異能アピールしないほうがカワイイ彼女たち
四章 人魚の涙と呼ばないで ④
「んー、でもでも、二年の女子って限定ならあたし、大体の人と面識ありそうだから、履歴漁っていけば、『あの子かも!』って、見当ついたりするかもねぇ」
スマホの画面をスクロールしている獅子原に、「おっ、頼りになるね」と滝沢。
「じゃあ、同学年は真音ちゃん頼むよ。俺はよく先輩にナンパ……もとい、お声がけしてて。顔・名前・スリーサイズくらいだったら知ってるから、そっちに当たり付けるかな」
「りょーかい。去年の時点でJK自称してるみたいだから、一年生ではなさそうだね……ってか、これとかもう顔の半分以上映ってるしさ。美形でスタイル抜群って、それだけでもかなり限定されてくるよね。あー、見覚えあるような、ないような……わからんっ」
「マジでミューデントだったら一気に狭まるけど、『自称』の可能性が高そうだしな……俺の見立てならおそらく、普段クラス内じゃ地味で目立ってない、いわゆる脱いだらすごいタイプの真面目ちゃん。隠れ巨乳の眼鏡っ子なんかが怪しめだな」
「……それはたきざぁの願望でしょ」
白い目を向ける獅子原だったが、日頃の鬱憤を解消する目的でこんな行為に及んだとするなら、あながち突飛なプロファイリングではなかった。よくよく考えれば候補は五百人よりもはるかに少ないことに気付かされる。
「『表』のルートの調査は、二人に任せて良さそうね」
カチャカチャッターン、パソコンのキーをわざとらしくタイプする朔先輩。
「私はもう少し『
中二病は卒業しろ、と僕は呆れつつ。実際、朔先輩にはよからぬ人脈に通じている節が多々あった。借りパクした将棋盤に限らずパソコンや無線ルーターなど、部室内にある備品の大概は彼女が「無償で譲り受けた」と主張する物ばかり。きな臭さしかないが。
海千山千、蛇の道は蛇。蓋を開けてみればそれなりに優秀な捜査班が結成されていた。同時に僕が一番の役立たずである事実も発覚。
「顔が良くてスタイルも良くて、二年生か三年生の女子、か……」
薄っぺらい交遊録の僕からしたら、そんなの舞浜くらいしか浮かばないのだが、彼女に限ってこんな馬鹿な真似をするわけない。とりあえずスマホで件のアカウントを表示しながら、仕事するふりだけは最低限していたとき。
「…………」
目が留まったのは何気ない呟き。日付は先週の金曜日だった。
『○○○の新しいグルカ可愛い♪ 明日見にいこっかなー』
名前が出ているのは僕でさえ知っている新宿の店。
ちなみに土曜日、バリバリにお洒落をして新宿(推定)へ向かっていたのが舞浜である。
引っ掛かった要素はその一つだけ。次の日の投稿はなかったため、アカウント主が実際にその店に赴いたのか確かめる術はなかったけれど。
「……まさか、な」
どうせ他にすることもなかったので、僕はひたすらに画面をスワイプ。アップされた写真――特に服装がわかるものだけを順番にチェックしていくが、一度だけ目撃した同級生の私服を記憶しているほど、僕は女性にもファッションにも興味がない。
――同じ服が、あるようなないような、似ているだけのような。
永遠に答えは出ないように思われたのだが、しばらくして結論は出てしまう。
買ったばかりというブランド物のバッグを紹介している写真。それ自体に見覚えはなかったのだが、気になったのは一緒に映っているパスケースの方。拡大してみたところ、表面にはキャラクターというか小動物の、自作と思われる刺繡が入っている。
「…………」
「どったの、こーもりくん?」
「獅子原……これ、なんの動物かわかるか?」
「んんー……ああ、デグーじゃん。可愛いよねー、こいつー。ペットにするとハムスターよりも人懐っこいんだって」
そうだったな。あいつも確か飼っていると言っていた。
「……トイレ行ってくる」
誰に言うでもなく呟いた僕は、顔を伏せて部室をあとにする。
「どうしてこうなるかな……」
廊下に出た僕は用を足しに向かうでもなく、階段を半分下りた踊り場でため息を漏らしていた。もちろんまだ何も確定したわけではない。全て僕の妄想、的外れな思い込みであればそれに越したことはないけど。
「こういうときに限って、だよな」
常に最悪のケースは想定するべき。つまり犯人(?)が舞浜碧依なのだと。
なぜ他のメンバーに話さなかったのかといえば、まずもって僕なりに舞浜のプライバシーに配慮したため。『恥ずかしいから内緒にしてほしい』という約束が思い出される。裏アカのことを言っているわけではなかっただろうが。
「トイレ行くんじゃなかったのー?」
と、振り返れば獅子原が小首を傾げていた。
「ああ、いや……」
「なーんてね。むつかしそうな顔してたから追いかけてきたけど、ビンゴ?」
僕は自分で思うより顔に出やすいらしい。
「もしかしなくても……あの困ったちゃん、あたしも知ってる身近な人物だったり?」
「…………」
黙った時点で答えを言っているようなもの。獅子原も獅子原で変なときだけ察しがいい。
「なんかちょっと、誰なのか想像ついちゃったかも」
「まだ確定ではないから、今から本人に確認する」
「ならばお供しよう。いいよね?」
てっきり朔先輩にも伝えた方がいい、と言われるのかと思ったが。
かといって「一人で十分だ」と言っても引き返す感じはない。どうやら彼女は僕と同じくなんらかの使命感に駆られてしまっているようだ。
「ここだけの話、こーもりくんが『勘違いクソ女』とか『存在自体がスベってる』とか、はっきり言ってくれたこと、今じゃ結構感謝しててさ」
「……客観的に聞いたらとんでもない暴言だな」
「馬鹿みたいなことしてるとき、お前間違ってるぞーって指摘してくれる存在って、ありがたいなーと思うわけ。だからあたしも逆の立場になって、どうしてこんな馬鹿みたいなことしてるのかなーって、聞いてみようかなと」
良き友人でありたいという所信表明。嫌なものには目を向けない、そうして無難に生きるのは簡単なのに。その選択肢を取らない獅子原は僕より強い。
彼女の高潔な精神は尊重したいと思った。
グラウンドに出てやってきたのは、陸上部が練習しているトラック付近。
「ごめん、二年の舞浜碧依ってどこにいるかわかる?」
ストップウォッチを持っている一年生らしき女の子に尋ねると、
「舞浜先輩ですか? あっちにいますよー」
制服姿の僕たちを不審がる様子もなく、親切に教えてくれた。
彼女の指差した方向、芝生ゾーンでストレッチしている舞浜を発見。Tシャツにハーフパンツとスパッツ。スタイルがいいだけあり練習着はよく似合う。
声をかけるより先に僕たちに気が付いた彼女は、不思議そうな顔で寄ってくる。
「こんなところでどうしたのー?」
いつも通り温和な人当たり。SNSでレスバを繰り広げる人間には見えないが。
「獅子原さんもいるってことは、文芸部の活動中?」
「ま、そんなところだ。今、抜けられたりするか?」
「え? ああ、うん。できなくはないと思うけど……すぐに済みそう?」
長くなるなら着替えたい、という意味なのだろう。
「それはお前の返答次第だな」
「へぇー……………………」
と、そこで舞浜が視線を向けたのはもう一人。数分前に披露した所信表明はどこに行ってしまったのか、今は僕の背中に半分以上隠れてしまっている獅子原だった。いかにも不安げな彼女から何かを察したように、
「さわりだけでも、教えてもらえる?」
笑顔。確かに笑顔、だった。しかし普段の舞浜が見せるそれとは明確に異なる。