異能アピールしないほうがカワイイ彼女たち2

一章 可愛い=Xの法則 ①

 事実は小説よりも奇なり。イギリスの詩人が残した一節に由来する。

 日本でも広く認知されている格言だろうが、なるほど、サキュバスっぽい先輩だったり、猫っぽいギャルだったり、あるいは人魚っぽい優等生だったり、雪女っぽい先生だったり、ここでは紹介しきれないが他にも多数。

 元ネタの寓話や伝承を『若干マイルド』にした形の不可思議な現象が、一部の若者の間で確認されるようになってから約半世紀。ミューデントと呼ばれる彼らはその症状によって得をしたり、損をしたり、振り回されたり、ちょっとした事件に巻き込まれたり──なんて、一見すれば小説よりも奇妙に映るかもしれない。

 しかしながら、所詮は僕たちと変わらぬホモサピエンス。世界を揺るがすほどの力を秘めているはずもなく、学校という限定的なコミュニティの中でもてはやされるのが精々。あくまで未完成な心身によって引き起こされる思春期の暴走に過ぎず。

 大抵の若者はもっとクリティカルな問題──ゲームに課金しすぎて今月ピンチなんだとか、彼氏の三股を問い詰めたら逆ギレされたとか、同じ部活の先輩がプラモ作ってばかりで困っているんだとか、喫緊の課題に追われて立ち止まる暇もない。

 そんな若人の忙殺にも定期的に小休止が訪れるのは、まさしく神の温情。


「うっへー、やっと終わった〜!」「帰り、どっか寄る?」「甘いもの食べに行きたーい」


 雑多な会話には得も言われぬ瑞々しさが宿っている。

 ときは五月の半ば。中間テストの日程を滞りなく終えた教室内には、満場一致の弛緩した空気が漂っていた。忌憚なく言えばだらけ切っている。

 嬉々としてソシャゲのガチャを回し始める者、仲睦まじく放課後の予定を語り合う男女。溶かした有り金や彼氏の浮気もこの瞬間だけは忘れられるらしい。抑圧から解放された生徒の織り成す平和ボケした光景は、十年前も十年後も変わらないのだろうけれど。

 その幸福を共有できずにいる哀れな男が一人。


「僕も変な先輩のこと、今だけ忘れられたらいいのになー……」

「おっつおっつー、こーもりくーん♪」

「……来やがったか、ハァ」


 思わずため息が漏れる。

 机に突っ伏していた僕の背中をバーンと叩いて闘魂注入してきた女子は、明るい茶髪のサイドテールがトレードマーク。ティーンの特権とばかりにスカートの丈を短くして、ボタンが二つか三つは開いているシャツの胸元は涼しげ。

 クラスメイトの獅子原真音は今日も今日とて『ギャルオブギャル』な装い。


「どーしたの、いつも以上にどす黒いオーラまとっちゃって」

「同じ黒なのに違いがわかるのか?」

「トーゼン。白は二百色、黒は三百色あるんだから。さてはテストの出来が壊滅的だったり? どんまいどんまい。切り替えていこ」

「勝手に決めつけるな。そういうお前は手ごたえありなのか?」

「あっはっはっは。終わったことは気にしないのが賢い生き方だよ、こーもりくん」

「答えてないのに答えがわかるよな、それ」


 獅子原に勉強ができるイメージなんてないので(失礼)、幻滅もしないけど。

 ちなみに『こーもりくん』=『コウモリ』というのは僕のあだ名だ。

 名字の古森に金魚のふん的な意味合いを掛け合わせた蔑称であり、大抵の人間は陰口として使うのだがこの女だけは面と向かって言ってくる不思議。


「ん、何か言いたげな顔だね?」

「お前の中だと、コウモリって褒め言葉だったりするのかなーって」

「え? んまあ、どっちかといえば……よく見るとキモカワイイじゃん?」

「キモくて悪かったな」

「キモカワね。ってか動物のハナシ。まー、猫はその一億倍は可愛いんですけど」

「自分で言ってて恥ずかしくならないのか?」

「だから動物のハナシだっつーの!」


 ツッコミと同時に結んだ髪がぴょんっと跳ねる。曰く猫の尻尾を意識した髪型だとか。

 何を隠そう彼女は『ウェアキャット』というミューデントで、猫(イエネコの祖先である小型のヤマネコを指す)にまつわる特殊な体質を具えている。視力や嗅覚に優れている辺りは地味にすごいのだが、今のところ役立った場面は一度も見ていない。

 しかし、もしも彼女がウェアキャットじゃなかったとすれば、僕たちは卒業まで一言も喋らず終わった可能性すらある。


「さあ、今日も元気に部活動に勤しむ時間がやってきましたぞー」

「ああ、頑張れよ。じゃ、僕はそろそろ……」

「待てーい。あんたも一緒に来るのー」

「チッ」

「舌打ち禁止ぃ!」


 唇を尖らせた獅子原にブレザーの裾をつかまれる。

 そう、部活動。対局に思える僕と彼女を繫ぐ唯一無二にして最大の縁。

 言うまでもなく獅子原は陽の当たる側で生きるキャラ。本来ならばあっちサイド──現在進行形に窓際でたむろしている、見るからにカースト上位な女子グループ。声のデカさ的にもイケイケなルックス的にも階級の高さがうかがえる彼女たちに交じって、キャッキャウフフするのがあるべき姿だろうに。


「ほらほら行くよ」

「引っ張るな鬱陶しい」


 なぜか現実では僕みたいな男にちょっかいをかけている。


「遊び盛りの男子が直帰なんてありえないっしょ。日が暮れてから帰るくらいがベスト」

「肝っ玉お母さんみたいなこと言うな。お前こそ、せっかくのテスト明けなんだからもっと有意義なことに時間を使おうとは思わないわけ?」

「ゆーいぎってたとえば?」

「…………仲のいい友達とスタバの新作フラペチーノ飲んだり、サイゼのドリンクバーで謎のモクテル作ったり」


 我ながらIQの低すぎる有意義概念を、「ハァ? 馬鹿なの?」獅子原は一笑に付す。


「そんなの昨日も一昨日もやってたし」

「テスト期間くらい帰って勉強しろ」

「お母さんみたいなこと言わないのっ!!」


 あー、あー、聞こえませーん、と文字通り聞く耳など持たない獅子原によって僕は教室から連れ出される。クラスの女子に誘われて部活動に赴く高校二年生。青春に思える一幕なのに実際は全くそうじゃないのが悲しいところだった。



 文芸部( )。

 僕が所属している部活の名前だ。

 括弧とスペースは誤植じゃなく、むしろその空白部分にエッセンスが集約されている。いわば『文芸部』の屋号はお飾りで、名目上は『生徒が抱える多様な問題に寄り添いつつ、青少年の健全な心の在り方について学ぶ』のが本懐。

 何を言っているのかわからない諸氏のため、ひとまず『お悩み相談所』あるいは『カウンセリング施設』と言い換えてお茶を濁そう。怪しい宗教団体ではないのだが、訴訟で争われたら負けそうな予感はしている。

 とどのつまり叩けばホコリが出まくるグレーな存在。

 それもこれも全ては教祖様──もといワンマン部長のせいにほかならず。極力関わり合いになりたくないのが本音だったため、テスト期間(一週間ほど部活動が全面禁止になる)はまさしく心のオアシスと呼べたが。


「頼む! 後生だから……」

「恩赦をくれないか!?」

「土下座でもなんでもするぞー!」


 特別棟の三階。文化系の部室が軒を連ねている平和なフロアの奥から、Vシネで命乞いする端役みたいな叫び声が聞こえてきて僕は愁眉を禁じ得ないが。


「なんだろう、騒がしいね」


 他人事みたいに言うのが獅子原。猫のくせに危機察知能力が低すぎる奴だよなーと、逆に感心しながら廊下を進むのだが、残念ながらというか案の定というか、その騒がしさの発生源は僕たちの目指す終着点にあった。

 最奥に位置する部室、新調したラメ入りのプレートには『文芸部( )!!』の文字が躍る。

 開けっぱなしの出入口からは「許して!」とか「堪忍やぁ!」とか、依然として不穏すぎる声が聞こえていた。


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異能アピールしないほうがカワイイ彼女たち2の書影
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