異能アピールしないほうがカワイイ彼女たち2
一章 可愛い=Xの法則 ③
「ヘーキヘーキ。売ったお金でこのバスターイーグル買ったから足はつかないわ」
「悪質なロンダリングをしている!?」
つまりいくら土下座してもカードは返ってこなかったわけか。どっちが悪役かわからない。毒を以て毒を制すといえば聞こえはいいが。
「とんだ劇薬に手を出したもんですね、その依頼者も……」
「どういう意味かしら?」
「他にいくらでもやり方があったんじゃないですか? 教師に告げ口するのもよし、強引に奪われたんならそれこそ出るところに出て──」
「あーら、あなた『賭け勝負でボロ負けして高額カード取られちゃいました〜、うぇ〜ん助けてくださ〜い』なんて、センセーに泣きつけるの?」
「…………無理でしょうね。半分、犯罪の自供ですもん」
クリーンハンズの原則。信義誠実を重んじる現代社会において、脛に傷のある人間は正規の救済を受けられない。
「そんな『はみ出し者』たちにとっては最後の砦……セーフティネットたる役割を果たしているのが、我々『文芸部( )』というわけ!!」
部長による自己肯定感マックスな定義。この説明で何人が納得するのやら。
僕には新興宗教が自己啓発セミナーに変わった程度の違いしか見出せないが、信心深い獅子原は「わー、かっこいい!」と菩薩に拝顔するような合掌。
「暴れん坊将軍的な? 遠山の金さん的な? 悪を以て悪を征するダークヒーロー!」
「ダークって……将軍も金さんも正体は公権力だぞ?」
「そうね。私たちはバットマンとかに近いでしょう」
ちょうどコウモリもいることだし、と。朔先輩がこのネタをいじってくるのは珍しい。
そういう彼女は『サキュバス先輩』の異名で知られている。名字をもじっただけの僕とは違って歴としたミューデント。視線を合わせたり肌が触れたりした相手に好意を抱かせる──言葉にすればすごそうなのだが、披露する場面はこれまた少ない。
「へぇ、バットマンか〜。あ、じゃーあたしアレやります。キャット……キャッツアイ?」
「キャットウーマン、な。仮装パーティは他所でやれ」
「ハァ!? あたしじゃセクシーさが足りないってぇ!?」
「違う。ハロウィンなんて何か月も先なんだから、お祭り騒ぎは……」
「なーに言ってるの、お祭りなら近日中に開催されるじゃない」
「……っ!?」
その瞬間に自分のこめかみが痙攣するのを感じた。
「ですよねー、ですよねー。それが楽しみでテスト期間乗り切れましたも〜ん」
「…………ッ!?」
びくんびくん、とさらに波打つ僕の血管。
「そんでそんで、うちの部は何やるんです?」
「それをみんなで話し合おうかと思っていたの」
そんな僕には気付かず、仲睦まじく笑い合っている女子二名。
チキショー、何がそんなに面白いんだよ──と、疎外感に苛まれるのはお門違い。
彼女たちに限らず、この時期の我が校は浮ついた空気に包まれている。それは試験対策の詰め込み作業から解放されたのと同時に、学生にとっては唯一最大とも呼べる『お楽しみイベント』が待ち受けているから。
しかしながら、何事にも例外は存在しており。
「というわけで……六月の文化祭に向けて、私たち文芸部も本格的に動くわよっ!」
朔先輩が拳を突き上げる中、膝を折る男が一人。
──ああ、一生五月のままならいいのに。
つまるところ僕は、文化祭なるイベントが苦手だった。
翌日、四時限目のロングホームルームにて。
「投票の結果、うちのクラスは和カフェに決まりました」
教壇の舞浜碧依が黒板に書かれている『和風喫茶』の文字を花丸で囲むと、教室からは「キターッ!」とか「よっしゃー!」の歓声。
議題は『文化祭の出し物』について。
我が校における慣習として、一年時はおしなべて展示系(地味なのでつまらない)に限られており、二年に進級するとめでたく飲食系が解禁、最終学年には自主製作の映画やダンスミュージカルなどなんでもござれになる。
よって二年生である僕たちが喫茶店を開くのは、無難な帰結だったが。
「ハイ、ハイ、ハーイ。一つ聞いてもいいっすかー?」
疑義を挟む者が一人。サッカー部のエースにしてチャラ男代表でもある滝沢奏多だった。
「何かな、滝沢くん?」
「女子の店員にミニスカのメイド服を着せるのはありですかー?」
セクハラじみた質問。僕がアンパイアだったら即刻退場処分を下すだろうけど、人格者で知られる舞浜は嫌な顔一つせず。
「メイドさん? モノによるけど和カフェには合わないんじゃないかなぁ」
「ってことは花魁みたいにエロい感じの着物ならオッケー?」
「却下だね」
微笑みのまま切り捨てられた滝沢は「遊郭編だってアニメ化したじゃん!」とか言ってなおも食い下がるのだが、図ったようにチャイムが鳴りゲームセット(?)。
「じゃー、衣装も含めてメニューとか内装とか、あとで希望は聞くからみんな考えておいてね……もちろん常識的な範囲内でっ!」
と、約一名に釘を刺す形でロングホームルームは終了。
そのままシームレスに昼休みへ突入した教室内では、やれ抹茶ラテはマストだの、かき氷は利益率がヤバいだの、袴ブーツの和洋折衷って最高だよな、以下略。生産性に差はあれども話題は一色に染まっている。
新しいクラスが編成されてからまだ二か月も経っていない中、素晴らしい結束力。
正確には『文化祭』という潤滑油が流し込まれたおかげで、協調性がブーストされているにすぎないのだが。これを機に生涯の友を見つける者、中には惚れた腫れたのまま付き合う男女さえ現れる。後者の平均寿命は一か月くらいだが、とにかく文化祭というイベントにはそれだけの魔力が宿っている。
できるなら僕も魔法にかけてほしいのに。
「なになに? 難しそうな顔してるねー」
ニコニコしながら近付いてきたのは、先ほどまで司会進行を務めていた舞浜。背筋を伸ばした佇まいからして品行方正、顔立ちはいかにも利発そう。思わず『委員長』と呼びたくなる──というか本物の学級委員である。生徒会執行部も兼ねる優等生だ。
「もしかして古森くんも、『カフェ店員はメイド服以外認めん!』な原理主義者だった?」
「あのアホと一緒にするな」
「露出が少ないやつなら一考の余地はあるね。陣羽織っぽくすれば和の雰囲気にも合う……」
「お前ホントはちょっと着てみたいんだろ」
バレちゃった? と舌を見せる舞浜。彼女も例外なく魔法にかかっている。
「……どうして文化祭なんてあるんだろうな?」
「あー確かに、普通は十一月にやるとこが多いね。うちの高校はその時期に体育祭があるから二つの兼ね合い──」
「ではなく、文化祭の存在意義を聞いている」
我ながら面倒臭い問いかけに、「うーん、そうだなぁ……」さすがは委員長、律儀に思案する間を空けてから手を叩く。
「やっぱり一番は思い出作りじゃない?」
「まるでプラスの思い出しか生まれないみたいな言い方だな」
「まるでマイナスの思い出があるみたいな言い方…………え、あるの?」
「ないと言えば噓になる」
否が応でも中学時代の記憶が蘇る。
当時、まだ澄んだ生き魚の目をしていた僕は生徒会の役員をやらされており、学祭には三年間運営する側として携わったのだが──いやはや、これがひどいのなんの。
端的に言えば、やりがい搾取である。
教職員の間でも、文化祭=生徒自らの手によって生み出される芸術品だという固定観念が蔓延していたのだろう。自主性の名のもとに企画から準備まで生徒に一任。
「──根本的に悩ましいのは、あそこって中等部と高等部の合同開催だから、来場者が死ぬほど多い……さばききれるわけないんだよ」