異能アピールしないほうがカワイイ彼女たち

三章 この世に一人だけだから ⑨

 ――こいつを従えてた時期がある獅子原、ヤバくないか?

 余裕がなくなった僕を見て、取り巻きA・Bは「それ見たことか」って感じに苦笑いを浮かべている。改めて思うけど彼女たちのような人種が僕は得意じゃない。獅子原というイレギュラー(接しやすいギャル)のせいで感覚が鈍っていた。


「じゃあ……真音が髪染めたりしたの、別にあんたの差し金じゃないのね」

「え? ああ、そっちの話か……知り合ったの、二年になってからだし」

「なら良かったわ。あの子、少し思い込みが激しい面があってね……悪い彼氏とかに引っ掛かったら、すぐに影響されちゃうと思うのよね」

「僕はあいつの彼氏じゃない」

「知ってる。たとえでしょ。理解力ゴミ?」


 最大限に侮蔑をこめられる。しかし、ゴミながらによく理解できた。

 こいつは獅子原が悪い仲間の影響で二年生デビューしたんじゃないかと疑い、その悪い仲間が僕なんじゃないかと疑い、だから必要以上に敵視していた。ついでに数日連絡を絶たれただけで癇癪を起こす程度には獅子原を溺愛しており、あいつが悪い男に騙された日にはたぶんそいつを殺して自分も死ぬ。ちょっと重いけど。


「……だったらお前には、しっかり仕事してもらわないと困る」

「なんですって?」

「親友なら、危なっかしいってわかってるんなら、手綱を握ってやれよ」


 昨日、今日だけの、薄っぺらい話をしているわけじゃない。

 獅子原が文芸部の門を叩いてから今までの、欺瞞というか誤魔化し、見ないふりをしてきた全てに嫌気が差した僕は、いい加減にぶちまけるしかなくなっていた。


「痛いことしてるんなら、痛いことしてるぞって、言ってやれよ。言われないとわからないんだよ。あいつが馬鹿だからとか、単純だからってわけじゃない、自分のことは自分だけじゃわからないんだ。わかったと思ってもわかったふりなんだ」

「…………」

「だからああやって、僕なんかに悩みを打ち明けたりするんだよ。優しい言葉なんてかけてくれるはずないのに。どんだけ追い詰められてるんだよ。あたしなんか必要ないって? いてもいなくても同じだって? そんなわけないって、誰か教えてやれよ。あいつは僕と違って優しいんだから。迷子の子供にだけじゃない、世界中の人に優しくできるんだから。それってすごい才能なんだって、気付かせてやれよ。でなきゃ可哀そうだろ」


 結局、言ってしまった。本人はいないからセーフか。僕がこんなにベラベラ喋るタイプだとは思わなかったのだろう、冴島と取り巻きA・Bは目を丸くして互いの顔を見比べ、そこに映し出されていたのが同じ感想だとわかり、代表で口を開いたのはお局。


「あんた、貧乳ギャルが性癖だったりする?」

「茶化すな。こっちは真面目に言ってるんだ」

「ほんっっっと偉そう…………言われるまでもなく、わかってんのよ」


 最後の一言は自分に言い聞かせるように。冴島はそのままツカツカ歩いていってしまう。

 九死に一生を得た僕が胸を撫でおろしていたら。


「じゃ、真音に言っといてねー、コウモリくん。早く仲直りしなさいよーってさ?」


 取り巻きAは僕の肩に馴れ馴れしく手を置いてきて、


「真音がいないとりっちゃん、機嫌悪いの。お願いねー、コウモリくん?」


 取り巻きBに至っては頭をポンポン叩いてきた。やっぱりなんかこいつら気に食わないなーと再確認している中、二人は冴島のあとを追いかけていってしまった。ただ、一方的にあだ名を覚えられているのはいい気分じゃないので、今度はあいつらの名前も覚えてやろうと、なんとなく思う。


「からかいやがって……悪い奴らでは、ないんだろうけど」


 独りごちて一歩を踏み出したのは教室とは逆方向、渡り廊下の中間に設置されている自動販売機。予想外に声帯を酷使したので、喉を潤そうと思ったのだが。


「そもそも財布、持ってきてなかった………………ん?」


 と、そこで僕はたまたま、自動販売機の端っこに何かが生えているのを発見する。茶色というかオレンジというか、猫の尻尾みたいなサイズのそれには見覚えがあったので、少し強引に先っちょを引っ張ってみたところ。


「いだぁいっ!」


 案の定、自販機の陰に丸まっていた女が転がり出てきた。尻を隠して頭を隠さぬ馬鹿。


「……何やってんの、お前?」


 こめかみを痙攣させながら尋ねた僕に「あ、ははははは……」と笑い返す獅子原は、四方八方に視線を散らして眼球のストレッチに余念がない。


「あ、あー、うん。さっき、教室に着いたんだけど、たきざぁがね、なんか、こーもりくんがりっちゃんに連れ去り事件された、みたいに騒いでてね。心配というか、もしかしてあたしの責任だったりって思い。探しに出たんだけど意外にあっさり見つかって、予想通りにあたしについて話してるもんだから、割り込むタイミングがわからず……」

「そうか」


 先に言っておくが、僕は決して、絶対に、「いつからいたんだ?」なんて聞かない。

 シュレディンガーの猫というやつ。観測するまで確定はしないみたいな理論だったはず。

 果たして、恥ずかしい台詞を聞かれてしまったのか、聞かれずに済んでいるのか。真相を知らずにいれば僕の中では一生未完成、可能性のまま浮遊している。

 こうでもしないと正気を保てそうにない心境は、察してほしい。


「戻るか、教室」

「そだね」


 獅子原の顔を見ることなんて僕にはできず、たぶん獅子原の方も僕の顔なんて確認できなかっただろう。互いに一点を見つめて歩き、だけどなんだか、彼女がやけに鼻をすする音だけが耳に届くものだから。


「鼻炎の薬、飲み忘れたのか?」

「え! あー、うん! めっちゃ飲み忘れた、うん! きっついねー……ハハハハ」

「あの女、言うほど怒ってないみたいだから。さっさと関係修復した方がいい」

「わかってる……ありがとね?」


 獅子原が、今度は猫みたいに顔をごしごし擦るものだから、今日は雨でも降るのかなと僕は現実逃避気味に考えるしかなかった。


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