異能アピールしないほうがカワイイ彼女たち
四章 人魚の涙と呼ばないで ⑪
やる気出てきたぜ、と意気込むのが滝沢。何をモチベーションに生きているのか謎だ。
「でもこいつ一応、クラスメイトですよ? 変装したって即バレなのでは……」
「
ぐうの音も出なかった。
「滝沢という人選も絶妙ですね。こいつならワンチャン本当にやりかねない……」
「ナッハッハッハッハ! 冗談だよな、古森?」
「困っている彼女のもとへ颯爽と現れた
「大丈夫ですか、それ。颯爽と現れるのもホラーじゃありません?」
僕の疑義は歯牙にもかけられず。朔先輩総指揮のもと、殺陣パートを入念にリハーサルして(お遊戯会ではない)、打ち合わせは終了。
なお、すでに察しているかもしれないが、今回の件に獅子原は関わっていない。
ドッキリとかやらせとかの汚れ仕事に、彼女は相応しくない――僕含めて三者の意見が一致する辺り、あいつは本当に愛されキャラなんだーと思う。
そんなこんなで、休日の真っ昼間にスパリゾートを訪れている僕は、目下バイト中の同級生女子をこそこそつけ回しているわけだが。
「何やってるんだろう……おえっ」
冷静さを取り戻した頃に嗚咽が襲う。キャーという絶叫がウォータースライダーの方から聞こえようものなら、頭がクラクラしてくる。今この場にいる人間をテンションの高い順に並ばせたのなら、僕は迷いなく最後尾につけるだろう。
「翼くん、少しは楽しそうにしたらどうなの? せっかくの海パン姿が台無しじゃない」
「……好きで着てるわけじゃありません」
完全に自業自得なのだが、リゾート地におけるドレスコード(表現、合ってる?)をすっかり忘れていた僕は、普通にジーパンと襟付きのシャツで家を出てしまい。現地で結構な額の水着をレンタルする羽目に。上は肌着にしていたTシャツをそのまま着用。水に入る際には脱がないといけないらしいが、その予定はない。
一方の朔先輩はいつもの芋ジャージ――では、さすがになく。ダボッとしたパーカーの前をしっかり閉じ、黒いショートパンツにレギンスを穿いている。気温的にパーカーの下はそれなりに薄着だろうけど、ぶかぶかのサイズを(おそらくあえて)選んでいるため、上半身のラインは表に出ない。長い髪はシュシュでざっくりまとめていた。
隣を歩くのが恥ずかしい系の格好ではなく安心したが、泳ぐ気はゼロのようだ。
「朔先輩も水着の方が、風景に溶け込むんじゃないですか」
「馬鹿言わないで、ナンパされまくりで尾行どころじゃなくなるでしょ」
「自己評価が高くていらっしゃる」
半分冗談、半分本気。実際は無闇に肌を晒すと、サキュバスの魅了が意図せず発動する恐れが高くなるから、彼女は薄着を厳に慎んでいる。芋ジャージ然り、オールシーズンのストッキング然り。僕的にはそこまで神経質にならないでいいと思うんだけど。
「さて……助演男優の滝沢くんもすでに到着して準備万端らしいから。台本通り然るべきタイミングで仕掛けてもらうよう、メッセージ入れておくわね」
スマホをいじりながら「あなたも心の準備しておきなさい?」と目配せしてくるのだが、とあるショックな事実に僕は気勢を削がれていた。
「滝沢と連絡先、交換したんだ…………」
「あんまり言いたくなかったんだけど、翼くんってソクバッキーの素養あるわよね?」
束縛ではなく老婆心。幼なじみとしては普通のこと…………普通のこと、だよな?
主演男優が台本そっちのけに『普通』の定義を自問していたとき。
「あ、来たみたいよ!」
朔先輩の声に緊張が混じり、いよいよ出番がやってきたのだとわかる。
ヤシっぽい木の陰に隠れている僕たちの視線の先、プールサイドの清掃をしていた舞浜に近寄ってくる影があった。それも三人。いずれも派手な柄のサーフパンツ一丁、頭が金色だったり剃り込みが入っていたり、遠目でもヤンキー臭が伝わってくる、が。
「……後ろの二人は誰です、あれ?」
「サッカー部のお友達を呼んだのでしょうね。ナイスなアドリブよ、滝沢くん。こちらの方が台本に信ぴょう性が生まれるし、怖さが倍増すること間違いなしだわ」
むふふふ、と現場主義の朔先輩は鼻息を荒くする。なるほど確かにと僕も唸る。特に柄の悪そうな連中に声をかけたのだろう、あんな風に筋骨隆々の男どもに囲まれたりすれば、誰だって恐怖が湧いてくる。
遠目だし変装もあるため判別しにくいが、おそらく中心にいる背の高い茶髪が滝沢――その男がまさしく今、舞浜の肩に馴れ馴れしく腕を回した。演技だとわかっていても憎たらしくなる。舞浜は全力で拒否反応を示しており、こちらは演技ではないため心が痛い。仕込みじゃなかったら完全に事案な絵面だぞ。
「チッ……あいつ、ナンパ役だからって調子に乗ってません?」
すぐにでも突撃しそうな僕に「抑えて、翼くん」と朔先輩は耳打ちする。
「このあと、こっちへ来る手はずになっているから」
「わかってます。そこで僕が偶然を装ってばったり………………あれ?」
対象に動きがあった。しかし、様子がおかしい。
嫌がる舞浜を引きずるようにして、彼らが向かったのは僕たちとは真逆の方角。プールエリアからどんどん離れていき、温泉エリアの方面に消えていった。
不審に思ったのは僕だけじゃなく。
「おかしいわね。ヤシの木が目印だって、伝えてあるんだけど…………ん?」
首を傾げる朔先輩のスマホが振動。画面を覗き込こめば滝沢からのメッセージ。
僕はてっきり「場所どこですか?」とか聞いてきたのだと思ったが。
『ホントすいません! 緊急事態(ボインの歯科衛生士から逆ナンされました)なんでいったんそっち優先します! ぱぱっとインスタ交換したら戻りますんで!』
どこが緊急事態だ、ボインっていつの時代だ、こんな男に逆ナンするなよ歯科衛生士。一通りのツッコミを脳内で入れた僕は、
「「…………」」
同じく真顔だった朔先輩とアイコンタクト。滝沢が一時離脱したというなら、先ほどの三人組は仕込みではなく、ガチで悪質なナンパか、連れ去り事件に該当する――
「追うわよ!」
「は、はい!」
僕たちは同時に走り出す。全力疾走する朔先輩なんて人生でも数回しか見た覚えがない。突き詰めれば本気で焦っている証拠であり、暑さとか関係なく嫌な汗が噴き出す。
人込みの合間をすり抜けて温泉ゾーンに到着。無駄に広くてサウナとかジャグジーとか色々あるみたいだけど、今はそんなものに興味はなくって。
「ん、いたわよ、あれっ!」
と、朔先輩が指差した方向には、水着の男三人組に連れられた女の子の後ろ姿。このエリアは通り道にすぎなかったらしく、連絡通路の方へ消えていった。石畳になっている細い道を追いかけると、隣接している宿泊施設のうちの一館に繋がっており。
「おい、おい……マジかよ」
そのエントランスに入っていくのを確認できた。ホテル、密室、女子高生、連れ込み――いよいよ洒落にならない単語が脳裏をよぎるが、ビビッている場合じゃない。
意を決して自動ドアを抜ける。入ってすぐは驕奢なラウンジになっていて、宿泊客が何人か談笑していたが舞浜の姿はない。二基あるエレベーターは両方とも動いていなかったので、階段を使ったのかもしれないが、何階に行ったかなんてわかるはずもなく。