異能アピールしないほうがカワイイ彼女たち
四章 人魚の涙と呼ばないで ②
器用ではなく暇人、あとアニメに影響されやすいだけ。付き合わされたせいで僕も全部それなりに上手くなってしまっていたが、役に立つ日は一生来ないでいい。ただひたすら角換わり腰掛け銀だけやらされた日々に、感謝するなんて死んでも御免だから。
「ったく、横歩の時代なんてとっくに終わったでしょ……」
数学の参考書に独り言をこぼしたとき、「おっ?」ポケットの中でスマホが振動。
見れば獅子原からのメッセージを受信しており、僕は若干困惑する。
冴島利津とかいうヤクザに襲撃された先日「そそそそ、そーいえば、こーもりくんのID、知らなかったよねー、うん!」と、猿の玩具みたいに手をパンパン鳴らす女と連絡先を交換したため、個人情報が流出している心配はなかったが。
「…………?」
訝しんで見つめる先――はす向かいの長テーブルに座っている獅子原は、先ほどまで読んでいた竜王がお仕事しそうなラノベ(朔先輩の私物)を閉じ、スマホをいじっていた。あえて僕の方は見ないようにしているのだろう、素知らぬ顔なんか作りやがって。
同じ部屋にいるのになぜメッセージなんか。不審に思いながら画面をタップすれば。
『暇だねぇー』(+ひっくり返って腹を見せた猫のスタンプ)
心底どうでもいい内容だった。直接言えよ……ああ、やめろ、スタンプだけどんどん送り付けてくるな。暇そうな猫だけで何種類持ってんだ、こいつ。
『声出したら死ぬ爆弾でも呑み込んだの、お前?』
無難なメッセージと一緒に視線も飛ばすのだが、やはり獅子原は見向きもせず。
『ちゃうちゃう(プンプンの絵文字)先輩お勉強中なんだから邪魔しちゃダメっしょ』
『気遣い無用なんだよ。電車の踏切前でも数独できる人だぞ。つーかどう見てもあれは真面目な勉強じゃないし、真面目な勉強をしている僕の邪魔をしている自覚がお前にある?』
『ほうほう区切らずに長文で送るタイプの人なのね(メモメモみたいな絵文字)』
だからなんだよ。本当にわからない。僕にはギャルがわからない。
『ハナシ変わるけどこーもりくんって彼女いる????(興味津々な絵文字)』
「…………」
僕はゆっくり立ち上がる。
『あー今いなかったら過去に何人くらい付き合ったことあるかも聞きたいなーおねがぁい』
「なあ、お前ちょっとウザすぎるぞ?」
「え? うわぁっ!」
鬼の形相で背後に仁王立ちする男――今にも雷を降らせそうな僕に気が付いた獅子原は、狼狽えながらもスマホを印籠みたいに突き付けてくる。
「ちょ、ちょっとー、こーもりくぅん! あーたねぇ、真音さんがせっかく文明の利器を使ってスマートに交信してるんだから、リアルファイトに持ち込むのはやめてくださる!?」
「そういうルールでもあるのか?」
「あるよ! ニャムサール条約で国際的に禁止されてるの!」
「ウェアキャットしか批准してないだろその条約……」
「でー? いるのー? いないのー?」
続くのかその尋問。うんざりしている僕に代わって、
「翼くんに彼女はいないわよー。6三玉……」
駒を動かす片手間に朔先輩が答える。ハッキングされたわけでもないのにスマートな交信は筒抜けだった。誰得すぎる情報に、なぜだか満足そうに頷いている女。
「そっかそっか、そーだよねー、やっぱり……いやー、焦って損した、えへへ」
失礼な納得の仕方をしている自覚は皆無。ふふっと独り笑いして「あいちゃん可愛いー、飛車先突いて返り討ちにされたーい♪」小説の続きを読み始めた。
もはや女子高生ではなく、獅子原の心理がわからなくなる僕だったが。
「局面が移ったようね」
将棋盤から顔を上げていた朔先輩は意味深に顎先を撫でる。
「何を言ってるんです?」
「ここからが勝負よ、翼くん。終盤力が物を言うのは人生も同じだから」
まともに会話できる人間が恋しくなった。
「この部も役者が揃ってきたし、私としてはそろそろ学校を揺るがすレベルの大事件が舞い込んでくれれば、永世八冠獲得したくらいにテンション上がるのだけど」
「滅多なこと言うもんじゃないです」
「七じゃなくて八だものね?」
数字の問題じゃない。
画面映えしなくても単調でも結構。安楽椅子探偵が事件を紐解くように、この部室内だけで延々ちまちま活動していたい――そんな願望を密かに抱いている僕だったが。
コンコン、というノックの音がして、いよいよ来てしまったかと嘆息。
「はぁーい、どうぞー?」
税務調査が入ったみたいな速度で将棋盤を隠した朔先輩が、扉の向こうに声をかける。
僕は少なからず固唾を呑んでいた。頼む、見るからに緩そうな一般人来てくれ――願いが天に通じたのかは定かじゃないけど。
「ちぃーっす、失礼しまーす」
聞こえたのはゆるっゆるの声。ドアがスライドして入ってきたのは背の高い男子。
頭のてっぺんからつま先までチャラいそいつには見覚えしかないが、当たりを引いたのかハズレを引いたのか、絶妙に決めあぐねている僕を見て。
「おーっす、古森。よろしくやってる?」
「……やってねーよ、馬鹿」
声がでかい滝沢に言い返す。少なくとも、こいつに限って深刻な相談はあり得ないだろうなー、と。楽観視していた僕はどれだけ愚かだったろう。
僕と獅子原のクラスメイトであること、サッカー部では一応エースであること、好きな選手はチェルシー時代のアザール、好きな女性のタイプは「選べません!」などなど、一通りの自己紹介を終えた滝沢奏多は、
「あー、やっべ。泣きそーかも……しんどー、はぁ~……」
正面に据えた朔先輩の顔が、神々しくて拝めませんと言わんばかり。天井を見上げながら目尻を擦り始めた。まんま推しのアイドルと対面したファン。獅子原も似たような感じだったのは記憶に新しいけど、同じことを男がすると一気に気持ち悪くなるから不思議――すまん、別に不思議でもなかった。
「俺、先輩みたいなタイプがドストライクでして」
「ホント? 一分前には選べないって言ったでしょ」
「秒で改宗しました。とりあえず、ラインから教えてもらえます?」
推しから攻略対象に変わる瞬間、早すぎないか。
「悪い、滝沢。ここはそういう店じゃないんだ」
「わかってる。わかってるから、教えてください。あとできれば思い切り踏ん付け――」
「朔せんぱーい、どうやら彼は冷やかしに来ただけなので、お引き取り願いますね」
「ばっか! ジョーク、ジョークだから!」
「チッ……」
「舌打ちはナシナシ、お客さんだよー。つーかさ、なんで古森はずっと俺の後ろにスタンバってるわけ、お前の席ねえからっていじめを受けてんの?」
「こういうときのために決まってるだろ。いっぺん飛んでみるか?」
「し、失礼しゃーした……目がこえーな、お前。本気と書いてマジだもん」
命の危険を感じたのか滝沢の表情から軽薄さが消え去る。妙な真似をしようものなら僕はマジでこいつの体を窓の外に放り投げるつもりだったが。
「……こーもりくん、見かけによらず独占欲つよつよだもんね」
「は? 独占って誰が誰を?」
「やー、別にいいって。ご勝手にって感じなんだけどさー……うん」
獅子原は、引いていた。たぶん七割くらい引いている。残りの三割はなぜか不服そう。
「わかるぜ、真音ちゃん。古森って使い魔すっ飛ばして、斎院先輩の忠犬だもんな」
「……ハチにでも改名しろと?」
「ハイハイ、翼くんの脳がパンクしちゃうから、その辺にしておきましょうねー?」
小学校の先生みたいに号令に、「はーい」「うーっす」と、彼女をリスペクトする二人は大人しく従う。助け船を出してやったみたいな朔先輩のしたり顔が鼻に付いた。