異能アピールしないほうがカワイイ彼女たち

三章 この世に一人だけだから ⑦

 手を伸ばしても、虫取り網でも届きそうにないので、自主的な歩み寄りを求めるほかなさそうだが、チッ、おはぎの奴め。人間様の気も知らずに毛づくろいしやがって。

 さすが単独行動の鬼、同居人である男の子の呼びかけにもふてぶてしく応じないため。


「猫缶でも買ってきた方が良さそうだな、これは」


 そこのドラッグストアに売ってるかな、と僕が思っていたら。


「ふっふっふ……フーッフッフッフッフ!」


 らしくもない不敵な笑みに、腕組みの仁王立ち。かっこつけたポーズを取っている獅子原。

 しゃがみこんだ状態から見上げているとなんだか、背景からロボットでもせり上がってきそうな構図。ロボアニ縛りいつまで引っ張る気だ。


「キャットフードなんざぁ不要。ここはいっちょ、あたしに任せてもらえるかい?」

「あー……うん。そうだったな、そういえば」


 男の子はきょとんだったけど、僕は納得。隙間を覗き込んだ獅子原は、ターゲットカーソルを合わせるように両手を黒猫へかざす。


「さぁおいでー、おはぎちゃん。同族だよー、怖くないよー、取って食べたりしないよ~?」

「……元から怖がっちゃいないだろ、あいつ」


 我慢できずにツッコミを入れるのだが、効果はてきめん。僕には見向きもしなかったはずのおはぎが、人間だったら絶対に「うほっ!」って感じの反応。薄闇で光るアンバー色の瞳を獅子原に向ける。熱視線といっても過言ではない。寝そべっていた体をすぐに起こし、警戒心など微塵も見せず、軽快な足取りで近寄ってきて。


「はーい、おはぎちゃん、確保~!」


 あっという間に獅子原の腕に収まってしまった。抱きかかえられたおはぎは、先ほどまでの小憎たらしさが嘘のように従順。


「ちょ、ちょ、くすぐったいってのー、アッハッハッハ」


 ゴロゴロ喉を鳴らして獅子原の体に鼻先を擦りつけている。特に平たいバストの辺り、それも谷間付近(フェロモンが出ている?)を重点的に嗅ぎまくっているように見えて、僕はなんとなく嫌な気分。股座を確認したところオスだった。今度は明確に嫌な気分。獅子原も獅子原でガードが甘いと思う。猫が相手とはいえ、平たいとはいえ。


「すごーい、お姉ちゃん!」


 と、俗世に塗れた高校生とは違い、大はしゃぎなのが小学一年生。期待通りのリアクションを得た獅子原は「むっふっふん」と、かつてないくらいに得意げ。ウェアキャットについて知っている僕でさえも、こうして目の当たりにすると魔法のように感じる。


「なんでおはぎと仲良しなのー?」

「それはねぇ…………お姉ちゃんも、猫だからです!」


 何言ってんだこいつという台詞だけど、やはりそこは純粋無垢な小学一年生。


「ありがとー、猫のお姉ちゃん」


 きちんとお礼を言えるいい子だった。


「どういたしましてー……あ、ほら、こっちのお兄ちゃんには?」

「やめろ、惨めになるから」


 しかし、こうして見ると確かに獅子原は誰かを引っ張る側、年上の頼れるお姉さん。

 一方で、朔先輩の前では甲斐甲斐しい後輩キャラになれるし、クラスの仲間内では明るく元気に場を和ませるし、僕の前ではちょっと自分に自信がない普通の女の子。属する集団によって立場は異なるけれど、そこに優劣はない、どれも必要な役割のはず。

 足りない部分を補完したり、バラバラになりそうなものを繋ぎ止めたり。

 思った。たぶん彼女はそうやって、集団の中で自分がどうあるべきかを本能的に理解しているのだろう。ただしそれは本当に無意識で、野球選手のルーティーンみたいなものだから、変に気張ったりするとバランスが崩れる。痛い女イップスを患ってしまう。

 要するに、獅子原は自然体でいればそれが一番良くって、イメチェンなんか必要なく――


「…………僕もお局ギャルに賛同ってことか?」

「はぁ、おつぼね?」


 これだから思春期って面倒。禅問答めいた難題にうんざりしていたとき。


「遅くなってごめんなさいねー、翼くん、真音さーん?」


 鼻に付く声に視線をやれば、朔先輩が氷上先生を引き連れていた。片や芋ジャージ、片や白衣、あまり関わり合いになりたくないコンビが、真っ直ぐこちらに向かってきて。


「あら、その子、どうしたの? もしかして迷子? インフォメーションなら三階に……」


 状況把握が早すぎる。そもそもここは待ち合わせ場所とは違うフロア。やはりどう考えても遠巻きにモニタリングしながらニヤニヤしていたのだろうが、不測の事態を察知して現れたのだろうから、とやかく言わず。


「……朔先輩、ストップ」

「ん、なに?」

「それ以上、近寄らないでもらえますか」


 立ちはだかった僕に「どうして?」と朔先輩は問いかけてくるのだが、是が非でも道を譲るわけにはいかなかった。背後にはこの世の穢れを知らない、小学一年生の男子。獅子原という健全なギャルとのカップリングならまだ、微笑ましい絵面で済んだが。

 これが成熟した(?)一人の女性に置き換わった瞬間、趣は変わる。


「万が一ショタの性癖が歪んだりしたら事件ですよ!?」

「どういう意味、ねえ、どういう意味なの、それ?」


 いつの世もどこの世も、適材適所は変わらない。そういうことだった。


 

 その後、インフォメーションセンターで迷子のアナウンスをしてもらった結果、男の子のお母さんはあっさり見つかり。立役者の獅子原が代表で感謝された。本日の新人歓迎会における山場はここくらい。

 朝に集合した駅前のオブジェで締めの挨拶をした部長は、満を持して。


「お手を拝借……よぉーっ!」


 パン、パパパン。タイミングの合わない不吉な一丁締めにより解散となった。

 真っ直ぐ帰れよ、と一応教師らしい言葉を残した氷上先生はそのままタクシー乗り場へ消えていき(さすがブルジョワ)。おつかれー、と言った朔先輩が階段を下りていくのを見送る。帰る方向は僕も同じなんだけど、あの赤ジャージの隣を歩くのは憚れた。


「……はっくちゅんっ!!」


 アニメチックなくしゃみの音。獅子原が鼻を押さえて目をシパシパさせている。


「あぁー、いかんねぇー、花粉が飛んどるよー、もお。朝に飲んだヤクが切れたっぽい」

「危ない薬に聞こえる言い方はやめろ」

「ま、予備を持ってきたから安心……ってか、うわっ。まだ四時前じゃん、うわー!」


 ほっそい腕時計を睨みつけた獅子原は、ばぇーとかぼぇーとか死霊じみたデスボイス。一見すればただの遊び足りない女子高生の図だが、実際はもう少し複雑であり。


「あの~……こーもりくん、こーもりくーん。このあと暇だったりする?」

「いや、家に帰って爪切りしないといけない」

「暇なんだね、良かったー。じゃあさ、あたし適当に服とか見ていきたいから、付き合ってくれない? あ、なんだったらこーもりくんの買いたい物、一緒に選んでもいいよ? もしくは別路線で、映画とか観ちゃってもいいしさ」


 要約すれば、なんでもいいから時間を潰したいという申出だったが。


「獅子原、これだけは言っておくけど」

「はい?」

「現実逃避したってなんの意味もないぞ」

「…………」

「月曜日になったら僕たちは学校に行って、いつもの教室で退屈な授業を受けなきゃいけない。休み時間は仲のいい友達と駄弁ったり馬鹿やったりしなきゃいけない。リセットとかやり直すとか簡単にできるほど、現実の人間関係って甘くはないんだよ」


 要約すれば、意地張ってないで仲直りしてこいという提言だったが。


「……別に、現実逃避とかじゃ、ないし」


 反発心が湧くよりも気が滅入ってしまったのか、獅子原は下を向く。鼻水をすすっているのは、たぶん、さすがに、花粉のせいだろうけど。



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