異能アピールしないほうがカワイイ彼女たち
三章 この世に一人だけだから ④
ピークを過ぎた出がらしはナレーションベースでお送りする。
その後、ラウンドワンでボウリングして微妙なスコアを叩き出したり、朔先輩がガンダムの対戦ゲームで十連勝したり、フードコートで氷上先生がビールを飲みまくったり、カラオケではハイボールを飲みまくったり、途中で誰かさんが「ここからはロボアニ縛りね」とか言い出して一人延々歌い続け、半ばアニメ映像の観賞会となったりした。
ちなみにゲーセン以外は氷上先生がお代を出してくれた。別荘貸してくれる枠という概念には否定的な僕だけど、普通の部活でも打ち上げで顧問の先生の好意に甘えるのはあり得るし、何より財布を出した僕を見たときのあの、己の存在意義を奪われ悲哀する氷上先生が不憫だったので、今回は受け入れることに。ありがとうございます。
以上、終了。オチも山場もないが、家で爪切りしているよりは有意義な一日だった。
そして午後三時。ショッピングモール内は家族連れで溢れ、最盛期の賑わいを見せる。
「神話になれー、古森ぃ!」
「ああ、はいはい…………」
会計を済ませてカラオケボックスを出たのだが、最後の一杯にレッドブルウォッカをキメていた氷上先生の中では、未だアニソン縛りが抜けきっておらず。無論、あれだけ飲んでも潰れない時点で相当な酒豪。千鳥足に踊る様子もなかったけれど。
「私にぃ、還れぇ! 生まれるぅ、前にぃ!」
妙にテンションが高くて若干、不安になる。顔色は例によって青白いが、それが病的なものなのかは判別が難しく。酔っ払いの世話なんてした経験のない僕が、大丈夫ですか、と形だけでも背中を擦ったら。
「大丈夫じゃー、ありません!」
今まで問題なく自立していたくせに、これ見よがしに寄りかかってきた。手とかほっぺが死んだように冷たい。偽物じゃない胸はでかくて柔らかい。どちらも経験済みだったので焦りはしなかったけど、どうすんだよこれと困っていたら。
「ほらほら、だらしないですよ、氷上教諭……あっち、座らせましょ?」
朔先輩が観葉植物の隣のベンチまで誘導してくれた。強制的に座らされた氷上先生は、ノリで抱き着いただけでやはり言うほど酩酊していなかったらしく。
「すまん……私のちんけな膀胱が限界を迎えそうだ」
冷めた表情で生理現象を訴える。言葉が達者な赤ちゃんみたい。
「わかりました。トイレを探して、あと、自販機でミネラルウォーターでも買いましょうね」
「排出させてから補給させる意味、あります?」
「脱水症状の軽減よ」
酔っ払いの扱いには一家言ありそうな朔先輩。サラダの取り分けとかも慣れていたし、前世は飲みサーの部長でもやっていたのだろうか。
「じゃ、私と氷上教諭は少しお花を摘みに行くわ」
「あ! お水、あたしが買ってきましょうか?」
助っ人を申し出る獅子原に、「お構いなく。そこら辺で待っていて」という朔先輩。
そもそもすでに十分すぎるくらい遊んだし、僕としてはこのまま解散でも良かったが、おそらく幹事としては最後の一丁締めをやりたいのだろう。そう、僕としては別段――このまま解散しても、大いに良かったけど。
あー、三角筋と喉が痛い。お言葉に甘えて待機モードに入っていたのだが、
「翼くん、少しいいかしらー?」
にっこり顔の朔先輩はなぜか僕だけ呼び寄せて、
「私からあなたに、本日の最重要ミッションを授けましょう」
「なんの話です?」
「戻ってくるまでの間に、真音さんのモヤモヤに耳を傾けてあげなさい」
「…………」
そう言われて、もう一度「なんの話です?」とは聞き返さない自分がいた。
僕の視線の先では、すっかりオフモードになった獅子原が欄干にもたれて、吹き抜けから下のフロアをボーっと眺めていた。一見すれば街の風景に溶け込んでいるが、今日一日のトータルで振り返れば違和感に気付ける。
女子高生の必需品――スマホを見る回数が、異様に少ない。
しがらみになり得る何かを避けているかのように。だからといって露骨に落ち込んでいる感じは見せなかったし、普通に楽しもうと頑張っているように感じたけど。
何かを考えないようにしているというのは、なんとなく察することができたので、僕は同じように、それが何なのかできるだけ考えないようにしてやった。お節介に干渉しすぎないのが美点だと、クラスメイトから指摘されたばかりだったから。
そんな事なかれ主義を許さないのが生き仏の如き朔先輩、なのだが。
「先生のお世話、代わりましょうか?」
お節介はあなたの十八番でしょ、という僕の真意を読み取った上で、彼女は首を横に振る。
「美味しい役は翼くんに譲っておくわ」
「なぜ僕に?」
「そうね……たとえるなら、SF作品における艦長キャラの変遷がわかりやすいかしら。初期は頼り甲斐のあるおじ様ばかりだったけど、一時期はアイドル性の高い女艦長が主流になったりして、今じゃ性別も年齢も性格もごちゃまぜのサラダボウルでしょ」
「全然わかりやすくないので、別のアプローチを頼みます」
「ふっふっふ。
未だに意味不明だし、獅子原に野性味を感じたことなんて僕は一度もない。
「ま、あなたには、あなたにしかできないことがあるはずって意味。後悔のないようにね」
アルバイトが公になったハンサムみたいな台詞を残した朔先輩は、スイカではなく氷上先生に水をやりに行ってしまった。みんな、あのアニメ好きすぎないか。
しかし、このまま帰ったら僕の心にしこりが残りそうなのは事実であり、こういう場面における彼女の慧眼(それこそ艦長に相応しい)には、割かし信頼を置いていたため。
「……タダ飯食った分くらいは働くか」
ピザもポテトも焼きそばも、大皿メニューはほぼ朔先輩が一人で平らげたけど。
割り勘にしなくて良かったとしみじみ思いながら、僕は獅子原のもとへ向かった。
「でさー、この前なんかさー、あたしはこんなちっこい、安全ピンみたいなサイズの髪留め注文しただけなのにさ、もー配達のお兄さん両手で抱えてきてさー、クリスマスケーキ入ってるんじゃないかってくらいデカい箱で送られてきたの。ドン引いたの、だって今のご時世にヤバすぎでしょーよ。畏れ多くも密林を名乗るんなら、もう少しエコに配慮すべきじゃん?」
「そうだな」
「さらに言うとだね、その素材がねー、厚紙と段ボールのハーフっちゅうのかな、オビィにもタスキィにもならないもんだから、『分別どうすんの!』って我が家の母は怒りんぼ。あ、今急に思ったけど、バレッタとベレッタって似てるよね…………え、ベレッタって何?」
「ハンドガン」
自分の頭を撃ち抜きたくなった。なんだよこの馬鹿みたいなやり取り。
どう切り出そうか迷っているうちに、黙ることを知らないギャルは中身のない話題を次々に投入してきた。毒にも薬にもならないレパートリーをこれだけ保有しているのは脅威だが、間違っても真面目に聞こうとしてはいけない。脳の大事な部分が溶けそう。
「にしても、遅いね、先輩と牡丹ちゃん」
「ああ、まあ……」
二人と別れて十五分少々。天竺までトイレを探しにいった説も有力だが、予想ではおそらく朔先輩は遠目に僕らの様子をモニタリングしており、ミッションの進展がない限り放置プレイが続くのだろう。脳が溶けるのとどちらが先か。
「ん~、遊んだなー、今日は。楽しかったー!」