異能アピールしないほうがカワイイ彼女たち
四章 人魚の涙と呼ばないで ③
「何か相談事があるのよね、滝沢くん?」
「あー、そうっすね……まずは見てもらった方が早いと思いますんで」
そう言って滝沢はスマホを取り出す。
手早く操作してから「これっす」画面が全員から見えるよう、テーブルの中心に置いた。表示されているのはSNSのプロフィール欄。短文の呟きがメインの有名なやつだが、滝沢自身のアカウントではないらしい。
「『ガチクズ偽善者ちゃん@中の人はJKミューデント』って……舐めてんのか、こいつ?」
寒気がした僕が吐き捨てると、「確かにアホっぽいよな」滝沢も苦笑い。
「ただ、世間的には大変ご好評みたいでさ……」
「わわっ、フォロワー三万いるじゃん」
獅子原が驚きの声を上げるまで僕も気付かなかった。一万越えにもなれば小規模なインフルエンサー。一介の高校生が平凡な投稿をしているだけでは集まるはずもなく。
「ま、どういう内容かといえばだな……悪い、女性陣は見てて気持ちいいもんじゃないぞ」
滝沢が申し訳なさそうにスワイプして、ポストを遡っていく。その多くには写真が添付されていた。案の定、太もものアップだったり、谷間のアップだったり、服を大胆にはだけさせていたり。オスの欲望を満たすためだけに撮影された写真が現れて、
「きもっ……本当にやだっ、こういうの」
普段よっぽどのことでは嫌悪感を露わにしない獅子原が、生理的に受け付けないと言いたげに顔をしかめる。煽情的な自撮りをアップする行為に対してなのか、返信欄に溢れる卑猥な言葉の数々に対してなのか、どちらにせよ至極まともな発想だ。
「裏アカというか、よくあるエロアカみたいね。承認欲求を満たすためなのか、あるいは出会いや金銭を目的にしているのか……ま、これ系のネタは毎日一定数トレンドに上がってくるから、想像するのも無意味だけど」
「そっすよね。俺もいつもなら、よくあるやつだなーでスルー安定なんすけど……なんか先週くらいから、一部の界隈が盛り上がってて。理由を聞いてみたら……なんとこのアカウントの中の人、うちの高校の生徒という説が濃厚らしいっす」
「濃厚って……制服の写真でもアップしてるのか?」
「さすがにそこまで露骨な情報は出してないけど」
じゃあなんで。僕の疑問に答えるのは朔先輩。
「怖い世の中よね。ただの風景でも道路の標識やマンホール、車線の数だけでもヒントになるし、雷が強かった大雨が降った、近くに新しいマンションが建った、信号機を工事しているだとか、他にも色々。その気になれば場所も人も簡単に特定できるみたい」
本当なら怖いってレベルを超えているが。
「ふんふん……検索かけたら、ご丁寧にまとめている掲示板が出てきたわね」
ノートパソコンを操作する朔先輩が、その経緯とやらを説明してくれた。
件のアカウントは元々、日頃の愚痴を淡々と呟いているだけで、しかしそれが妙に毒舌で腹黒というか。女子高生らしからぬ語彙力で友人や教師を罵っており、地味に人気を博していたものの、この時点ではまだフォロワー数は千人弱。
ある日、FF外から『おっさんの妄想』『よしんば女でもブス』という中傷を受けた際、反論する流れでR15指定の自撮りをアップ。現役女子高生だと証明されたのだが、それ以降も定期的に同様の写真を上げるようになり、加速度的に知名度は上昇。
最初は胸・脚などの局所的な写真が多かった(それでも十分際どい)のだが、最近では口元から下の全身や、目元を隠しただけの写真まで上げているようだ。
身バレを防ぐためなのだろう、ウィッグで髪の色は毎回違っていたりしたが。次第に高校名や住所を特定しようとする危険な輩が現れるようになった、と。
「なるほど……日常生活をかなり明け透けに投稿していたみたいだから、写真どうこう以前に特定されるのは時間の問題だったみたいね。共学で、制服はブレザー、普通科で、東京二十三区外の、京王線の特急が止まる大規模な駅の近辺……までは書き込みが残っているけれど、それより先は削除されているみたい」
「はい、今は見られないっすね。ただサッカー部の連中にスクショ持ってる奴がいたんで、うちの学校の名前が出ていたのは事実ってか、そいつの話だともう確定事項で個人名を特定しようって動きになってたらしく……それでも本人はアンチ煽ったりしてるし、もうヒートアップしてエスカレートして泥仕合ですね」
「……そんなことして何が楽しいんだろーね、みんな」
目を背ける獅子原は「馬鹿みたいじゃん」と呟く。完全に同意だ。
「滝沢、まさかと思うけど……」
「ん、なんだ?」
「僕たちにこいつをネット民よりも先に見つけ出して、『くだらないことはやめろ』だとか『危ないからアカウントごと削除しろ』だとか偉そうに講釈垂れて、まるっと全部綺麗に収めてくれ……なーんて、無茶苦茶抜かすんじゃないだろうな?」
「おおっ、その通りだ!」
話が早いぜ、という感じに指を鳴らす滝沢。無茶苦茶抜かしてる自覚はなさそう。
「俺のそこそこ広めな情報網によれば、この噂だんだん一部の界隈だけに留まらなくなってきてるっつーか……放っといたら教員にも伝わるぜ」
「だろうな」
「特定されたあとだったら厳重注意じゃ済まされないぞ。可哀そうって思わない?」
「自業自得だろ」
そりゃないぜーと天を仰ぐ滝沢の一方で、「言うと思ったわ」と呟いたのが朔先輩。
「この子、下手すりゃ退学……そうじゃなくっても、こんなことしてたのが学校中に広まったりしたら、いづらくなって百パー転校するしかなくなるぜ?」
「顔も名前も知らない誰かが学校辞めるかもって聞いても、僕は同情なんて……」
「可能性はあるじゃん。万が一、知ってる誰かでさ。同じ部活の仲間とか、家が近い幼なじみとか、ひっそり片思い中の先輩だとか。そういう人がある日、学校から急にいなくなったりしたら……俺は結構へこむと思うんだよね」
「……」
「だから、そうならないように、やれることは全部やったんだぞー、ってベストを尽くしておきたいんだけど……これって古森にはあんまり共感を得られなかったりする?」
滝沢のくせに人道を説きやがって。ただの一般論だというのは、理解しているが。
「チャラいだけかと思ってたけど……たきざぁ、実は結構いい奴?」
獅子原が感化されている。相変わらず疑う心を知らない。
「おう、めっちゃいい奴! 困ってる女の子を助けんの三度の飯より大好物だもん。特にこの子なんかさー、パイオツカイデーの太ももムチムチプルンだからさー、恩を売っときゃなんやかんやエロいことの一発や二発、させてもらえそうじゃん」
「あ、ただのサイテー男だったわ」
「うそうそ冗談、幼児体型でも興奮するって……あ、そういやさー、真音ちゃんさー、前から思ってたけど、ちっぱいゆえに警戒心なさすぎるってか、よくブラチラしてるから気を付けなね。まー、気を付けない方が野郎どもは喜ぶけど! なー、古森ぃー、なー?」
「ごめん、死んで?」
乱れてもいない襟元を合わせるようにして操を守る獅子原。目いっぱいの侮蔑を視線に乗せるのだが、それすらも栄養に変える滝沢は「あっはっはっはっは!」と高笑い。頼むから死ぬなら一人で死んでくれ僕を巻き込むな。
「ではでは、満場一致で滝沢くんの依頼を受ける方針でいいかしら」
と、部長らしく決を採る朔先輩。最初からこうなるのを予期していたような。
「大事になる前に、私たちでこの困ったちゃんを探し出せばいいわけね」
「…………やるだけやってみればいいですけど、簡単な話じゃないと僕は思いますね」
我が校の生徒数は千人を超える。女子だけに絞るとしてもその半分。