異能アピールしないほうがカワイイ彼女たち2

一章 可愛い=Xの法則 ②

 恐る恐る覗き込んでみれば、そこには床に手を突いてへりくだる男子が三名。冷たいフローリングに平伏す姿は完全に首が回らなくなった多重債務者のそれ。反社会的勢力の根絶が謳われて久しい昨今、闇金の事務所でもそうそうお目にかかれないバイオレンスな光景に、


「あはっ♪ 駄目なもんはダーメ♡」


 拍車をかけるのがアレ。窓を背にした社長席でふんぞり返っている女は実に愉快そう。

 名前を斎院朔夜という。大人びた顔立ちは非常に整っており、艶のある黒髪ストレートがその非凡さを引き立てる。サイズは合っているのに窮屈そうなブラウスの胸元も、ストッキングに包まれているすらりと長い脚も、肌の露出は少ないのに妖艶さを醸し出す。

 端的に言って美人なのだが、ただの美人では済まされない罪深さは、目の前に広がっている突飛なシチュエーションが物語っているだろう。


「はぁ〜ん、バスターイーグルの尾羽っていつ見てもエッチだわ……」


 赦しを請う男どもには目もくれず、手に持った完全塗装のプラモデル──巨大な砲身を背負った鳥類のフォルム、その出来栄えを愛でるように三百六十度から舐め回すように見ている。

 極道映画だったらゴルフクラブを磨いている場面。生きるか死ぬかの瀬戸際なモブキャラたちとは対照的、彼らの命になんてこれっぽっちも興味がない現代ヤクザの演出。


「何をやってるんだ、あの人はまた……」


 平凡な進学校の一角で何がどう転んだらこんな絵面に行きつく。彼女の奇行に耐性を備えている僕ですら引き気味なのだから、獅子原に至ってはドン引きだろう──と思いきや。


「わっ、知らないお客さんがいっぱい来てる」


 平常運転だった。一番ヤバいのはこいつかもしれない。


「あー、ほらほら。他の部員に白い目で見られちゃってるじゃないの」


 僕たちの存在に気が付いた朔先輩は、両手を打ち鳴らして解散を促す。


「いつまでも床ペロしてないで帰りなさいったら」


 比喩的な表現でさすがに床を舐めている猛者は一人もいなかったが。


「見られてるからこそ頭を下げてるんだろ!」「舐めろって言うなら靴の底でも舐めるぞー!」


 なおも泣きすがるのは哀れ。

 台詞だけ切り取ったら完全に特殊なプレイだ。このまま居座られたら元々良くもない世間体がさらに悪化しそうなため、


「あのー、横やりを入れるようで恐縮なんですけど……」


 僕は事態の収拾にかかる。とはいえできるのは簡単なアドバイスだけ。

 一、あなたたちが何をしでかしたのかは知りませんし聞く気もないです。

 二、ああなってしまった先輩にいくら頼み込んでも効果はありません。

 三、大人しく引き下がって金輪際あの人には関わらないのが賢明でしょう。

 以上の内容を丁寧に説明した結果、お引き取り願うことには成功するのだが、


「鬼、悪魔、クチビルコウモリ!」「ブタバナコウモリ!」「おまえんちの部長サキュバス!」


 去り際に正真正銘の捨て台詞を吐かれてしまった。


「誰だか知らないけど、翼種目に詳しい奴ら……」

「助かったわ、翼くん。これでようやく本業に戻れる」

「いつからプラモ観賞が本業になったんです?」

「プラモじゃなくてゾ○ドブロックスよ」

「屁理屈こねないでください」


 やっぱり来るんじゃなかった。僕は渋面を作って後悔の念をあらわにするのだが、それが燃料ですと言わんばかりに満面の笑みを見せるのが朔先輩。ついでに獅子原も誇らしげな笑顔。ない胸をなぜそんなに張っているんだと思えば、


「指令通りこーもりくんをつかまえてきましたっ、斎院先輩!」

「でかしたわ、真音さん。翼くんったら試験終わりは部活をサボりがちなの」

「はい、思い切り帰ろうとしてました!」


 裏で密令が下されていたらしい。仲がよろしくて羨ましい限り。


「いっそ二人で楽しんだらどうです?」

「なーに言ってるの。ゲ○ター然りアク○リオン然り合体ロボには三人必須でしょ」

「一人で操縦してくれ……」

「何はともあれいつメン揃って安心。テスト期間中は誰も来てくれなくて寂しかったわぁ」


 と、まるで自分はテスト期間中も部室に来ていたような言い草。

 同様の違和感を覚えたのだろう、獅子原が耳元にひょっこり口を寄せてくる。


「……ねえねえ、斎院先輩ってここに住んでたりするの?」

「その疑惑は僕もときどき抱くんだけど」


 訝しく思いながら部屋を見回す。小ぢんまりとしたスペースには書籍が積み上がる他、朔先輩が持ち込んだフィギュアやらチェス盤やらティーセットやらカセットコンロ、部室とは名ばかりの生活臭漂う空間に仕上がっているが。


「さすがに居住実態はないだろ」

「でも、行動範囲が狭すぎて心配になってこない?」

「お前と違って放課後ファミレス行くような友達がいないだけだ」

「それはそれで心配だっての」


 後輩から軽くディスられていることにも気付かない朔先輩は「イーグルちゃんも喜んでるわよー、ブーンブーン!」セルフSEを口に出しながら白いワシの玩具を振り回している。人前なら男児でも憚る行為を女子高生が平然とやってのける恐ろしさ。

 幼なじみの僕ですら彼女の生態は把握しきれていないが、確かなのは女子高生らしからぬ趣味嗜好に溺れていること。テンリャンピン、ジャックポット、中山の直線は短いぞ──よしんばカジノ法案が可決されても、未成年には決して許可されない『よからぬ遊び』に興じている節が多々あり。念のため確認しておこう。


「ちなみに、先ほどのドM根性高めなお客様方はいったい?」

「ああ、TCG同好会の連中よ」

「てぃーしーじー?」


 疑問符を浮かべる獅子原に、「トレーディングカードゲームの略ね」と先輩は解説。


「マジギャザ、デュエマ、ポケカ、遊戯……オホン、とにかく対戦型カードゲームの総称」

「へぇ〜、そういう遊びみたいな同好会も作れるんだ」

「まるで僕らは遊んでないみたいな言い方だな」


 公式の大会とかがある分、カードやeスポーツの方がよっぽど部活らしい。


「つい先日、向こうの指定したレギュレーションで楽しく対戦させてもらったんだけど、見事にボロ勝ちしちゃってね。ミラージュガオガモン最強すぎて困っちゃう」

「嫌な予感するんですが……それで?」

「取り決め通り、合意の上で任意にいくつかのレアカードを差し出してもらったわけ」

「いやいやいやいやっ!」

「なーのにあいつら事後になってゴチャゴチャ文句言ってくるんだから情けないわよね」

「そんなんもう完璧にアレじゃないですかッ!」


 賭け勝負がルールブックに堂々と記載されていたのは古の昔。現代で実践しようものならいじめっ子の烙印を飛び越して一斉検挙されかねない。


「まあ、聞いてちょうだい。それもこれもとある筋からのタレコミが発端なの」

「タレコミだぁ?」

「えっ! もしかしてあたしらが来ない間に新規の相談が?」

「イエース。TCG同好会に巻き上げられたカードを取り返してほしいって相談が複数件」

「ま、マジか…………じゃあ、なんです。もとはあいつらの方が奪う側だった、と?」

「それもかなり阿漕な歩合だったみたい。お互い納得の上とはいえ限度があるわよねぇ」


 これだけ聞けば朔先輩は悪を成敗した正義の味方。


「人助けしたわけですね。さっすが先輩、尊敬しちゃうな〜」


 獅子原の賛辞も的外れではない──はずなのだが。何かがどうしても腑に落ちない。


「……まさか、報酬をもらったりしてないでしょうね?」

「もちろん無償よ。『奪い返したカードは差し上げます』って言われただけ」

「それを成功報酬って言うんです! バレたらややこしいことに……」


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