異能アピールしないほうがカワイイ彼女たち

三章 この世に一人だけだから ③

 ほぼ十時ぴったりに現れた獅子原だったが、とんだご無礼を働きましたと言わんばかりに両手を合わせる。五分前行動が信条なのだろうか。ギャルなのに。


「大して遅れちゃいないから、顔を上げろ」

「やーやー、これはあり難きお言葉……あれっ? 斎院先輩、まだ来てなかったんだね」

「来るわけないだろ。あの人が定刻前に現れたら、天変地異の前触れだと思え」

「……ナマズか何か? でも良かった。走ったから、セット崩れたかもだし」


 紳士服店のショーウィンドウを使い、獅子原は身だしなみをチェック。ざっくりVネックの黒いTシャツに軽めのカーディガンを羽織り、袖はまくっている。下はデニムのショートパンツに薄手のタイツで、ストラップの付いたパンプスを履いていた。イタリアレザーのバッグや装飾品でモード系を演出しつつ、全体はアクティブにまとめた感じ。

 セルフプロデュースを心得ている、端的に言えば彼女によく似合っていた。


「どーかなぁ、超特急で選んだんだけど、変じゃないー?」


 振り返った獅子原から上目遣いに問われる。アイラインも若干、休日仕様。

 嘘をつく理由は特になかったので。


「服はいいと思う、服は」

「おっ、やったねー……って、服『は』と申したかい?」

「髪はそれ普段と変わらないよな?」

「マイナーチェンジってありますやんかー!」


 慣れない関西弁を轟かす女。言語体系がおかしくなる程度には憤慨したようだ。


「時代が時代なら打ち切り御免になってるよ、こーもりくん?」


 ジト目を向けられる。それを言うなら切り捨て御免だし、武士なら総髪一択だろ。

 まあ、一言余計な自覚は僕にもあったけど。一瞬だけ、本当に気の迷いで、舞浜が「普通はテンション上がる男子の方が多い」と言っていた訳を、理解しかけている自分がいるのに気が付いて、ささやかながら抵抗を試みた。

 その意味では、文芸部(変人過多)における獅子原がいかに重要か推し量れる。


「悪かったな、朔先輩がまた無茶苦茶言い出して」

「んー、べっつにぃー? あたしの歓迎会なんだから嬉しいに決まってるじゃん」

「当日に呼び出してバタバタさせた件な」

「それも別にぃ。予定なかったし、家で一人だと、今はちょいモヤモヤしちゃうから……」

「モヤモヤ?」


 なんでもない、と首を振った獅子原は「切り替えろ、あたし、笑顔だぞー!」闘魂注入だと言わんばかりにほっぺを両サイドからパチン。


「たっのしっみだー、ワーイ、たっのしっみだー」

「自己暗示か知らないけど、やめろそれ。他人のふりしたくなる」

「真面目に楽しみなんだってば。斎院先輩の私服、お初にお目にかかるんだもの」


 大人っぽいのかなー、お嬢様っぽいのかなー、もしかしたらゴスロリかも、まさかの着物ブーツもアリ、ジーパンにワイシャツだけでも十分スタイリッシュだよねー、と。

 妄想を膨らませる獅子原だったが、残念ながら全部ハズレ。たぶん今日のテンションはここがピーク、あとは下がるだけなのを僕が予感していたとき。


「すまない、待たせてしまったようだね」


 やあ、と手を挙げて近付いてくるのは長身痩躯の女性。氷上先生だった。学校内で見かけるときと同じように欠伸を噛み殺して、だるそうに体を引きずり、真新しい点と言えばシンプルなデザインの日傘を差しているくらい。新鮮味に欠ける要因は、


「……今日はこのあと、学校に戻ってお仕事でも?」


 白衣にタイトスカート、白タイツ、尖ったパンプス、平日と寸分違わぬ装いだったから。

 紫外線対策はばっちりだが、街中では違和感半端ない。


「いや? 強いて言えば君たちの引率が仕事…………ああ、この格好かい?」


 通行人から奇異の視線に晒されても、氷上先生はどこ吹く風。


「私は同じ洋服を十セットほど所有しているんだよ。かのアップル創業者も実践していた時間の節約術でね。決断の数を減らすことで生産性の向上を図るんだ。人間の脳は選択を重ねれば重ねるほど摩耗して、ベストな判断を下せなくなっていくから」

「アルコールの方が脳にはダメージ大きそうですけど……」

「百薬の長さ。しかし、本日は最悪のお日柄だね」


 忌まわしげに太陽を一睨みした先生は、日傘を握る手に力を込める。


「ガイアがもっと輝けと囁いたら厄介だし、早急に屋内へ退避しないかい?」

「そうですね。そろそろ、あの人も来る頃だろうし……」


 僕の台詞を、どこかで盗む聞きしていたのではないかと疑うタイミング。


「あら、みなさーん! お早いお着きのようねー!」


 定刻を十分近くオーバーした時間泥棒が、スキップを踏みながら登場。反省の色なんて、す○家で出される麦茶ほどにも見受けられない。それこそ着付けに手間がかかる振袖にでも身を包んでいれば、恩赦をくれてやってもいいのだが。


「……えっ? ん~……?」


 ゴシゴシ、ゴシゴシ。常人よりも優れた視力を有する獅子原が、目を擦っている。


「えー『スピーチとスカートは短い方がいい』とは、よく言ったものですが。本日は――」


 青空の下、ベテラン漫才師みたいな口上で挨拶を始めた朔先輩は平常運転。「早く日陰、入りたい……」と氷上先生がぼやいている中、


「ねえ……ねえって、こーもりくん?」


 僕の肩をちょんちょん叩いた獅子原は、耳元で吐息と共に囁いてくる。


「くすぐったいからやめろ」

「あたしが幻覚見てたら、ごめんだけど。斎院先輩が着てるアレ…………ジャージ?」


 裸の王様にでも遭遇したように疑心暗鬼で尋ねてくるが。


「見たまんまだろ」


 そう。朔先輩が着用しているのは、上下共にジャージである。

 補足するならそれは、ジム通いの女性が使うスポーティなタイプ――ではなく、おっさんが部屋着に使うダサいタイプ。さらに色は無難な紺や黒――ではなく、くすんだ赤、えんじ色という表現が正しい。プロ野球ならイーグルス。眼鏡をかければヤンクミ。

 極めつけに履いているのはクロ○クス、必要な物はスマホに全部入ってるとかで手ぶら。男の僕でさえ近所のスーパーに行くのがやっと、花も恥じらう女子高生ならばゴミ出しさえも躊躇われる格好で、市内最大の駅まで闊歩してきた勇者は、


「――さて、宴もたけなわ……とと、これは締めの挨拶だったわね。さっそく一次会に向かいましょう! 我に続けぇー!」


 ショッピングモールへ突撃する赤ジャージを「やれやれ……待ちくたびれたぞ」傘を閉じた氷上先生が追いかける。兵どもが夢の跡、獅子原は開いた口が塞がらず。


「……ジョブズリスペクトに匹敵するからくりが?」

「楽ちんだからってだけ。ずぼらなんだよ」


 かくして彼女の描いていた『理想のサキュバス先輩』像は、音を立てて崩壊。なんだったらすでにボロは出まくっていたため、取り繕う気力は起こらず。


「……すごい人なんだねー、斎院先輩って」

「想像以上だろ」


 むしろ僕は少し、嬉しかったりする。朔先輩の本性を僕以外の人間が知ってくれて。

 単に愚痴を言える相手が増えたからなのか、化けの皮が剥がれる心配をしなくて済むからなのか、はっきりしないけれど。


「あーあー、なんか馬鹿らしくなった。人の目を気にしすぎぃなあたしとは、大違いだよ」

「見習うな、あんな女を」


 少なくとも、ここにいるのが獅子原という人間じゃなかったら、僕の中に嬉しいなんて感情も生まれなかったはずなので。


「うぅ~、もう帰って着替えたいよぉ~……」

「いいよ、そのままで。結ぶ位置、ちょっと下だと印象変わるな」

「…………気付いてたんかーい」


 やっぱりこの瞬間が今日のピークになるだろうなー、と確信するのだった。


 



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