異能アピールしないほうがカワイイ彼女たち

三章 この世に一人だけだから ⑧

「ただ、新しいコミュニティの仲を深めておこうかなーと……悪いこと、これ?」

「悪くはないかもな。僕も……獅子原がそうしたいんなら止めやしないって、初めは思っていたんだけど。昔話を聞いて、考えを改めた」

「昔話? クワガタの?」

「ああ。たとえば…………大切な誰かが、最低な言葉で傷付けられたとして。嫌な気分になったり怒りを覚えたりするのは、ありきたりなことなんだけど。それを表に出せる奴はあんまりいない。やめろって言える人間は、そうそういないんだ」

「それ……」

「少なくとも僕には、そんなかっこいい人間には絶対なれなかったから」


 なんだか最近は、昔を思い出す機会が多い気がする。

 とどのつまり嫌なものを見ないようにしているのは、臭いものに蓋をし続けているのは僕自身。だからこそ言いたい。僕みたいに間違えるなよ、と。


「当たり前じゃないんだ、そういう友達って。なりたくてもなれない人間が、この世にはごまんといる……だから、大切にした方がいいぞ。以上、じゃあな」


 このままでは自分の口から余計な一言が飛び出す予感がして、僕は逃げるようにその場を立ち去った。獅子原はなおも悲しそうに顔を伏せ、鼻をすすりあげていた。

 そんな彼女を見て、少し胸が痛んだだけでも、僕としては異常事態だったのに。

 ――今のままでもお前、いいところ沢山あると思うぞ。

 あまつさえ歯の浮きそうな台詞を口にしようとしていたのだから、


「どうかしてるだろ……」


 ああ、本当に領分じゃない。これがもしも朔先輩だったら――そんなことばかり考える僕にはやっぱり、人の悩みを背負う資格なんてないのだろう。


 


 猫は、気まぐれである。うちも飼っているからある程度はわかる。

 撫でてくれと愛らしくすり寄ってくるくせに、撫でていると突拍子もなくキレて噛み付いてきたりする。まあ、僕の撫で方や撫でる場所が悪かったのだろう。一応、家族の誰にも平等に懐いてはいると思うけれど、家族の誰にも御することはできないと思う。

 でも、それでいいのだろう。彼らには彼らの意思があって、いつも自由に生きている。ありのままの姿が魅力なのだろうから。

 というわけで――ここからは蛇足な後日談を少しだけ。

 時計の針が平等に進んで迎えた、ありふれた月曜日の朝だった。

 予想外の休日出勤も相まって、人並みに憂鬱な気分を引きずって登校したのだが。すぐさま人並みじゃ済まされない憂鬱に苛まれることとなる。

 ――ダァン!

 教室に響き渡った大音が、鳴りやまないはずの喧噪を一瞬だけ止める。

 ハエどころかスズメバチも潰せそうな鉄槌が目の前に打ち下ろされ、僕は椅子に座った状態で瞬きを数回。顔を上げれば、机に手を突いたポーズでこちらを見下ろす鋭い眼光。ラフに着崩して露出が多い制服からも、無造作なようで人を選びそうなゆるふわロングからも、アッパークラスの自信が溢れ出ている。

 普段は僕と隔絶された世界にいる彼女は、クラスのお局で獅子原の親友。


「ちょっといい、古森?」


 その唇が僕の名を呼ぶのは初だろうが、歴史的瞬間に立ちえた感動は皆無。

 彼女が顎をしゃくって示すのは廊下。ツラ貸せよってことらしい。ちなみにお局の他にもよく見る取り巻きのギャル(名前は思い出せない)が二人、側近のように両サイドを固めており、「大人しく従った方がいいよー?」って感じに不敵な笑み。すこぶる気に食わない。


「令状はあるんだろうな?」

「は? なにほざいてんの」


 刑事ドラマの真似をしてみたが、そう上手くもいかず。獅子原はまだ登校してないし、援軍は期待できそうになかったが。


「えー、古森ぃ~! お前、なにかやらかしたん~? ふはっ、ふははっ!」


 もはや尊敬に値するウザさで絡んできたのはサッカー部のエース。途端に鬱陶しそうに眇めたのがお局ギャルで、いつもだったら僕も似たような反応をするが、今回ばかりは滝沢を応援する。いいぞ、もっとウザく絡め、こいつを撃退しろ。


「チッ……相手してらんないっての。ほら、さっさと行くわよ?」


 と、お局が僕の脇に腕を突っ込んで強制的にスタンドアップさせる。瞬間、獅子原とはまた異なる系統の攻撃的なギャルの匂い(どんな匂いだ)が鼻孔に充満。無性に変な気分にさせられるので心の底から離してほしい。


「おいおいおい、仲間外れは良くないぜ、俺も混ぜ……」


 追いすがってくる滝沢は強心臓だが、


「ついてくんな」


 マジで人を殺しそうな目の女に睨みを利かされて、「あー、うん……生きてたら土産話を聞かせてくれよな、古森?」手を振るしかなかった男を責める気にはなれなかった。

 そこからは地獄のランデブー。女子からは触られても触り返してはいけない。南極のペンギンみたいなルールが発動した僕はされるがまま。他の生徒から向けられる視線が痛かったし、取り巻きのギャルA・Bは意気揚々と僕の背中を押してくるし。名前は知らないけどあとで覚えとけよお前ら。

 ほどなくして到着したのは渡り廊下。ホームルームの前から移動教室なんてあるはずもなく閑散としており、それを狙っての連行先なのだろう。壁を背にした僕を逃げないように囲う三人は、性別を抜きにすればどう見てもカツアゲの構図。


「あのさ……僕、何か気に障るようなことしたっけ? 君に、えーっと…………」


 探るような視線にプライドを傷付けられたのか、お局の眉間にしわが寄る。


「まさか名前、わかんないとか抜かすんじゃないでしょうね?」

「わかるよ、りっちゃんだろ。ただ、その呼び方を僕が使っていいのか……」

「いいわけないでしょーが。冴島さえじま利津りつ、ね」

「じゃあ、僕は冴島の機嫌を損ねる何かをしたのか?」

「……えらっそうに」

「お前ほどじゃない」


 うわぁ、とドン引きした声を漏らすのは取り巻きA・B。冴島に対してこんな失礼な態度を取る人間は他にいないのだろう。彼女は依然として、僕の存在そのものが気に食わないと言わんばかりの顔だけど、僕からしてもこいつを好きになる要素はゼロ――というのは嘘。獅子原の回想を聞いて好意的な印象を持ちかけていたのに、すっかり台無しだ。


「単刀直入に聞くけど」

「助かる」

「あんた、真音になんか余計なこと吹き込んだでしょ?」

「…………」


 おそらく模範解答は、「なんのことだ?」か「してないよ」だったけど。

 冴島の「裏は取れてるんだよ」という感じの詰め方に気圧されたのに加えて、否が応でも僕の脳内では最後に見た獅子原の悲しそうな顔がフラッシュバック。シラを切り通すにはあまりに不自然な間を作ってしまった。


「覚えがあるみたいね?」

「……少し出過ぎた真似をしたかなーとは思ったけどさ、確かに」

「うん」

「感謝しろよ、お前のことは褒めてやったんだからな」

「……うん?」

「ただ、言い方は少しキツかったかなーって、反省を。あとでフォローしようにも、冷静に考えたら僕、あいつの連絡先知らないし……」

「ごめん、なんの話?」

「土曜、遊びにいった話だろ」

「へえ~、そう……」


 冴島が初めて笑顔になった。笑うとえくぼができるんだなー、とか呑気に観察していたら。


「――っ!?」


 直後、喉輪を極められた僕はえずくことさえ叶わなかった。笑顔の下に般若をにじませた冴島は、ネイルの指を容赦なく僕の肌に突き立てて、


「遊んだんだぁー? 私がガン無視されてる間に……どこ行ったの? 楽しかった?」

「ち、違う……僕だけじゃなく……先輩もいた、先生もいた、部活の集まりだったんだ!」

「あっそ」


 興味が失せた冴島の指が喉元から外されるが、冗談抜きに殺る気がみなぎっていた。


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