってる人の言い方!」

「出勤前のだぞ?」

「フォローになってない!」


 舞浜は傷口に塩を塗りたくられたように醜く呻いた。コミュニケーションって難しい。


「これには、深い事情がありまして……聞いてくれる、よね?」

「別に聞きたくないけど、言いたいんなら勝手に言え」

「ホラ、ありきたりだけど、学校で真面目に優等生やってる分、フレストレーションが溜まっていると申しますか……休日は別人になりパーッと遊ぶことによって、ストレス発散しているんだよ、うん! 適度に気分転換するのって、社会人になったあとも大事でしょ?」

「そうだな」とだけ、僕は言っておく。前に聞いたときは「悩みなんてありませんよ」とか言ってなかったっけ、なんて掘り返したりはするまい。


「でも……恥ずかしいから、学校のみんなには内緒にしてもらえる?」

「わかった、約束しよう」


 今日もこれから友達と遊ぶんじゃなかったのか。証言の不一致を指摘もしない。

 僕の最大限の気遣いが功を奏したようで、「あー……良かった、見つかったのが古森くんで」と、緊張から解放された様子。


「君のそういうところ、私は買ってるんだよね」

「どういうところだ?」

「基本的にドライで他人に干渉しすぎないところ。まー、斎院先輩は例外だけど」

「最後のがなければ素直に喜べた」

「違うの? 今日だってあの人に呼ばれたんでしょ」

「ただの部活の集まりだよ。獅子原と、なんか知らんけど氷上先生も来るらしい」

「あー、顧問の先生、見つかったんだもんねぇー……で、なぜ君は不服そう?」

「察してくれ」


 ため息をついて項垂れる僕を見て、「変なのー」と変に着飾った女から笑われる。


「その面子なら普通、テンション上がる男子が多いと思うなー。私から見ても楽しそう」

「入部希望なら大歓迎だぞ」

「うーん……一考の余地アリだけど、運動部との両立は骨が折れそう」

「舞浜は陸上部だっけ?」

「そうそう。ごめんね、人魚なのに水泳部じゃなくって。泳ぎはからっきしでさー、私」


 先読みして言う辺り、聞かれすぎて耳にタコなのだろうが。僕は舞浜のそういう、ミューデントのイメージに捕らわれない自由な生き方が、地味に好きだったりする。


「そういや、専門の競技が何かは知らないな」

「得意なのは中距離かなー。1500メートルとか走るやつね」

「ますます人魚っぽくないな」

「……逆に、人魚っぽい陸上競技とは?」

「やり投げか、走り高跳び」

「男の子の感性は宇宙だね…………あ、そろそろ私の乗る電車、来るみたい」

「気を付けてな」


 また学校でね、と手を振った舞浜は改札の向こうに消えていった。

 電光掲示板を見る限り、新宿行きの特急に乗るようだ。おそらく終点まで行くのだろう。


「調布で降りたら浮くもんな、あの格好は」


 二十三区ってすごい、僕は改めて畏敬の念を抱いた。


 

 舞浜を見送ってから少々。そろそろ誰か来る頃合いだろうと予測した僕がコンビニ雑誌の立ち読みをやめて、駅前広場に待機していたところ。


「ごっめーん!」


 息を切らせて階段を駆け上がってきたのは明るい髪色の女子。真昼の屋外、太陽光のもとではより一層に茶トラが映える。


「髪キマらないしー、ラインはもっと決まらないしー、遅くなっちゃってぇ……お許しを!」



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