異能アピールしないほうがカワイイ彼女たち
三章 この世に一人だけだから ⑤
欄干に背中(というか臀部)を預けた獅子原は、両手を上げて大きく伸びをする。その言葉に嘘らしい嘘はないけど、補講終わりだろうか、他校のセーラー服を着た女子がスマホをいじりながら通り過ぎて行って、やっぱりあれがJKのあるべき姿だよな。
「ってか! こーもりくん、カラオケだとシブい選曲するんだねー」
「……暗に『盛り上がらない曲ばっかり入れやがって』とぶっちゃけられた?」
「違うっての! いい意味で意外だったなー、と思い。いい意味でね?」
「繰り返すな、嘘くさい。そういうお前の方こそ、あれだったな」
「なになにぃ、あたしのパーフェクトに盛り上げ上手な選曲に、ケチなんか付けられる?」
「いや、音痴じゃなかったんだなー、と」
「暗に音痴だと思ってたのをぶっちゃけたね!?」
「前にカラオケ行くの断ってただろ」
「前ぇ? ああ、だからあれは、部活を優先しただけ…………ハァ~、うぅ~……」
途端に、盛大なため息を吐き出す獅子原。糸が切れたようにみるみる縮こまっていき、最終的にお尻が着地する寸前で膝を抱えてしまった。
普通の男子なら「やべっ、まずいこと言ったかな?」と焦るシーン。もしも意中の相手だったりしたら「過去に戻ってやり直したい!」と絶望するのだろうが、どちらとも似つかない感想を抱く辺り、やはり僕には良心がないのかもしれない。
――確かに、憧れの先輩にはこんな姿、見せられないよな。
朔先輩が言っていたのは、これか。つまりこの丸くなった茶トラは、本能的に弱さをさらけ出せる相手を選んでいるらしい。世渡りには重要なスキルだと思う。
ようやく訪れた沈黙の合間に僕は脳を休ませる。何かあったのか、とか聞くような真似はしない。それを言わない奴だとわかっているからこそ、このザマなのだろうから。
「……こーもりくんって、さ」
案の定、然るべきタイミングを計って、獅子原は顔を上げた。
「たきざぁと喧嘩したこととか、ある?」
「滝沢? いや、ないな」
「えー、すごいね! 一回も?」
「まだ会って二週間だぞ」
「そっちの方がすごくない!? よくつるんでるから親友なのかと思った」
よくつるんではいない。
「じゃあ、一番付き合い長い人って言ったら……やっぱ斎院先輩になる?」
「かもな」
「喧嘩とか、したことある?」
「しょっちゅうだよ。獅子原の前でもしてるだろ」
「うーんと、ああいう感じじゃなくてね、なんて言うんだろ……お互いに意地張って口利かなくなっちゃったり、そういうの」
「……」
あくまで一方通行。変な意地を張っていたのは、たぶん、僕だけだろうけど。
「あるよ、デカいのが一回」
「それ、長かった?」
「一年以上、疎遠だったかな」
「……………………えっ?」
嘘でしょ、というのが空気だけでも伝わってきた。
「ご、ごめんね……」
「なぜ謝る」
「……ごめん」
また丸くなってしまった猫女。完全に、「やばっ、まずいこと言っちゃった?」「過去に戻ってやり直したい!」と絶望している奴の動き。なるほど、こういう内容を無遠慮に聞いてしまった人間は、落ち込まないといけないルールが世間にはあるらしい。
だったら僕の方から無遠慮に聞き返せば、バランスが取れるだろう。
「一番仲のいい友達と喧嘩になって、口でも利かなくなったのか?」
「んなっ!?」
どうしてわかったって感じの目を向けられるが、単にお前がわかりやすすぎるだけ。
「大変なんだろうなー、女同士の交友関係は」
「今世紀最大級に、心のこもってないお言葉……」
実際、死ぬほど興味なかった。
「でも、今回はそういう、ドロドロした女子のアレではないんだよね。ただちょっと、言葉のあやとりと申しますか……まー、悪いのは完全にあたしなんですけども」
あやとりなら連帯責任だと思う。のび太は一人でも得意だけど。
「まさしく先日の、あたしが断った集まりがね、事後で聞いたらなんか絶妙に盛り下がってたんだって。めっちゃつまんなかったとか、寒かったとか、みなさん愚痴りに愚痴りまして。そしたらりっちゃんが、あたしがいればもっとマシだったのになー、的なこと言ったんだけど……これ、どう思う?」
「どうって、それは――」
「ね、そんなことないよねー。あたしなんかいなくたって成立するっしょフツー……ん、どしたのぉ、こーもりくん? おでこに手なんか当てちゃって」
自己完結するなら疑問符を付けないでほしい。
「……それ、向こうに言ったのか?」
「うん。あたしなんかいてもいなくても変わらんよぉ、むしろ空気でしょって。そしたら『なにそれ?』って不機嫌モードがオン。そこからは、まあ…………」
色々あったのさ、おーん、ということなので続きは僕が要約するなら。
その後、不機嫌にさせた理由もわからず「ごめん」と謝った獅子原の態度が、相手の感情をさらに逆なでして、二年になってからイメチェンしたことや、新規のグループに所属するようになったこと(文芸部を指しているので僕も無関係ではない)を否定的に――少なくとも獅子原の中では否定的に言及されて、こちらも不機嫌モードが発動。「あたしだってあたしなりに頑張ってるんじゃん!」と反論した結果、全面戦争が勃発。
周囲になだめられてその場は収まったものの、冷戦状態は続いており。
「……元々さ、あたしはりっちゃんと付き合い長いからってだけで、たまたまおこぼれであのイケイケなグループに入れてもらえてるのね。背伸びしてる感、半端なかったからさ……この際だから全部、リセットしてやり直せないかなーって。スマホ絶ちの我慢大会」
「今に至る、と」
「うん。なんだかなー、はっはっはっは…………ご感想は?」
長い、途中で帰りたくなった、それ以上に一言。
「あたしが悪いって前置きしたくせに、自分は悪くない論調で喋れるのはすごいと思った」
「うぇっほっほっほっ!」
気管にラー油でも流し込まれたみたいにむせまくった女は、
「落ち込んでる女子にそんな優しくない言葉かける人いる!? ねえ、この世にいる!?」
怒りではなく純粋に恐怖、ホラー体験をしたリアクションだった。
「別に非難してるわけじゃないぞ」
今の説明を聞いただけで、獅子原が短気だとか意地っ張りだなんて考えない。
「悪くないって思うんなら、むっとしたんなら、それだけの理由があるってことだろ」
「………………ある、よ。あるに、決まってるじゃん」
居心地の悪そうな獅子原は、セットが崩れるのも厭わず自分の頭をわしゃわしゃかき回す。二年に進級してから人気ナンバーワンのカラーに染め直したという茶トラ髪。その尻尾部分のサイドテールを最後にイジイジして。
「昔はこんなんじゃなかったんだ、あたし。立ち位置ってか役割ってか……あるじゃん? 友達の中で、派手な子がいたり、明るい子がいたり…………引っ張る子がいたら、引っ張られる子がいてさ」
「お前のグループは派手で明るい子しかいなさそうだけど」
「違うんですねー、これが。あたしらん中でも厳密にはやっぱり、すごくお洒落な子と普通にお洒落な子の差はあってさ。言っちゃえばどこまで行っても相対評価じゃん」
「真実だな」
あなたという存在はこの世に唯一、だから自分らしさ、個性を大切にしよう、だなんて。
歴史上、最も真実から遠いスローガンだと僕は思っている。だって、ここで言う『個性』というのは、究極的に他人との比較の中でしか見出せないものだから。自分一人しかいない世界だったら、そもそも個性なんて言葉すら生まれないだろう。
「その点で言ったらあたしは小学生の頃まで、クワガタ素手で捕まえる系女子だったの」
「どういう系だ」